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【六川亨の視点】2021年12月19日 天皇杯決勝 浦和レッズvs大分トリニータ

第101回天皇杯決勝 浦和レッズ 2(1-0)1 大分トリニータ
14:04キックオフ 国立競技場 入場者数57,785人
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長丁場のリーグ戦と、1発勝負のトーナメント戦の違いは1点の重みにある。1発勝負だけに、失点したら取り返すのに多大な労力が必要だ。もしもドローに終わるようなことがあれば、PK戦という“ロシアン・ルーレット”が待っている。このため守備の堅さが勝ち上がるためのカギになる。得失点差などは無関係だからだ。

この点、浦和は初戦の2回戦から準決勝までの5試合をすべて完封勝利で勝ち上がってきた。大分との決勝戦も開始6分に江坂任のゴールで先制と、理想的な展開に持ち込んだ。故障明けでプレーにキレのないキャスパー・ユンカーは90分間持たないだろう。しかしベンチには彼の代わりとなる興梠慎三はいない。このため次の選択肢はトップ下の江坂を1トップに上げ、小泉佳穂をトップ下にスライドさせるしかない。これは、裏を返せば点の取り合いは極力避けたいという“背水の陣”でもある。

実際、72分にユンカーに代えて宇賀神友弥を入れ、江坂の1トップにすると、83分には小泉に代え槙野智章らを起用して5BKで守りを固めた。「交代で、1-0で守りきるつもりだった」と振り返ったように、このまま1-0で浦和が逃げ切れば――希にみる凡戦であっても――リカルド監督の狙い通りのゲームプランで戴冠となった。

そんな思惑を砕いたのは、この試合でチームを去る片野坂知宏監督の執念かもしれない。後半は選手のポジションを代えたり、システムを変更したりして浦和を攻め立てた。可変システムを得意とする片野坂監督らしい采配である。そして終了直前、セットプレーの流れから起死回生の同点ゴールで試合を振り出しに戻した。「川崎戦同様、ミラクルを起こせるかな。ちょっと信じられなかった」というのは偽らざる心境だろう。

試合の流れとしては、大分に傾いてもおかしくない。その流れを変えたのは、大分でプロのキャリアをスタートさせたGK西川周作のアドバイスだった。失点直後、槙野が「周さん、このまま終わらせる?」と聞いて来たので「あと5分ある」と攻めることを進言した。「マキが前に行って、マキがゴールを取れ」と。

アディショナルタイム直前での失点で同点に追いつかれ、チームには動揺があってもおかしくない。このため無理して攻めて墓穴を掘るより、延長戦で仕切り直しをするためにチームを落ち着かせる。そんな槙野の提案は理にかなっている。にもかかわらずGK西川は攻勢に出ること、槙野に得意の攻撃参加することを勧めた。その槙野が決勝点を決めたのは出来すぎだろう。

それでも似たような光景を見たことを思い出した。05年の天皇杯でチームを去るマリッチが決勝点を決めて清水を2-1と下し、浦和として初優勝(三菱としては25年ぶり)を果たした旧国立競技場での試合後のシーンだ。マリッチは日本を離れたが、槙野は引き続きJリーグでプレーするだろう。宇賀神も含め、彼らの今後の去就に注目したい。

 

 

 

六川亨(ろくかわ・とおる)

東京都板橋区出身。月刊、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長を歴任し、W杯、EURO、南米選手権、五輪を取材。2010年にフリーとなり超ワールドサッカーでコラムを長年執筆中。「ストライカー特別講座」(東邦出版)など著書多数。

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