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栃木SC橋本社長がJ3降格からクラブを立て直すために一番大事にした事

▼えとみほさんの上司
栃木SCに対する世間一般のイメージはいまだに“債務超過”だろうか。かつて経営危機に陥ったクラブはその後15年にJ3へ降格したが、2年間のJ3での戦いを経て、苦労の末に昨年J2の舞台に返り咲いている。

復活を遂げた栃木SCが最近、別の意味でにわかに注目されている。「えとみほさん」をご存じの方は少なくないだろう。栃木SCマーケティング戦略部長である江藤美帆氏は、“渋谷の元IT社長”インフルエンサー“としてメディアに引っ張りだこ。SNSを軸とするマーケティングの手法や考え方が注目され、すると同時に栃木SCの名前も世間に流通し始めた。凄腕の元IT社長が栃木SCへの入社を決めた理由に一つはこうだ。

「私は自分で言うのもなんですが、マネジメントが難しい部類の人間だと思うので、そういう考えの上司の元でなら会社員としてもやっていけるんじゃないかと思いました」(Dybe! 2019年1月9日配信)

上司にあたる人物はこう話している。

「正直、あまりやりやすい人とだけ組むのは好きではないというか。扱うのが難しそうな人が何人かいたほうが、化学反応は起こりやすいのかなと思います」(AZrena 2018年9月4日配信)

その上司、橋本大輔氏をご存じだろうか。栃木SC代表取締役社長。栃木SCがJ3に降格した15年暮れが明けた年の初頭、39歳のときに、火中の栗を拾うようにクラブの社長に就任。降格によってスポンサーが離れたり、減額するなど事業規模が縮小するなか、クラブ改革を断行し、J3降格という難局ながら観客動員数を3季連続で増やした。昨年J2に復帰した栃木SCの一試合平均の観客動員数は5657人、これはJリーグ参入10年で過去最多の数字である。

昨年中には江藤氏を含むクラブを成長させられる幹部数人を招き入れ、目下、クラブの幹を太くすることに力を注いでいる。就任3年におけるクラブ改革の歩みは順調そのものだ。
筆者は栃木SCの番記者としてその歩みに寄り添ってきた。先に書いておくが、橋本社長は、たとえば、華やかなキャリアに彩られたスーパー社長、というわけではない。間近に接していると、ときどきは弱音を吐くような人間らしさがありつつ、しかし、しっかりと芯があり、やると決めたことを積極的に仕掛ける人物である。

 

▼社長就任後、最初に行ったこと
栃木SCの橋本大輔社長は何者か。この3年の歩みとは。それが本稿のテーマである。

栃木SCの代表取締役社長に就任したのは、トップチームがJ3に降格した直後の2016年初頭だった。社長就任前、橋本氏はクラブの非常勤取締役であり、地元栃木のタウン誌「もんみや」を発行する新朝プレスの代表取締役社長という立場にあった。クラブの状況はJ3降格直後、前フロント陣の怠慢経営に対して、サポーターカンファレンスで怒号が飛び交う最悪の状況だった。誰もがクラブのトップなどやりたがらない混乱の最中、就任を決断した。
「J3降格はもちろんショックでした。ただ、僕が非常勤とはいえ、中途半端に取締役としてクラブに関わっていたので降格したのだと気持ちを切り替えたんです。新朝プレスの社長は1年間休んで栃木SCを全力で立て直すことに力を注ぐか、まったく身を引くか、そのどちらかにしようと。当時、僕が社長に就任することを応援してくれる人もいれば、親身だからこそ反対して下さる方もいました。ただ、僕自身は社長になることを決意しました。J3からJ2に昇格させること、それは僕が社長の立場として、さらに周りの人が協力してくれるのならば何とかなるかもしれないと」

橋本氏の社長就任の正式発表は2016年3月のこと。そこから何を実行し、どう栃木SCを立て直したのか。

補足までに当時、J3に降格するまでの栃木SCについて記せば、それまで長年、J1昇格を目指すべく、地域の財界やスポンサーから資金をかき集めてトップチームに過度な投資を試み、その結果、昇格に失敗すると一時経営危機に陥って停滞していた。言い換えれば、本来、ともに歩むべきファン・サポーターをまるで見ていない、という状況があった。

一番のお客様は誰なのか――。

それが、橋本社長がはじめの一歩として重視した視点であり、それまでの栃木SCに欠けていたものだった。「もんみや」での経験を通じてこう語る。

「タウン誌『もんみや』を発行している株式会社新朝プレスでも、1990年代のバブルのころは広告が媒体に載り、同時に読者も増えていました。ただ、僕が新朝プレスに入った頃はもうすでに広告主のほうに目が向きすぎていた。僕がその後、新朝プレスの社長になったときに、一度赤字になってしまい銀行もお金を貸してくれない時期がありました。そのときに『一番のお客様は誰なのか』を再定義しようという議論が始まり、『やっぱり一番の顧客は読者だよね』となった。スポンサーは『もんみや』という媒体に価値を感じて広告を出稿し、事業をともに成長させていくパートナーだと。ライターやデザイナーなどの外注さんも一緒に良いものをつくっていくパートナーという考え方に切り替えたのです。そこに立ち返ったときに『もんみや』の売上部数が復活しました。僕はこの経験を栃木SCでも取締役として伝えてきたのですが、なかなか伝わりきらなかった。でも、社長になった今、明確にその大事さを感じています。ファン・サポーターの来場者があるからこそ、広告の価値が出るし、実際に地域を動かすときには一緒にサポーターが動かないと何もできない」

言葉通り、橋本社長は社長就任直後からファン・サポーターの前に姿を現して彼らを労った。ホームゲーム前に時間が許せばゴール裏に顔を出し、ともに横断幕を張り付けることもした。俺たちと同じ目線で歩んでくれている――。サポーターたちにそんな意識が芽生えたのがクラブ改革の初めの一歩だった。

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