WE Love 女子サッカーマガジン

女子サッカーの伝え方。実況アナウンサーから聞いたJリーグとの違い。

西達彦さんは日本の女子サッカー中継の実況アナウンサーとして第一人者です。西さんから実際にお話を聞くと、実況には選手が「女性だから」「女子だから」という違いは基本的にはないそうです。現場で起きていることを正確に解りやすく伝えるのが実況者の考え方なのだそうです。それでも、やはり、女子サッカーを伝える工夫はされているそうです。そのあたりをうかがいしました。特に、選手同士の横の繋がりの深さのお話は興味深かったです。

プレーの特徴をきちんと伝える

—男女の実況で何か違うはありますか?

西–女子だからというのは、あまり考えていないです。ただ、Jリーグとプレナスなでしこリーグを比べると世間に出ている情報量が全然違うわけで、心掛けたのは、準備をすること。これが一番です。プレーの特徴をきちんと伝えることための準備をしっかりやりたいと思っています。そのために、事前に選手の資料作りをします。名鑑みたいなものを自分の言葉で作ります。

—解説者がいらっしゃらない実況の試合が多いので、通常よりも情報をたくさん出す感じはありますか?

西–たくさん出すという意識はそんなにしていないですけれど・・・結果的に多くは出ているかもしれないという感じです。自分は(事前に)選手よりも監督とお話をするケースが多いです。実況は全体を伝える仕事なのでなるべく全体の話を聞きます。それと、選手のプレーの特徴でわからないところを監督に聞いて教えてもらうとか、(自分が)思っていたことと違うこところを(監督のコメントから) 修正しながら資料を作っていったりします。

—準備通りできる実況と準備通りできない実況はあるのですか?

西–結構あります(笑)。チームとしての形、チームとしてだいたいやろうとしていることは自分の中で落とし込んではありますが、試合なので全てがチームの予定通りにはいかない。(チームが)思った通りにできていないなと感じるようなときは、どういう風にこれを伝えていこうかなーと考えるときもあります。でもそれよりもスタジアムの環境(実況席がピッチから遠い、ナイトゲームで照明が暗いとか等)で選手を追えないときの方が、自分としては困りますね(笑)。

メッセージをポジティブに伝えたい

—今後、プロ化も含め、女子サッカーをこういう方に見てほしい、女子サッカーはこうあってほしいということは?

西–自分の欲求は正直ないです。ただ一つ思っているのは選手が見てほしいと思っている人、選手がメッセージを伝えたいと思っている人にも伝えたい・・・多分、選手はアスリートなので、これからトップレベルの選手を目指していく(同性の)選手たちにメッセージを発したいとかもイメージがあると思うし、うまく、そのための機会が作れていくと良いと思います。今、スタジアムにいる方も大切なお客さんなので、誰を除外するではなく、どういう人たちでも居場所を作れるスタジアムの環境を作りたいです。そのためにメッセージをポジティブに伝えられると良いなって思います。

プレナスなでしこリーグ1部に岡山湯郷Belleがいたとき、岡山県美作ラグビー・ サッカー場は微笑ましい空気感があるスタジアムでした。温泉街ですから山の中です。スタジアムというかサッカー場と言った方が正しいかな。岡山湯郷Belleのホームゲームがあると選手たちのおじいさんおばあさんくらいの年齢に人たちが週末に集まって声援を送るわけです。彼女たちが平日に働いたりしていて「地元の子がこんなに頑張っているのだから、応援しようか」というところもあって人が集まっていたので、なんか、そういう空気感も良いです。地元でプレーすることに凄く意味があるとか、働くことによって職場の方々にサッカーへの関心を持ってもらう出会いの入り口になっているとかも素晴らしいと思います。

「お客さんを楽しませてお金をいただけるようになればプロ」

—プロ化しても人の暖かさを感じる良さは生かしてほしいですね。

西–プレナスなでしこリーグには手作り感がありますし、受付とか案内係をベンチメンバー外の選手がやっていたりすることもあるわけです。良いか悪いかは別にして、それが(ファンとの)接点の一つになるということがありますね。「プロとは?」と考えると、どうしても選手としては優れたアスリート能力で評価してほしい人が多いと思うけれど、実は価値はそこだけではないということは選手たちにも知っておいてほしいなと思います。プロ化しても全ての選手がそういうところまではいけないと思うのです。競争に参加できない選手にも関わり方があるリーグであることはすごく大事だと思います。「お客さんを楽しませてお金をいただけるようになればプロ」だと思うので、必ずしも競技の能力が全てだと思っていないです。その選手がいるから見にきたい、スポンサーとしてお金を出したいと思わせたら、それはプロだと思います。

「基本的にありのままの姿を見ています。」

—特に今シーズンの女子サッカーを伝えていくにあったって意識されることはありますか?

西–あくまでも自分は実況者なので、自分からこうあるべきだと伝えたい強い気持ちは持っていなくて、むしろ間違えなく、正しく、より詳しく伝えることが重要です。でも、選手の人となり、あるいは繋がりみたいなものをより解ってもらうことによって(視聴者に)感情移入をしてもらうというのはあります。女子はSNSを見ても選手同士の横の繋がりがより深いような気がしています。例えば先日のベレーザの村松智子選手が2017年7月の左膝前十字靭帯損傷以来、久しぶりに戻ってきました。チームメイトがリハビリの頃から、ずっと彼女の回復を見てきたということを伝えることで「この選手は本当に凄いことを乗り越えてきたのだ」ということが解ってもらえると思うのです。

「ねずみーずTシャツ」の向こう側にあること

西–INAC神戸レオネッサの1996年1997年生まれの6人が「ねずみーずTシャツ」を作ったわけですが、あれだけ見ていたら「1996年、97年生まれの5選手(西川彩華、守屋都弥、吉田凪沙、八坂芽依、杉田妃和ら同級生)らが干支(ねずみ年、丑年)にちなんで『ねずみーず』を結成してTシャツを販売するのね」で終わってしまいます。でも、もう一人のメンバーの竹村美咲さんだけは選手ではないですね。で、そこには結構な物語があって・・・竹村さんは、今、フロントスタッフをされていますが、将来を嘱望された選手でした。左右の膝の手術(前十字靭帯断絶だけでも5度)を繰り返して引退を余儀なくされています。でも「ねずみーず」の仲間として入っていることが凄くいいよね。しかも並んでいる写真の中で膝を出しているのは彼女だけなのです。膝を見ると施術の跡が見える。これは素晴らしい写真だなと、一枚の写真の中から伝わるものがあって、そういうのを知ってもらえるだけでも、選手の繋がりを解ってもらえるはず。何かことが起きたときに言える、こういう知識を自分の中で持っておきたいな、と思います。

—プロリーグになると実況が変わることはあるのですか?

西–基本的には実況が大きく変わることはありません。ただ、もしかすると見ているお客さんのテンションに影響されることがあるかもしれません。Jリーグのサポーターと女子サッカーのサポーターは違います。プロ化によって女子サッカーのサポーターが変わってくるのであれば、スタジアムの空気感であったり、中継に求めてくることが変わってくる可能性はあるので、そこは見ておかなければならない気がします。

—最後に西さんから女子サッカーを応援される皆さんへメッセージをどうぞ。

西–プレナスなでしこリーグ1部リーグは全試合の中継があります。ぜひ、見ていただきたいです。なでしこカフェというYouTube番組もあります。選手をゲストでお呼びしたり、プレー映像のレビューをしています。女子サッカーだけの番組です。ご覧になっていただき関心を持っていただければと思います。よろしくお願いします。

(インタビュー:2020年7月21日 石井和裕)

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ