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なでしこ2部優勝は通過点 監督を退任する川邊健一さん(S世田谷)インタビュー

筆者は2013年シーズンの入れ替え戦をよく覚えています。あのときはポゼッション志向のサッカーでチャレンジリーグ(当時2部に相当)を勝ち上がってきたスフィーダ世田谷FCが、得意のパスサッカーでプレナスなでしこリーグ(当時1部に相当)昇格に挑戦しました。ところが予想以上に、スフィーダ世田谷FCの選手たちは、プレナスなでしこリーグのFC吉備国際大学Charmeによる守備のプレッシャーに対応できませんでした。スフィーダ世田谷FCの選手たちは、細部でいつも通りのプレーをできず、ミスが目立ちホームゲームを0-1で落としました。得点差は僅かに1点。しかし、筆者は、あのとき得点差以上の大きな力の差を感じました。あれから7年。スフィーダ世田谷FCは、あの頃とは全く違うプレッシングサッカーを掲げ、2020プレナスなでしこリーグ2部を優勝。ついに、2021年は念願のプレナスなでしこリーグ1部で戦います。

川邊健一さんは、スフィーダ世田谷FC設立時よりトップチーム監督を歴任。2016年シーズンに、一度、監督を退きますが、2017年シーズンに再びトップチーム監督に就任。2020年シーズンに念願のプレナスなでしこリーグ2部優勝を達成し、2020年12月末日をもって監督を退任。2021年シーズンはGM兼総監督としてトップチームからアカデミー組織まで全体を総括することとなります。

提供:スフィーダ世田谷FC

「自分たちのプレースタイル」を磨き続けることにこだわった

—2020プレナスなでしこリーグ2部優勝おめでとうございます。大激戦の今シーズンを振り返って、どのような印象ですか。

川邊–自分たちのサッカーを確立していたので、それを最後までブレずにやり通したシーズンでした。途中で上手くいかない時期もあったのですが、それでも変わらずに、自分たちのやりたいことをやる。あるいは、やりたいことをやるためにどうするかを突き詰めた結果が優勝だったと思います。

—自分たちのやりたいことは、どのあたりで明確になったのですか?

川邊–ウチのサッカーは相手のディフェンスよりも早く相手のゴールに迫る「縦に速いサッカー」です。去年も自分たちの形はあったのですが、それを徐々にアップデートしていきました。例えば、大きく変わった点として、去年は長いボールを入れて、それを拾って攻撃することが比較的多かったのですが、今年は、奪ったボールを縦方向に繋ぎながら素早く運ぶことを練習でも強調してやり続けてきました。

—今シーズンが始まった直後に、神野卓哉さん(当時・横浜FCシーガルズ)にお話をうかがったら「スフィーダ世田谷みたいなサッカーをやりたいんだよ」とおっしゃっていました。強い圧力をかけて素早く攻める「縦に速い強いサッカーをやりたい」という説明でした。ですから、昨シーズンの時点で、スフィーダ世田谷FCのやり方は、すでに注目されていたのだと思っていました。

川邊–今シーズンは、それに磨きをかけた感じですね。当然、相手も、ウチのプレッシャーをかい潜ろうとしてくるので(布陣の)噛み合わせが合わなくなったときとか(何かの方法で)ウチのプレッシャーを外そうとしたときに、さらに、その上をいって無理矢理噛み合わせにいくように微調整を施していく。ボールを取られても取り返す。相手を横に揺さぶることも大事なのですが、まずは相手のゴール方向に向かう。これらをチームとしてやり通してきた結果だと思います。これまで、プレナスなでしこリーグ2部を優勝してきたチームには「自分たちのプレースタイル」が明確にあって、どのチームも最後までブレなかった。だから「自分たちのプレースタイル」を磨き続けることにこだわりました。そして、それをやり続けないとプレナスなでしこリーグ1部に昇格したときに通用しないと思います。

—ピッチ上で選手のリアルタイムな対応はどうでしたか?

川邊–選手たちがピッチの中で修正できたのが、昨シーズンまでとの大きな違いです。昨シーズンまで、僕が、テクニカルエリアの最前線に立ってコーチングをしていたのですが、今シーズンの僕は、ほとんどテクニカルエリアに出ていません。選手に任せることができました。今シーズンから加入した選手たちも、とてもよくやってくれました。チームにフィットしてくれて、よりチーム力が安定しました。

—2019年シーズンから加わった石田美穂子コーチどうでしたか?

川邊–石田美穂子コーチは、選手からの信頼が厚いです。私が男性なので、選手たちとのパイプ役にもなってくれました。彼女を慕う選手が多く、石田美穂子コーチなくして優勝はなかったと思います。GKコーチの廣瀬義貴コーチ、後藤香代子トレーナーとも役割分担をして良い仕事をできたのも、チーム力を安定させる要因だったと思います。選手も私も、良い方々に恵まれたと思います。

僕が2017年シーズンの監督に復帰して、そこから今のスタイルを積み上げ続けています。ブレることなく微調整を少しずつ加えながらやってきました。今は、縦に速いだけではなく、後ろでビルドアップもしますし、複数のやり方を組み合わせられるようになってきました。

提供:スフィーダ世田谷FC

ユースチームの指揮からサッカーを切り替えた

川邊–2016年シーズンは、一度、監督を退いて戸田歩、柏原美羽、安田祐美乃の世代のユースチームを指導していました。そのときのユースチームの目標を全国ベスト4に定めました。全国ベスト4になるためには日テレ・東京ヴェルディメニーナ、浦和レッズレディースユース、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースU-18、セレッソ大阪堺ガールズのどこかを崩さなければなりません。同じようなサッカーで挑んでも無理だと思いました。そこで、激しいプレッシングを取り入れて、今までの自分のサッカーを違うものにしました。今までは、僕もポゼッション志向でやっていました。でも、ここで、ポゼッションサッカーを崩すサッカーに切り替えて浦和レッズレディースユースに勝ちました(関東女子ユース(U-18)サッカー選手権大会)。日テレ・東京ヴェルディメニーナを相手にPK戦まで持ち込む試合もできました(全日本女子ユースサッカー選手権大会東京都予選)。そして、JOCジュニアオリンピックカップ全日本女子ユース(U-18)サッカー選手権大会のベスト4進出を達成しました。

2017年シーズンにトップチームの監督に復帰した際に、強いチームと同じようなサッカーをやっていたら絶対に勝てないと思いました。ポゼッション型のサッカーで日本一になれるのは日テレ・東京ヴェルディベレーザとか浦和レッズレディースとか一部のクラブだけです。あれだけ高い技術がないとできないです。だからサッカーを切り替えようとして取り入れたのが、今のスタイルです。

—ちょうど、今、日本の女子サッカーは伊賀FCくノ一三重、ノジマステラ神奈川相模原のようなプレッシングやインテンシティの高いサッカーで強豪クラブを倒すことが起きています。これは、何か偶然の一致なのでしょうか。

川邊–伊賀FCくノ一三重は、大嶽監督が戻ってきてから、あのスタイルで徹底されています。とにかく、走って奪って、ということを続けています。プレナスなでしこリーグ2部では他を圧倒して優勝しましたし、プレナスなでしこリーグ1部でも1年目は結果が出ました。能力が圧倒的に高いポゼッション型のチームにポゼッションで挑むと、10回やれば10回負けます。10回やって1回でも勝てる可能性があるのは、今の我々のスタイルしかないと思っています。これから(プレッシングサッカーは)もっと増えてくるのではないかと思います。

提供:スフィーダ世田谷FC

スフィーダ世田谷FCのサッカーは美しい

—「プレナスなでしこリーグ1部の優れたクラブに対抗するプレッシングサッカー」という考え方に納得しました。しかし、もともと、スフィーダ世田谷FCはプレナスなでしこリーグ2部でコンスタントに上位を維持していました。それでも、プレシングサッカーを導入したのは、プレナスなでしこリーグ2部を優勝するためなのか、その先も見据えてのことなのか、どちらでしょうか?

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