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ワンバック選手の本は、なぜ心に残るのか?翻訳者に秘密を聞いてみると答えはシンプルでした

私は、この本の文章表現に驚きました。びっくりするほどスラスラと読める、心が引き込まれるような本だったのです。ワンバック選手の本が、どのように日本語版になったのか、そして、この本の魅力を確かめたくて、この本の翻訳者の寺尾まち子さんにお話をうかがいました。

米国女子代表として255試合出場184得点の偉大なストライカー

—寺尾さんは、どのような本の翻訳をされているのですか?

寺尾–私は幅広く翻訳の仕事をしています。小説の翻訳もします。スポーツは野球の本(ICHIRO―メジャーを震撼させた男:ボブ・シャーウィン著、清水由貴子氏との共訳)等を翻訳しています。

—サッカーのお仕事は初めてですか?

寺尾–初めてです。Jリーグの試合は1回だけ生で見ました。「サッカー好きとは言えない日本人の平均」みたいな感じです。テレビでは見ていますが、女子サッカーは、なでしこジャパンの活躍で盛り上がってからで・・・ワンバックさんのことは澤さんとセットで覚えていました。澤さんの存在は、以前から知っていました。

—翻訳の中でサッカーに関して困ったことは?

寺尾–一つだけあります。原書では「pitch」と「field」と2つの単語が使い分けられていました。日本語ではどう表現すべきかを調べてみたのですが、ピッチという単語が一般的に馴染んでいてふさわしいのかなと思ったので「ピッチ」に統一して表現させていただきました。

あんなに男女平等に見える米国でも差別がある

—今回のお仕事を通じてサッカーに関して発見したことはありますか?

寺尾–「米国の女子サッカーが男子よりも収益を挙げた」と書いてありましたよね。あれは「そうだったのか!そこまで人気があったのか!」と・・・「最初は大きな会場で試合をやらせてもらえなかったけれども選手が呼びかけて大きな会場で試合をできるようにした」とかも書いてあって、日本の女子サッカーはどうなのかな?と思いました。

—去年、私はFIFA女子ワールドカップ2019フランス大会の決勝戦を観に行きました。6万人くらいの観客が入って、6:4で女性が多くて、おそらく、そのうちの2〜3割くらいが米国から来ていたのですが、FIFAの会長が入場してきたときのブーイングとequal pay(同水準の報酬)コールがもの凄かったです。

寺尾–(笑)そうなのですね。会場に来られるファンの方は女子選手が不遇だということを知っているのですね。

—そういった意識を前提にして、この本も書かれていると感じました。

寺尾–サッカーに限らず一般的な女性も不遇だと書いてありますね。私が女性だからということもあり胸に刺さるところがありました。米国でも男女格差があるのだなと気づきました。あんなに男女平等に見える米国でも差別がある、スポーツという実力の世界でもそうなのか!というのを感じました。

文体がシンプルで深いのはワンバックさんの原文が良いから

寺尾–この本では大袈裟な言葉を使っていないです。ワンバックさんのスピーチも力強いのですが大袈裟な言葉は使わず、ごく一般的な言葉を使って・・・でも強さとか、静かな怒りとか、励ましとか、こんなに(伝えたい想いが)深いのだと感じました。私は、ワンバックさんが書いた言葉と(日本語に)イメージの差が出ないように気を付けて翻訳しています。この本は薄いじゃないですか。簡単にスラスラと読める・・・だけれども、読んだ後に心に残ることを心がけたし、できるだけ多くの方・・・普段は本を読んでいない方にぜひ読んでほしいという想いが(私には)あります。でも、私がというよりも、ワンバックさんの言葉がそうであるし、これからの世代の方に伝えたいという(ワンバックさんの)想いが凄くあると思います。

–明快な表現なのは翻訳のテクニックではなくワンバックさんの原文が、そうなのですね。語りかける言葉の間のようなものを感じます。

寺尾–さりげなくて、「名言を狙った名言」ではない、「カッコ良い言葉ではない普通の言葉」で深くて良いメッセージがたくさん盛り込まれている。考え方が深くて訴えかけてくるものがある・・・でありながら説教臭くない。押し付けてこない。どちらかというと女性に語りかけてくれる、女子にとっては勇気が出る本。なんとなく押さえつけられて生活しているときに「そういう風に主張していいんだ!」と背中を押されて勇気が出る本だと思います。

アスリートにも読んでほしい本

寺尾–いろいろな女性に読んでいただきたいです。特に、若い世代に読んでいただきたいです。

「わたしのことは忘れてください。わたしの背番号も忘れてください。名前も忘れてください。わたしがいたことも忘れてください。勝ち取ったメダルも、破った記録も、はらった犠牲も忘れてください。」
(現役最後のメッセージ Forget Me)

これを言えるのは凄いことだと思いました。私が忘れられたらサッカーが先に進んでいることだから・・・これを言えるのは、ワンバックさんがセカンドキャリアに進んでいけているから。ワンバックさんはリーダーシップをとれる人、スポーツマンシップに則っている人。だけれども飲酒運転で逮捕されたことがあり、多分、ちょっと弱いところもあるのだけれど、そこを乗り越えて生きていける強い人だと思います。やっぱりかっこいいですよね。

この本は、スポーツをされている人にも読んでいただきたいです。セカンドキャリアを考えている人にも読んでいただきたいです。プレーしてきて燃え尽きた人、燃え尽きちゃうかもと思っている人、トップクラスではなくても、学生でも、ぜひ読んでいただきたいと思います。そして、この本をきっかけに、まだ女子サッカーが盛り上がればいいなと思います。

寺尾まち子さん プロフィール
翻訳家。 主な訳書に『72歳、今日が人生最高の日』(集英社、共訳)、『リンカーンのように立ち、チャーチルのように語れ』(海と月社)、 『エモーションコード』(パンローリング)、『サンタクロースの一大事?』(原書房)など多数。

版元の海と月社によると「通常よりも漢字を減らしてひらがな表記を増やしている」そうです。日ごろあまり本を読まない人でも、パッと開いたときに文字に威圧されないように配慮されているのだそうです。それから、原文にはなかった写真も掲載されています。とても読みやすい本なので、ぜひ手にとってみてはいかがでしょうか。

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