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「日本一嫌われた審判」家本政明が語る審判に嫌われる選手・尊敬される選手

 

審判も選手も人間であり、そこには感情が存在する。お互いの心証を良くしたほうが良いゲームができるのは道理だが、なかなかそうはいかないケースも珍しくない。どうすれば良好な信頼関係を築くことができるのか?
「日本一嫌われた審判」だからこそ本音で語れる審判に嫌われる選手・尊敬される選手のケーススタディを実例まじえてお届けする。
取材・文/海江田哲朗

 

■心が整っている印象ではなかったあの頃の長谷部誠

――2021シーズンをもって国内トップリーグ担当審判員から勇退し、今年の1月末にJFAとのプロフェッショナルレフェリー契約を満了。現在はJリーグで新設されたフットボール本部フットボール企画戦略部でお仕事をされているそうですが、こういったセカンドキャリアは過去にも例があったのでしょうか?
「ほぼ初めてではないでしょうか。多くの審判は別の職業を持ち、現役を退いたらそちらに戻って仕事に専念します。プロフェッショナルレフェリーの場合はJFAに入り、インストラクターとして後進の育成に携わる方が多いですね。プロ経験者が審判界から完全に離れるのはレアケース」

――新しい世界に飛び込んだ動機は?
「自分の人生をどうやってより良いものにするのか。僕がとても大切にしているテーマです。これまで僕は常にいろんなことにチャレンジしてきました。どん欲にトライしていくうちに見えてくる景色が変わり、新たな興味関心が湧いてくる。審判を辞めることに関しては、町田戦のことがあって決意しました(2017年J2第28節、FC町田ゼルビア対名古屋グランパス。人違いの誤審があり、2試合の割当停止処分を受ける)。向こう3年間で、お世話になったサッカー界への恩返しを含め、最後のひとあがきをしよう、と。コロナの関係で結果的に4年続けることになりましたが。そうした取り組みのなかで自分なりに成果を挙げ、完成形はもっと先にあるかもしれないけれど審判とはこういうことなんだという望ましい姿や世界観が表現できたこと、選手やファン・サポーターの方にもそれが伝わったこともあって、もうこの世界から離れてもいいんだと思えるようになりました」

――フットボール企画戦略部でどんなお仕事をされているのか興味があります。
「新設の部署ですので、これからどんな形でサッカー界や社会に貢献できるのか、Jリーグの魅力や価値をどんなふうに高めたり伝えていけるのか模索しているところです。プロパーとして完全に入っているわけではなく業務委託契約ですから、個人で活動する余白も残していただいています」

――先日、物議を醸したJ2第8節モンテディオ山形とファジアーノ岡山の一戦。競技規則適用ミスにより再試合となった事例(※)はとても他人事とは思えないのでは?

※前半11分、山形のGK後藤雅明がバックパスを手で扱い、競技規則では岡山に間接フリーキックが与えられ、GKには懲戒の罰則はないことになっているが、清水修平主審は後藤を退場処分に。以降、山形は10人での戦いを強いられ、試合は岡山が1‐0で勝利した。

「決して簡単なことではなかったと思います。競技規則テストは定期的に行われ、90パーセント以上のJ担当審判は一発でパスします。ところが、実際にあの状況に直面するのは非常にレア。僕は29年間の審判人生で、一度も出くわしていません。なので審判目線で語れば、頭では理解していても突然起こったときにパニックになってしまう典型的な例です。もし僕があの場面に立ち会ったとして、即座に適切な対処ができたか。間髪入れずにイエスとは言えません。おそらく、審判団の誰もが違和感を感じながら流してしまった。あとで思えば、確認して議論する時間を取っておけばよかったと感じているのではないかと推測します」

――清水主審はさぞかし責任を痛感しているでしょうね。
「苦しんでいると思います。とはいえ、多くの方々に迷惑をかけたのは事実。近いことを数々経験した身としては、これからいろんなことで挽回してもう一度サッカー界に恩返しする気持ちになってもらえるのが一番いいのかなと思います」

――さて、今回は審判と選手の関係性をテーマにお話を伺いたいと思います。家本さんのnoteを拝見すると、上手にコミュニケーションを取れる選手が何人か挙げられていますね。現役を引退した中村憲剛さんをはじめ、遠藤保仁選手、中村俊輔選手、岩尾憲選手など。なるほどと思える名前が並び、経験豊かなベテランがほとんどです。やはり、ベテランならではの社交術なのか、それとも若い頃から人より達者だったのか、どちらなのでしょう。
「ふた通りありますね。若い頃からできるタイプだった人がいれば、さまざまな経験を積んで成熟していった人も。以前、鈴木啓太のYouTube番組に出演させてもらったときに話したのかな。長谷部誠が高卒ルーキーとして浦和レッズに入った当初は、めちゃめちゃヤンチャでしたからね。それがいつしか『心を整える。』(幻冬舎)という本を出版し、日本代表でキャプテンを務めるまでのすばらしい人格者になった」

――長谷部選手はプレースタイルも現在と違い、縦にぐいぐい仕掛けるドリブラーでした。
「そうそう。昔のハセは血気盛んだったなあと啓太とも話が盛り上がりましたよ。もともと豊かな人間性を育むだけの要素は持っていたのでしょうけれど」

――若いのに人間ができているなと感じたのは?
「ぱっと浮かぶのはツネですね。宮本恒靖。僕にとっては同志社大の後輩で、彼がガンバ大阪ユースのときにクラブの方から紹介されて知り合いました。ツネは高校生の頃から変わらない印象です。ピッチでは興奮することなく、クレバーでしたたかにプレーできる。オフ・ザ・ピッチでも冷静沈着に振る舞い、いろいろな視点からの質問を受けることがありました」

――家本さんはハセ、ツネと愛称で呼ぶんですね。ピッチ上でもそうだったんですか?
「はい。選手との距離感を大事にしていたので。これには賛否両論あったんですけれども、支障のない限りはニックネ-ムや呼びやすい名前で選手とは接していました」

――審判によっては背番号で呼ぶ人も。
「相手の立場になってみれば、そんなふうに呼ばれるのは僕はいやです。選手はロボットではないでしょ?」

――選手からは「家本さん」と呼ばれていましたか?
「そうですね。昔からだいたいは」

――「レフェリー!」と呼ばれるのは気分がよくない?
「選手にも話したことはありますよ。僕が『そこの選手!』と呼んだら振り返りますか? どんな気持ちになりますか? と。あなたも私もご先祖様から受け継いだものがあるのだから、『おい!』とか『審判!』ではなく『家本!』と呼び捨てでも構わないのでお互い名前で呼び合いたい」

 

■審判が警戒する要注意選手と選手教育がしっかりしているクラブとは?

――呼び捨てはクエスチョンですが、そのほうが心理的な壁が薄くなるのはたしかでしょうね。いまのJリーグで審判とのコミュニケーションに長け、豊かな人間性を感じる若い選手はいますか?
「パッと出てくるのはアビスパの前(寛之)、ベルマーレの石原(広教)、フロンターレの脇坂(泰斗)とか。川崎関連では面白い事がありましたね。少し前まで旗手(怜央)はツンツンギラギラしていて。あるゲームで副審の下したジャッジに激高し、『てめえ、ふざけんなよ』と僕のところにきたんです。

 

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