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2バックはちょっと先走った……「早すぎた男」早野宏史がダジャレ抜きで語る監督論【サッカー、ときどきごはん】

 

解説者として一人スルーパスのような鋭いダジャレを繰り出し、すっかり「ダジャレの早野」として定着した早野宏史氏だが、Jリーグ黎明期にマリノスを優勝に導き、ガンバ大阪、柏レイソルでも指揮を執るなど監督として日々戦っていた時代があることをいまの若いサッカーファンはあまり知らないかもしれない。そして、監督道とダジャレ道に共通する「逃げるは恥だが役に立つ」とは真逆の哲学と覚悟があることも……。
今回はこれまで指揮したチームのエピソードをまじえながら、監督視点でサッカーについてたっぷり語ってもらった。テレビではあまり見せようとしない、深く、鋭い分析をぜひ多くの方に読んでもらいたい。

 

■かつての外国籍選手のようになってきたJ1上位の日本選手

今の時代は監督がスタッフをたくさん抱えていく時代になっていて、マネジメントの仕事がすごく多いんですよ。だからヨーロッパでは監督って「マネージャー」って言うんです。スタッフにはヘッドコーチ、アシスタントコーチ、フィジカル、メディカルなんかがいて、その中に分析班があって、ある程度チーム分析をしていくと思うんですよね。

サッカーを数値で表すとなると、「オプタ(Opta)」とかいろんなデータがあるけど、やっぱり統計学だから、そこで出た数字をどうやって自分が解釈して選手にフィードバックするかっていうことが大切で。分析だけしててもしょうがない。

僕が監督をやっていたときはそんなにデータがたくさんあるわけじゃなかったですね。特に一番最初、1993年のJリーグが開幕した年にファーム(現・サテライトチーム)を持ったときはそうでした。だから自分で数字を集めてやってました。相手チームのビデオを何試合か見て、左右のどっちのサイドが強いのか、相手の攻守の形がどうなってるのかとか。

たとえば相手チームで一番シュートを打ってる選手が一番のキーポイントと考えて、その選手が点を取っていればそこを押さえるとか、そこにボールを出すのは誰か調べて中盤の攻防のヒントにしたり、バックラインから誰が一番球出ししてるのか見つけたりしてました。

広島に柳本啓成がいたときは、柳本から久保竜彦に出るパスが多かったんですよ。だったらこのラインを切るために柳本から久保に出させなければ、勝つ確率が上がるわけです。そうやって柳本から誰か別の選手にパスを出させるようにして、広島の攻撃のリズムを崩してました。

Jリーグにはオフィシャルのスカウティングビデオがあって、それを各チーム買って相手チームのことを調べるんですよ。カメラ1台で音もない映像をずっと見るんです。そういうので見て分析しなきゃいけなかった。それを今は分析班がやってるんでしょうね。

ただ、情報がいっぱいあるのはいいんだけど、それをどうやって集約するのかが大切なんですよね。「決定率が高いチームは、ゴールできる確率が高くなるペナルティボックスに入らないとシュートを打たない」とか、そこを考えなきゃいけない。

特徴のあるチームはいいんですよ。原博実監督がやってるときのFC東京は、切り替えと縦の速いサッカーだから、スピードダウンさせておけばいいと判断できたし。でも、のらりくらりやってるチームは難しい。

訳が分からないチームもありますからね。どんな特徴なのか分かんなかったのは昔のジェフ市原(現・ジェフ千葉)でしたね。思い切ったところからシュートを打つから「それ、確率低いよな」と思ってたら入っちゃったりするし。いいときのヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)も大変でした。

事前の分析ってそんなにピタリとは当たらないですよ。当たってればゲームはコントロールできるけど、当たらない試合もあったんじゃないかな。すべては多分当たらないと思います。

じゃあ当たらなかったときや、相手がやり方を変えてきたらどうするのか準備しておかなきゃいけない。その前に自分のチームがどうなのかっていうことも考えなきゃいけない。相手をいくら分析しても、自分のチームはどういう形ができるのかをマッチングさせないと、結局は意味がないから。

自分たちのサッカーをするためのトレーニングと、相手に対応するためのトレーニングの比率は、7対3……いや8対2もないかな。9対1に近い8対2ぐらいじゃないですかね。じゃないと毎試合ごとに対応トレーニングをしていく間に自分たちの伸びしろがなくなるし、選手からしてみても毎週違うことを言われても難しいから。

方向性があって、そこに向けて少しずつ進歩していく前向きなトレーニングをする中だったら選手は話を聞くけど、「これもやって」「これもやんなきゃダメだよ」って言われたら、自分を失う可能性あるから。目指しているサッカーじゃなくて、今やってるサッカーが発展してるっていう感覚があれば、いくらでも修正がきくんですよ。

ちゃんとした形ができていて自分たちが強ければ、相手への対応なんか考えずにできるはずですからね。だけど自分たちの形がないと、相手に押されてグダグダになるから対策を取ることすらもう無理ですよ。はね返せない。まず自分たちの基礎力を上げておかないと対応できない。免疫がない病気になるのと同じですよ。

ただ代表チームは好きな選手を集められるからカラーが出せますが、クラブチームは在籍してる選手によってサッカーが成り立つので、いくらロングボール作戦を取ろうと思ってもセンターフォワードが170センチだったらロジックとしては合わない。だから在籍している選手によって当然決まってくるんです。それでも僕は「アクティブ」っていう言葉をよく使いました。攻守において「アクティブに動きなさい」っていう話です。

まず自分たちが何かの形を出す。それによって相手を抑える感じにします。時間帯によっては相手を受けることもあるだろうけど、自分たちが何も形を出さなかったら受けっぱなしになるから、押し返すにはアクティブじゃなきゃいけないんです。主体性は自分たちに置いておかないと、いつも相手を分析して対応してるだけではダメで、自分たちが「アクティブにプレーする」ってことがテーマなんです。

攻撃にしても、相手が分析と違って引いたら、中央突破が得意だとしてもなかなか崩せないんですよ。そうやって相手がカウンター狙ってくるときに、トランポリンの真ん中に石を投げたらダメ。カウンター狙いのチームに対してバカみたいに中央を攻めたら思うつぼじゃないですか。センターにボールを入れたら跳ね返りはデカいけど、サイドにボールを入れたらそんなに跳ね返らないんだから、そっちを狙わなきゃ。

そうは言っても川崎フロンターレみたいに内側を攻めて、そこを締められたら外を攻めるというのはなかなかできないんですけどね。川崎はものすごくパスワークが早いし、3人目の動きが決められていて、フリーランニングも周りが見えてるからいいところに出てくる。サイドにレーンがあって、そこからポケットに入れてくるんです。

ああいうサッカーはカウンターにならないぶん、トランシジョンのときにファストブレイクをかける。そういうトレーニングをしているから、すぐボールを奪い返してまた攻撃できるし、あれだけ円熟味を持ったら相手はなかなか崩せないね。

話を元に戻すと、サッカーはサインが出てから動くようなスポーツじゃないので、選手の状況判断の能力を見極めて使うしかないですよね。あとは多分、やっぱり負けん気が強いヤツがアクティブになって流れを変えてくれる。

外国人選手ってみんな気が強いからね。特に自分が監督だったころのアルゼンチン人はみんなそうだったし。外国の選手っていうのは絶対負けたくないと思ってやってて、監督が言う前にやるから。今はJ1の上のほうの日本選手もそうなってきてますね。

「バ、あんなとこ走って……ナイスシュート」「そこ行ったのか、お前なぁ、あ……ナイス」ってことあるから。それ無茶だろうっていうときは、相手もびっくりするから成功したりするんですけど。日本人は「これやってればいいでしょう」というタイプが多くて、それを外国人監督は「素直でいいところだ」って言ってたけど、逆にそれはアクティブじゃないんですよね。

 

■ヨーロッパでグアルディオラだけが違うやり方をしている

クラブチームは長いシーズンを戦っていく間にいくつか節目があって、スタートダッシュしなければいけないし、もう1回ロケット噴射出さなきゃいけないときがあるし、もし優勝争いしたら最後のところもう1回何かなきゃいけないんですよ。そのためには選手をよく見てなきゃダメで。

特にシーズンのスタートのときは選手に対して「こういうサッカーでいこう」って言葉で言ってても、ハッキリとした形では見られないですよ。そううまくいかないから。だからスタートダッシュして、苦労しながらでも勝ち続けることによって自分たちのスタイルが「これでいいんだ」って確立できる。

若い選手は特に「これでいい」っていう形を認知したときに、プラスして「こういうふうにしましょう」と工夫ができるようにしてあげればいいんだけど、シーズン最初からでは絶対無理ですね。

シーズン当初のままでいけば、多分いろんなところで弊害が出てくる。監督の理想が1つで、ずっとその理想に向かってやってると思えない。発想の転換も必要だろうし、選手の起用についてはひらめくときがあるかもしれないし、そういう部分もあると思いますよ。

だけど変えて失敗するときもあるから、我慢しなきゃいけないこともある。でも、そういうのを乗り越えたらまた違うチームになっていくんです。もしやられたとしても、自分たちのやり方を持ってればまた修正がきくだろうし。

試合間隔が短いときに、積み木を崩して最初から作るなんてことはできないから、自分たちのベースがある中で、「次の試合はここにポイントを置きましょう」っていう感じでしないと。短ければ2日で準備するんです。だから基本的な自分たちの守備がなければ、その方策も打てないんですよ。そのベースがないと、いくら分析しても意味がなくなるんです。

僕はヨーロッパで監督やったことないけど、ずっとヨーロッパの試合を見てたら、個人の主体性をベースのチームを作っていきましょうということになってますよね。ジョゼップ・グアルディオラ監督ぐらいじゃないですか。やるサッカーは縦に早いけど、それを技術のある選手に要求を出しやらせてるという、主体性の前に戦術を持ってきたのは。

ただ基本的には選手の個性をベースにチーム作りですよ。とにかくヨーロッパの方はアクティブだからガンガン個人の力を出してくる。だからドイツのディフェンスって1対1ですよ。1対1で抜かれたらその選手の責任。まず「抜かれるな」ってことだから。日本とはそこに違いがあると思いますね。

今シーズンもいろんな国のサッカーを見てきたけど、そんなに思い切ったことはしてないですね。ただときどき、ちょっと違った人の動かし方をして相手を惑わしていることがあると思います。ちょっと前だったら、サイドバックがボランチの位置に上がって組み立てに参加するとかね。でも、あれはちゃんとロジックがあって。

ボールから反対サイドの選手が絞ってきて、中継して高い位置にボールを持っていくっていうやり方が、マンチェスター・シティなんかでやってたシステムです。要は中盤の人数を考えたときに、サイドバックを使おうと思ったんですよ。

前から圧力をかければ自分たちの後ろの選手にプレッシャーがかからなくなってリンクしやすくなるから、試合を有利に運べるんです。自分たちが引いて回してたら相手に圧をかけられるけれど、自分たちが押し込んだら後ろはフリーになる。

サイドバックが低い位置の外にいてそこにボールが出ても攻めが遅れるけど、ボランチのところにサイドバックが出てくれば、ボランチが2人だったら1人は上がれるし、アンカーの役もやれる。

 

■何十年も前から重要だと思っていた……サイドバックの生かし方

僕はもう何十年も前からサイドバックがキーだと思ってたんです。一番ノーリスクで攻撃参加できるところだから。フリーで行けるし、出てってもゴールから遠いところのスペースが空くだけだから。

だからサイドバックは攻撃的な選手を使ってたと思うし、「攻撃に行ってよ」って話をしてましたね。何をしようじゃなくて、とにかく行けば何か期待できるものがあるから。サイドの低い位置にいたら何も起きないんだから「行ってください」って。

だいたいの監督はバランスを見てると思いますよ。ボランチ2枚がフラットになってるようだったら攻撃には絶対厚みが出ないし、1人は前に出なさいっていうのは、相手との駆け引きでよくあることでしたね。

3バックの1人のポジションチェンジと同じですよ。イビチャ・オシム監督がジェフを指揮してたとき、3バックが後ろからどんどん人が出てくるとか、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督が広島にいたときも後ろから3バックの1人がサイドバックになって上がってきてた。

最初、みんなフリーの相手が飛び出してくるから戸惑って、誰がマークに行くのか迷ってましたね。元々相手が3-5-2のときって外の選手は1人しかいない。そう思って守備しているところに3バックの1人が変化して出てくると誰も守備に行けない。4-4-2でやってるチームのアウトサイドの2人が下がって守ったりしてたんです。

だけど慣れれば分析して対応できるんです。サイドハーフの選手がマークをサイドバックに引き渡したら、今度は自分が攻めに行けるんですよ。そういうふうに、どう対応するのかだけ整理しておけばこんがらない。

結局、ベトロヴィッチ監督がコンサドーレ札幌に行っても同じサッカーをしてるかというと、ロングボールを多くして、それが効果を上げたら後ろがリンクするようにしてますよね。そうなったら今度はロングボールへの対応と後ろのリンクに対する考えと2つ対応策を持てばいいんです。

FC東京が森重真人をアンカーにしてるのも3バックの変形だと思って見てます。渡辺剛がいるから、森重が前で潰しておけば後ろがリンクできる。今、相手チームは森重の脇のスペースにどうボールを入れていくかということを考えていると思いますね。

監督が相手チームの動きを見て対処する即興性を持てるのは、やっぱり目慣れなんですよね。ベンチからは2次元だから距離感が分りにくいだけど、目慣れしてれば全体を見られるんです。

ただ、どう対応するかは事前にトレーニングやっておかないと選手が怖がるんですよ。やっぱり自分のところがやられるのはいやでボールを奪いにいけなくなるから、みんな裏を取られないようにズルズル下がって最後はやられるんです。だけど相手も同じ人数なんだから本当は簡単な算数でしょう? 怖がらずにアクティブにいけばいいんですよ。

そういうシステムチェンジや選手交代によって誰がどういう役割を持ってくるのかっていうのは、シーズン入っていけばだいたい傾向がわかるじゃないですか。シーズン当初は「何これ?」って思うけど、J1ぐらいになったら、シーズンが半分過ぎたぐらいからは、対応策は多分取ってくると思います。

 

■一流になる選手と消えていく選手の決定的な“違い”

僕はいつもチームのベースづくりを「ツーウェイズ」で考えなきゃいけないと思ってました。攻撃的サッカーをやってるチームは守備をしないのか、がっちり守ってカウンターのチームは攻撃しないのかと言ったら、そうじゃない。両方あるのがサッカーなんで。

そして攻守両方なんだけど、どっちかがもう一方を刺激する、守備が攻撃を刺激し、攻撃が守備を刺激しないとチームってできないと思いますね。守備だけやってカウンターを狙いなさいと言ってたら、多分非常に難しい。逆に攻撃だけやって、守備をやらないと、2点取っても5点取られる。両方が天秤のような形でチーム作りをしなきゃいけないんですよ。

ベーシックなのはやっぱり守備的な部分から着手することです。守り方には基本があるから。

相手のセンターの縦のラインを消したら、相手はサイドに出すしかないじゃないですか。そこからペナルティボックスに入れるボールは角度が付いているから守りやすいんですよ。それにボックス内に簡単にボール入れさせちゃダメなんです。そういうベースの守り方をすればボックスの前で守ることになり、ミドルシュートもケアできます。

ボックスの方向を切って、クロスがくるのならなるべく上げさせないし、それでも上がったら中が対応する。そういう自分たちの守備のベースがあっても向こうが進入するケースが多いんであれば、そこをシャットアウトしていくんです。

そうやって守備の形を作ったあと、攻撃をどうするか。その攻守2つを考えて選手にやらせなきゃいけないと僕は思います。

自分のチームをどう見るかというのは、やっぱり若いころと時間が経ってからだったら変わってきたと思いますね。特に1995年に初めて監督になったときは、前任者の外国人監督が日本に戻ってこないという緊急事態だったけど、とにかく優勝のために勝たなきゃいけないという状態だったから、そのあとで監督をやったときとは違いましたよ。

そのとき、若手の起用というのは意識してました。当たればチームにすごい爆発力が出るので、2年目の遠藤彰弘や1年目の松田直樹(故人)、安永聡太郎とか、そのとき力のある選手を起用することによって、ベテランも刺激を受けるし、チームの層も厚くなる。起用は博打だけど、そういう若手を使ってプラスアルファを出していくことを考えて監督生活が始まったんですよ。

若い選手のほうが伸びしろがあって、「やりたいサッカー」と「今できるサッカー」とのギャップを埋めていくためには、若手のほうが非常に適用しやすかったから。それから若手の起用によってベテランや中堅が刺激を受けるだろうし、チームってのは活性化していくっていうロジックで考えてやりました。

今年のサガン鳥栖のように若手が遠慮なくプレーできる環境と結果が出ることが大切で。それに鳥栖の場合はディフェンスのファンソッコとエドゥアルドがデカいんですよ。サンフレッチェ広島もそういう部分がよく整備されてきてるし。いる選手をどうやって組み合わせるか、どういう方法でやるかよく考えられてると思いますね。

みんなが「あの選手はいい」っていう選手を使ってもそんなにいいとは思わないことが多いんです。「あれ、こんなの持ってるの?」って思う選手は、先発で使うかどうかは別にしても、チャンスを与えたら面白いことをやってくれたりするんです。そこは練習の中で感じるしかないんですよ。

運が良かったのは能力の高い選手がいたことで、それがないとできなかったでしょうね。横浜F・マリノスはよく「攻撃的サッカー」って言われてるけど、そういう選手が前にいるし、みんな技術高いからできるんです。

ガンバ大阪の監督になったときは、選手の能力が高くて、フィリップ・トルシエ監督が日本代表を率いたときの選手がたくさんいたから、信じてやるしかなかったね。関西だから結構おちゃらけてるのかなって想像して行ったらすごい真面目だし、稲本潤一、宮本恒靖がいて遠藤保仁と吉原宏太も来たりとか、若手を伸ばすというのが基軸でした。

ただ選手が若いと経験値がなくて頑張れない。最初のころはやっぱり経験がないから相手を受けちゃうし、だいたい小さなミスからチームが崩壊する。最初に横浜マリノスの監督になったとき、そのヨーロッパのサッカーを見て研究してたから、2バックをやったんですよ。でもそうしたらみんな付いてこられなかった。そのへんはちょっと先走ったところもありましたね。

僕が選手の評価をするときに考えていたのは「スキルフルかどうか」でした。スキルって、状況判断ができるかどうかなんですよ。

テクニックやタクティクスは必要だし、強いフィジカルがあればそれだけカバーできる範囲が広くなるし人にも強くなるし、強いメンタルがあれば取り返し戦い続けることもできる。

そういうテクニック、タクティクス、フィジカル、メンタルがある中で、「今何をするのか」っていうロジックもなきゃいけない。そういうのをどうやって判断したのかっていう基準が持てる選手じゃないと一流にはならないと思いますね。判断基準がないと、監督から「こうしろ」って言われてそのとおりやって、そのときはこなせたとしても相手が変わったらできない選手になっちゃう。

いい選手は自分の世界の中に相手を引き込んでプレーできるし、そういう世界をたくさん持ってる選手が生き残ってるんじゃないかな。自分の世界を持ってないと、いくら監督が何を言っても頭に残らないと思う。

中村憲剛さんなんかは、そんなにフィジカルが強くなかったから、そこから自分がどうするのかって話をめちゃくちゃ考えたと思うし、それが川崎のサッカーに合ってて、技術の高さ、視野の広さ、判断の良さが生きた。それで代表に行けるわけだし、そういう選手がやっぱり残ってる。ダメになってる選手は、やっぱりいい加減だと思いますね。

 

 

■当時は尖っていてやらなかった……いまの監督に求められる大事な仕事

監督の役割として選手のメンタルコントロールもあるけど、これは難しいですね。選手はみんな個人事業主で1人ずつ社長ですからね。そのポジションを取り上げるということは、飯を食わせないってことになるし。

だから平等性を持たなきゃいけないと思うし、説明をしなきゃいけないですね。「なぜ使わないか」とか、逆に言えば「なぜ使うのか」とか。その会話って、話の量じゃない。タイミングとか、ちゃんとストンと落ちる言葉なのか。そういうのが大事でした。

ただすごく難しいと思いますよ。勝てば、試合に出たやつはいいかもしれないけど、「オレが出たって勝てる」と思ってる選手がいっぱいいるわけだから。

2007年にマリノスの監督になったときってセンターバックがたくさんいましたからね。大変ですよ。みんな性格はいいんだけど、でも代表クラスだからね。センターバック2人だったのを増やして3バックやるかっていう発想にあのころはならなかった。

ハイプレスのコンパクトをやったわけだから、全体の運動量がないとコンパクトだけどプレスかからなかったんですよ。2007年のときに「これしかない」という形でやったけど、みんなしんどいって言うわけです。

でも前に早い選手がいたし、ゴールゲッターもいるんだから、ボールを奪って素早く攻めたくて、みんな意図はわかってくれたと思うんだけど、ただやっぱそこの次の手がなかなか持てなかったんですよ。そこまでの準備もなかったし。あの時代でそのサッカーをやってることはなかったし、結局今やってるのはそのサッカーですけどね。

当時、那須大亮と栗原勇蔵のセンターバックの組み合わせで試合に勝った後に、那須が「俺たちだって完封できるんですよ」ってデカい声で言ってきたから「すごいなあ」って言ってあげたこともありましたね。みんなそれだけ能力あるんですよね。

だけど長いシーズン、選手がたくさんいればいろいろな選手のコントロールしなきゃいけない。今だと川崎の鬼木達監督はうまくやってるんじゃないですか? 勝ってるし、誰を使っても同じ戦術がとれるんだから。レアンドロ・ダミアンも小林悠もいてちゃんと点を取れてるし。よく分析したら田中碧と脇坂泰斗はずっと出てるけどね。信頼があるんでしょうね。

あと、監督の仕事としては補強もあるんですけど、そこは強化部とのイメージのすり合わせをすることですね。川崎の庄子春男強化本部本部長なんかは現場をよく見てて、次に誰が必要なのかというのに手を着けてるんですよ。鹿島もそうですね。マリノスはマンチェスター・シティに依頼して、現場がほしいというタイプの選手を世界中から持ってくる。

僕も1年間強化部をやったとき、チーム分析で、1年間通じて活躍する選手、伸びてる選手、コアの選手と、いろいろ選手を見た中で次に誰が必要か監督と話をしました。ただね、「点取り屋がほしい」って言われても、ゴールゲッターは高いんですよ(笑)。しかもチームにフィットするかどうか分からないし。

全体から見ると分析、チーム作り、メンタルコントロールに加えて、コンディショニングが重要でしたね。選手のコンディションについてはフィジカルコーチと話して、どんな練習ができるか考えなきゃいけない。

練習してコンディションがよくなるんだったらいいけど、疲労が残って試合に悪影響が出てはいけないから、コーチから「フィジカルを長くやらないほうがいいです」と言われたら、その範囲中で詰めてやらなきゃいけないし。

キャンプは別だけど、シーズンに入ったら体力強化はそんなにたくさんできなくて、まずコンディショニングを見ますよ。あとはケガ人の復帰状態も聞かなきゃいけないし。

そして今、もう1つ監督がやらなければいけないのは広報でしょうね。チームが強くなればメディアのオファーも多いし。昔はすごく尖ってたから、選手に地域貢献のオファーが来ても「コンディションを崩すんでやめてください」と言ったこともあったんです。けれど今は、地域の協力やサポーターがいてこそのクラブだと考えてます。

 

■「いい監督」「悪い監督」とは口が裂けても言えない

本当に監督がやんなきゃいけない仕事は多いんですよ。自分のチームをどう勝たせるかっていうところから、今いる選手のレベリング、マッチングを考えて、こういうサッカーでいこうと判断して鍛えて、ポジションについて分析するのも監督の仕事だし。

要は勝たせるっていうのが監督の仕事で、アナリストの部分や人のマネジメントとか、そういうのも全部含めて勝たせるということになるから。分析をいかに自分のチームに落とし込んで、どこで勝ってくかを考えるのも悩ましいとこじゃないかなと思います。

だから監督って目が痛くなりますね。数字を見るにしても、ビデオ見るにしても、とりあえず見ないと傾向は出ないから。数字を分析するには、どうやって分析するかっていうところも、何を見るのかっていうことで、だいぶ変わってきちゃうし。

スプリント回数を見るか、オフェンスとディフェンスのどちらの距離を見るのか、個人としてどこのポジションがどれくらいの走行距離かとか、それが効率的に動いてたのかとか。

走行距離と言えば2010年南アフリカワールドカップのときに気付いたことがあったんです。あの大会では試合が終わるとFIFAから10分から15分ぐらいでデータが出てきたんですよ。それを全部集めて部屋でチェックしたら、ヤット(遠藤保仁)がメッチャ走ってた。そうは見えなかったけど。

長友佑都が走ってるのは分かったんです。ところが数字が出てくると、「あれ? ヤット、メッチャ走ってるやん」って。アイツはずっと動いてる。止まってない。あのときは基本的には守ってカウンターだったでしょ? だからただでさえ守備のときの距離は長いんだけど、そこでもヤットは多かった。長友と同じぐらい走ってる。そういうのが数字にしたら見えました。

監督の仕事で、見ている人たちに分かりやすいのは試合中の指示とか選手交代でしょう。ポジションを変えたり、選手を交代させたり、交代のタイミングを計ったり。それがハマればいいんですよ。すべてハマったら、こんな楽な仕事はないです。でもそうじゃないからみんな苦労してんですよね。

ハマったら翌朝「監督采配ズバリ的中」って書かれるけど、そんなにいつも書かれる監督っておらんでしょう? 1シーズンで全て当たった人は、それで優勝ですよ(笑)。

それから監督は頭打ちにならないように、常に次のことを考えて何か刺激を自分に入れていかないとダメですね。長いシーズンはスタートを切ってそのまま最後までって絶対あり得ないから。一歩先に何かやっていかないと失敗するから、常に頭をめぐらせておかないといけないし、他のチームの変化にも対応していかなきゃいけない。だから休むヒマないですね。

僕が口が裂けても言えないのは、「いい監督」とか「悪い監督」という言葉です。監督は監督。みんな覚悟を持ってやっていて、当たるときもあれば当たらないときもある。監督は覚悟がないとできないと思います。

今やってる仕事を全部辞めてやらなきゃいけないし、みんな勝たせようと思ってやってるんだけど、やっぱり順番が付いちゃうから。今タイトル取ってる監督ってそんなにいないんですよ。じゃあ取れていない監督は悪い監督かというとそうじゃないと思うし。

ただちょっと心配しているのは、Jクラブなんかが増えてきて、今の若い中堅の、40代の監督経験者が次々にチームを渡り歩くでしょう。成績不振で辞めました、でもこっちのチームの監督をやりますって。

その短い期間でどうやってリセットかけるのかと思いますね。結局はアイディアが失敗した中で、次のチームに行ったときにそんなに新しい引き出しがあるのかなと。このへんはチーム数が多くなった悪い影響なのかもしれないですね。

それに去年の成績が悪くて選手を補強できていないチームを率いたら監督はキツいですよ。それでも勝たせなきゃいけない。じゃあ勝てないと悪い監督かというと、それは当事者は言えないだろうけど、本当は仕方がないところがあると思います。監督は難しいです。

 

■「ダジャレの早野」として生きる覚悟を決めたあの日

「激レアさんを連れてきた。」(テレビ朝日系・2月15日「Jリーグの元名監督!解説中に20年間ダジャレを言い続け ほとんどスルーされているサッカー解説者」として出演)見たの? どこで知ったの?

あれはマネージャーの子がその仕事を持ってきて「どうします?」って言うから、「いつも何も役立ててなくて申し訳ないからやるよ」って言ったんですよ。そうしたらダジャレの解説を言う場面をテレビ朝日の会議室で撮って。難しかったよ。あんな決まったギャグを言えって。

その次の日の朝10時前ぐらいから今度はスタジオに行って、終わったのは18時ぐらい。リハーサルと本番があって。テレビ局に行くときには駅間違えちゃって、しょうがないからタクシー乗って。全然行ったことないから分からないよ。まいったよ。遅れるところだった。恥をかき捨てたよ。本番のときはカチカチだよ。手が動かなかったもん。

「ダジャレの早野」として知られたことについては、まぁそれは人が決めることなんで。何と言われても否定もできないし、肯定しかできないですよ。しょうがないですよ。

これ本当にね、1995年に決めたことなんですよ。1995年、マリノスの監督になって最初の三ツ沢での優勝かかった鹿島とのゲームのときに、TBSが試合前にインタビューしたいって言ってきたんです。しかも三ツ沢の現地でインタビューしたいって。

「どうしようかな。まあいいや。やる」って。そこで逃げると絶対勝負に負ける、逃げたら絶対アカンと思ったから。そこからもう人にどう思われても仕方がないと腹決めたんです。だけどね、もうギャグも出ねぇよ。年取ってきたから(笑)。

 

■コロナが落ち着いたら行きたい横浜中華街の名店

メシ? あ?あ、最後はそう言えばメシの話だよね。最近は新型コロナウイルスの影響で行ってないですね。テレビの仕事でも会食禁止だし。だから地方に前泊で行ってもコンビニで何か買ってきて、ホテルの部屋で誰にも会わないで食べてますよ。

じゃあ新型コロナウイルスが落ち着いたら行きたい店をご紹介しておきましょう。僕は横浜なんで、やっぱり中華街ですね。真ん中辺にある広東料理の桜蘭っていうとこがあったんです。マリノスの伊勢佐木町の商店街の会長に紹介されてからよく行ってたんだけど、点心が美味しかったですね。残念ながらもう閉店しちゃってました。

それから「景珍楼」は美味しいですよ。息子が結婚するというので両家が会う個室を取ってもらってね。ここはフカヒレの姿煮が評判です。コースが美味しかったの覚えてますよ。ほとんど酔っ払ってたけどね(笑)。あと試合が終わった後って「北京飯店」に行ってました。ここは小籠包で決まりです。

→「横浜中華街 景珍楼 新館 大通り店」
→「横浜中華街 北京飯店

 

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「今日の試合どうでした?」と聞くだけなら存在意義はない……ピッチリポーター高木聖佳が泣きながらスタジアムに行った日

 

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早野宏史(はやの・ひろし)
1955年生まれ、神奈川県出身。中央大学を卒業後、1978年に日産自動車サッカー部に加入。FWとして活躍。引退後の1992年から横浜マリノスのトップチームコーチを務め、1995年のシーズン途中から監督に就任し、リーグ優勝を果たす。1999年~2001年にガンバ大阪、2004年~2005年に柏レイソルの監督を歴任し、2007年には再び横浜F・マリノスで指揮を執った。NHKのサッカー番組でのダジャレを交えた解説が話題に。

 

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森雅史(もり・まさふみ)
佐賀県有田町生まれ、久留米大学附設高校、上智大学出身。多くのサッカー誌編集に関わり、2009年本格的に独立。日本代表の取材で海外に毎年飛んでおり、2011年にはフリーランスのジャーナリストとしては1人だけ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の日本戦取材を許された。Jリーグ公認の登録フリーランス記者、日本蹴球合同会社代表。2019年11月より有料WEBマガジン「森マガ」をスタート

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