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【開幕特集】『ヒーローになることを考えたこともない』そんな森島司が考える新しいヒーロー像とは?

 

Jリーグ開幕の時が近づいてきた。「DAZN Jリーグ推進委員会」では、各クラブの選手たちによるインタビューの特別企画がスタート。「J論」はサンフレッチェ広島・森島司選手にインタビューを行った。広島のNo.10が語る新たなるヒーロー像とは。
(取材・構成/中野和也)

 

▼ヒーローに憧れなかった新たなヒーロー
森島司は、ヒーロー不在と言われる時代を象徴している。

第二次世界大戦終結以降、日本だけでなく世界が「ヒーロー(もしくはヒロイン)」を求めていた。ボクシングではモハメド・アリやマイク・タイソン。サッカーではペレ、ヨハン・クライフ、そしてディエゴ・マラドーナ。日本では長嶋茂雄や王貞治。スポーツだけでなく、例えばウルトラマン、仮面ライダー、マジンガーZ。男の子たちは誰もがヒーローに憧れ、ヒーローになりたいと願った。女の子たちが「セーラームーンになりたい」と思ったのは1990年代前半のことである。

しかし、1997年生まれの森島司に「ヒーロー」について質問すると、彼はこう答えた。

「ヒーロー?マントとか付けている人のことですか?」

そんなデザインのヒーローは、スーパーマンくらいである。

「サッカーだったら?」
「うーん……、アンケートでも『憧れの選手は?』的な質問がよくあるんですが、そういう時はメッシって書いています」
「メッシのどこに憧れている?」
「……いや、ただ凄いから(笑)」

サッカーも、音楽でも映画の中の人であっても、彼にとってヒーローはいない。名古屋の育成組織でプレーしていた時は同期の杉森考起(現徳島)や森晃太(現山口)のプレーを見て「凄いな、上手いな」と感じていたが、だからといって「憧れ」ではなかった。2017年春のインタビューでは憧れていた選手として、柴崎岳(現レガネス)の名前をあげていたが、彼の名前も今回は出てこない。今回のインタビューで森島が言及した「SHIBASAKI」は柴﨑晃誠。広島の先輩だ。

「晃誠さんは、本当に凄い人です。止める・蹴るの上手さはもちろん、状況判断がいい。プレーに無駄がないんです。あの人がガッツリとボールを刈り取られるところなんて、見たことがない。晃誠さんの能力が全て、欲しいです」

かといって、柴﨑晃誠が彼にとってのヒーローというわけではない。

「少年時代から今まで、憧れたヒーローはいないってこと?」

この質問に、彼は即答する。

「そうですね。特に憧れとかヒーローは、いないです」
「ヒーローになりたいと思った?」
「うわぁ……、考えたこともないです。すいません」

青年は、インタビューアーを気遣い、謝った。もちろん、謝る必要などない。それが彼の正直な気持ちであり、彼の人生なのだから。

現代は20世紀に言われた意味でのヒーローは、不在である。リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドが「圧倒的な英雄」かどうか、ディエゴ・マラドーナと同世代に青春を過ごしてきた筆者としては、首を捻ってしまう。アニメの世界でも「新世紀エヴァンゲリオン」の碇シンジはヒーローではないし、「鬼滅の刃」における竈門炭治郎も「あしたのジョー」の矢吹丈のような圧倒的存在でもない。

そういう時代に幼少期から青春期を過ごしてきた青年にとって、「ヒーロー」という存在の意味もわからない。

「ヒーローって、どういう人だと思います?」

こんな質問に、森島なりに必死で考えてくれた。しかし30秒後の答えは「すみません。わかりません」だった。

「自分がヒーローになったなと思ったことは?」
「いや、ないです」

そう答えた後、こんな言葉を付け加えた。

「Jリーグ初得点を決めた浦和戦(2019年5月26日)の時は、そうだったかも」

1得点1アシスト、全4得点に絡んで浦和を埼玉スタジアムで粉砕した試合である。ゴールを決めた後、両手を広げて走った歓喜のシーンが印象的だった。

「まあ、俺がヒーローやって思って走ったわけではないですが(苦笑)、でもあの試合を見て(自分のことを)好きになってくれた人も多いので」

照れくさそうに語る広島の10番には、確かにかつての久保竜彦や佐藤寿人のような「ヒーロー感」は乏しい。1シーズン二度の直接FK弾を叩き込み、プレースキックの名手としての地位を築きつつあっても「いやあ、セットプレーのキッカーは今も緊張しますから」とそこをアピールするわけでもなく。しかし一方で、ただボールを蹴っていればいいというサッカー少年のまま、というわけでもない。かつて東京五輪について聞かれた時、「応援してくれる人たちが喜んでくれるから、自分は五輪に出たい」と発言している。

見ている人、支えてくれる人たちのために、頑張りたい。

それはプロとして大事な意識であり、ヒーローの大切な条件でもある。ウルトラマンも仮面ライダーも、自らの危険を顧みずに、悪と闘う姿が子どもたちを熱狂させた。長嶋茂雄がプロ野球史上初めてファンを強く意識し、空振りをする姿にすら美しさにこだわったから、プロ野球は日本人の娯楽の王様となった。

ヒーローは常に、自分のことではなく周りの人々を歓喜させるために働く。マラドーナがそういう意志をもっていたかどうかは定かではないが、彼の振るまいを見ればファンの存在を強く意識していたことはわかる。

森島もまた、サポーターの存在を意識している。だからこそ、勝ちたいと願うし、もっと上手くなりたいと考える。それだけでヒーローたりえる資質は持っているのだ。彼自身が意識しているかどうかはともかくとして、サポーターを熱狂させる存在となりえる。久保や寿人とは違った形で。

 

 

▼揺るぎない背番号10への信頼

開幕に向けてのプレシーズン、練習試合で彼は1点もとれなかった。ボールロストも多く、コンディションがなかなか上がってこないことに苦しんでいた。
「ちゃんとやらないと、他の選手たちに申し訳ない。キャンプの最後の方は少しよくなったのでほっとしていますが、いつ(主力組を)外されるかと思っていた」

ただ城福浩監督はキャンプで一度も、主力組から外すことはなかった。10番に対する信頼は、ずっと変わっていない。
「まあ、本人も悩みながらやっていましたね。ただ、うまくいかないからといって頭を抱えるとか、そういう立ち位置の選手ではない。もっとやらなきゃという気持ちが強いし、意識も高い。ハードワークした後でもカウンターの起点になれるし、コンディションがあがればキレも出てくる。あとは、ポジションに縛られることなく、縦横無尽にやってくれればいい」

開幕の相手となる仙台に対し、昨年の広島は2引き分け。「難しい相手だし、いい印象はないですね」と森島は言う。
「今年はミナ(皆川佑介)くんもいる。広島で一緒にやっている時、ミナくんと組むとすごくやりやすかった。ボールもおさめられるし、シュートも上手い。怖い存在です」

ただ、一方で自信もある。
「今年は4-2-3-1に形が変わって、攻撃の形も出てきている。ジュニオール・サントスのような凄いFWもいるし、チャンスも増えると思います。自分も去年はアシストが少なかった(5得点1アシスト)し、得点もアシストも自己ベスト(6得点8アシスト以上)を目指したい。去年、スプリントも多くできるようになったし、攻守にわたって貢献したいですね」

ヒーロー不在の時代だと、最初に記述した。だがそれは、いわゆる「ナショナルヒーロー(国民的英雄)」が生まれにくい時代だということであり、人々の心はそれぞれのヒーローを求めている。2019年のブレイク以降、森島のユニフォームを着るサポーターは格段に増えた。多くの人にとって森島司は既にヒーロー。そして彼らはもっともっと、背番号10に凄いヒーローになってほしいと願う。

「ところで、最後に聞きたいんだけど」
「なんですか?」

森島は怪訝な表情で質問を待つ。

「そろそろ、思い出したでしょ。子どもの頃のヒーローを」
「えーっ、またそれっすか……。あ、1人いました」
「やっぱり、いるでしょ」
「カカですね、元ブラジル代表の」
「なるほど」
「(カカの)シャツを持っていたような気がします」
「どうして、カカなんですか?」
「僕、ロナウジーニョのようなサーカスチックな選手よりもシンプルなプレーをする人の方が好きなんです」

派手よりも実質。広島の10番の心にあるのは、そういうことだ。だから派手な「ヒーロー」という言葉に対しての反応が鈍いのだろう。

きっと「キャプテン翼」で言えば、大空翼よりも岬太郎が好きに違いない。

それを確認しようと思った時は、もうインタビューが終わった後。いつかきっと、聞いてみたい。

 

森島司(もりしま・つかさ)
1997年4月25日生まれ、23歳。三重県出身。四日市中央工業高等学校を経て、2016年サンフレッチェ広島に加入。J1通算73試合出場8得点。日本代表Aマッチ2試合出場0得点。

 

中野和也(なかの・かずや)
1962年3月9日生まれ。長崎県出身。居酒屋・リクルート勤務を経て、1994年からフリーライター。1995年から他の仕事の傍らで広島の取材を始め、1999年からは広島の取材に専念。翌年にはサンフレッチェ専門誌『紫熊倶楽部』を創刊。1999年以降、広島公式戦連続帯同取材を19年目に入った。著書は『サンフレッチェ情熱史』『戦う、勝つ、生きる』(ソルメディア)。最近はアウトドア熱が復活。今年は登山も30年振りに復活させる予定です。
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