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1部であろうが2部であろうが ASハリマアルビオン “りんりん” 岸田直美さんの 女子サッカークラブ経営哲学

「50歳代半ばを超えると怖いものがなくなりましたね(笑)。」という岸田直美さんはポニーテールの56歳。2015年シーズンにASハリマアルビオンがプレナスなでしこリーグ2部に参入し、経営改革を迫られ、2016年シーズンに株式会社となった際に初代の代表取締役に就きました。流れるような喋り、ひらひらとしたデザインの服装、そして、情熱。スタジアムに足を運べば、遠くからでも「あっ!“りんりん”だ。」と分かるかもしれません。元々のお仕事は舞台音楽作曲家です。こどもミュージカル劇団ファンキーキッズを主宰し脚本・演出・音楽・振付も担当。姫路市イメージキャラクター「しろまるひめ」が歌う、姫路のPRソング「城見て しろまるひめ 唄う」「ぐるっと姫路」の作詞・作曲をされる等、播磨地域のゆるキャラのテーマソングの多くを手がけてこられました。

姫路城を中心に広がる姫路の街 提供:姫路市

「財政立て直し」から始まった岸田直美さんのフィロソフィー(哲学)は何か、そして岸田直美さんのパワーの原動力について、お話をうかがいました。

1年間で辞めるつもりで頑張った2015年シーズンのりんりん

岸田スポンサーからいただいた支援金を明確にしていくことが大切です。いかに有効・効率的に使っているかをスポンサーにお示ししていかないとスポンサーは増えないです。1年目の2015年シーズンは、支援金の使途を明確にしていくことから始めました。私は自分への覚悟を決める為に無償の約束で働きました。個人の講演活動も行い、講演料は個人スポンサーという形でクラブに入れ、支援金を集める努力をがむしゃらにしていました。

とにかく突っ走りしすぎ、疲弊した1年間で、サッカーが嫌いになりそうでした。だから、1年後にASハリマアルビオンが株式会社に移行したタイミングで、私はフェイドアウトしようと考えていました。しかし、株主の皆様はじめ弊社会長に就任された大塚会長(大塚達也氏:アース製薬株式会社 取締役会長)から「このチームの母親役として頑張ってほしい」と言われました。また、姫路市サッカー協会津田会長からも「姫路のまちに女子サッカートップチームが根付けば姫路のスポーツ財産になる」とも言われました。私は逃げるわけにもいかず、ASハリマアルビオン株式会社の代表取締役に就任しました。

株主や業界各種の方々からのお言葉は大変嬉しかったです。また、千葉園子選手が「りんりん(岸田直美さんの呼び名)がいるから続けられる」と言ってくれたことも心に残りました。千葉園子選手は日本女子代表に呼ばれた後に大怪我をして、ほぼ2年間、満足なプレーができなかった選手ですが、千葉園子選手が言ってくれた言葉は、私がASハリマアルビオン株式会社の代表取締役を続けるに至った理由の一つですね。

実は以前に姫路日ノ本学園大学の教員をしていたので、2015年シーズンからASハリマアルビオンに具体的に関わる以前も、選手たちのことを全く知らないわけではなかったのです。練習場所は浄水場の駐車場。照明が無く小さな投光器で照らす中、真っ暗闇にボールが飛んでいくと、翌朝にボールを探しに行っていたことも聞いていました。大変な練習環境にもかかわらず、文句も言わず黙々と練習に打ち込む姿を知っていたので「彼女たちを守るのは私しかいない」と思いました。苦しい「財政立て直し」を決意する後押しになっていたと思います。選手は我が子同然の存在です。

千葉園子選手 提供:ASハリマアルビオン

髪色はできるだけ黒に近く、身だしなみの大切さも指導

岸田スポンサー企業が絡むイベントの日は髪をできるだけ黒に染めるように言っています。ネイルも「もう少し透明が良いよ」とか「リップクリームをつけて唇ケアも大事!」などと、お節介なアドバイスをします。プレナスなでしこリーグでプレーする選手はみんなサッカーエリートで、社会性を学ぶ機会が少なかったように私は感じてます。

例えば、仕事やサッカーだけではなくメイクや遊びもon & off の切り替えの大切さを教えてあげる必要のある選手もいました。私が代表取締役に就任した際に「あなた達はサッカー選手である前に、一人の人です。私は人を育てるために、あなた達に携わります。」と宣言しました。もちろんサッカーでは試合の勝ち負けの結果が大切です。しかし、私は、それ以前に人であるところの学びが、彼女たちのセカンドキャリアに繋がっていくと考えています。雇用スポンサー企業先で社会知り、地域貢献活動を通じて人の繋がりを感じ、彼女たちのサッカー人生の彩りをより鮮やかに輝かせることが、私の使命だと思っています。

歌って踊れる社長がASハリマアルビオンのマスコット!?

岸田集客するためにスポーツイベントを行う、または、ホームタウンで開催される地域密着イベントに私たちが出ていく必要があります。「歌って踊れる社長が出てくるで~」と、よく言われるのですが、私が歌って踊るのには狙いがあります。普通のクラブチームのようにマスコット・キャラクターを作る資金がないっ! 困った……あ、一番、安いキャラクターいるやん……わ・た・し!(笑)。オバキャラで歌って踊れるアイドル社長……略して「オバドル」(笑)! 「わ・た・し」を前面に出させていただきました。

賛否両論ありましたが、私は人を集めたい! 女子サッカーの感動を伝えたい! その一心でなりふり構わず踊っていたら皆さん、怖いもの見たさからか、私のチアリーダーの格好を見に会場に足を運んでくれました。またサッカーの試合の入場時のおもてなしや、ハーフタイムに歌って踊る中高生の可愛らしい子たちのチアリーダーグループ「アルビオンレディ」の中にしれっと混ざりました。私は「アルビオンレディ」の真ん中でキレッキレのダンスを踊り「アルビオンレディ」になりきりました。ピッチと客席は離れていますから「遠目で薄目で見とったら、わからへんやろなー(笑)」と思っていたのですが「真ん中で踊ってるの……もしかして……社長?」と気づいた人が周りに確認しあって、そこから話題が拡散しました(笑)。

“りんりん” 岸田直美さん 提供:ASハリマアルビオン

商業施設で踊る機会も多かったですか?

岸田COVID―19(新型コロナウイルス感染症)の感染が拡大する前は、年間で70回の講演や地域イベントがありました。そのほとんどで、私は歌って踊ってチームを宣伝しながら、アルビオン名物「ジャカジャカじゃんけん」をしています。

並のミュージカル劇団よりもステージ数が多いですね。そこまで回数を経験されていると主催者も、イベントのクオリティを計算できるので依頼しやすいのではないでしょうか?

岸田(笑)そうですね。ステージ数は多いです。「すいませんショータイム30分で」とか主催者に時間延長を頼まれた場合は、私のオバちゃん丸出し喋りでお客さんを笑顔にしてステージをこなしています(笑)。ありがたいことにスポンサー企業の式典や会社イベントにも呼んでいただきます。そのときは「普通の人間の格好で司会をやってください」と言われたりして「エェッ普通の人間!?」ってなったりますが(笑)。「司会をしながらチームの宣伝もしたら良いから」と、ご依頼いただいた企業様にご協力していただき、スポンサー企業やファンクラブ会員を獲得しています。

普通のクラブだと、マスコットとプロモーション担当者、あとは選手が2名くらいで企業を訪問することになるのですが、ASハリマアルビオンの場合は、岸田社長が自らマスコットとして出向いてしまうので、そのイベントがスポンサーセールスの場になってしまうのですね。

岸田そうです。一石二鳥です。イベントが終わって拍手が鳴り止む前に、選手の顔写真入りのチラシを配り始めます(笑)。すると「おもろい社長やな、一度スポンサーシートを持っておいで」と、スポンサー提案の機会をいただきます。私は、常に笑顔とパワー、裏表ないキャラクターで営業をやっています。まあ、器用ではないので当たって砕けろ! の精神で走り回っています。

“りんりん” 岸田直美さん 提供:ASハリマアルビオン

裏表なく、月次のキャッシュフロー表まで持参して支援金の報告をするのが岸田流

岸田スポンサー企業にはシーズンの半ばで中間報告をさせていただきます。月次のキャッシュフロー表まで持参します。一円たりとも無駄にせず、しっかりと選手や活動に使わせていただいていることを報告します。皆さんびっくりされます。

「初めてやわ。そこまでオープンに報告せんでも……。」と言われますが、ここまで徹底して運営資金の流れを説明するのには理由があります。スポーツ業界はお金の流れが不透明だと言われがちです。私は「スポーツ事業は、こういったところにお金がかかるのです」ということを詳細にお示しすることが、種目に関わらずスポーツ業界に対する理解者を増やすことにつながると思っています。「透明性が高い」「下部組織をしっかりと育てる」「地域密着・定着」「子どもたちへのサッカー啓発イベント実施」などを決算報告書と照らし合わせて、スポンサー企業に判断と納得をしていただきたいのです。

スポンサー企業へ提出する計画書、報告書等

2021年は監督が代わります。プレナスなでしこリーグ1部に昇格し転機となるシーズンです。経営者の立場からはどのようなシーズンとお考えですか。 

岸田COVID―19(新型コロナウイルス感染症)の影響はあります。でも、ありがたいことに「ご縁は持ち続けたい」と支援を継続してくださるスポンサーがいらっしゃいます。播磨・姫路地域には「ご縁」という表現をされるスポンサー企業が多くあります。「大変やろ?」と言われて「大変です!」とお答えしたら「少しやけど増額するよ」と言ってくださったスポンサー企業もあります。様々なお気持ちの入った支援金をいただいています。ASハリマアルビオンは2021年にプレナスなでしこリーグ1部の景色を初めて見ます。より一層、この1部リーグでやらなければならないこと……今まで以上に選手の生き生きとした姿、元気だというところをお見せすることが、疲弊している方々や播磨・姫路地域の企業へ恩返しになると思います。スポンサー企業のお気持ちを受けて戦わなければならないプレナスなでしこリーグ1部。地元企業のほか自治体、各種団体から受けたお気持を必ずお返ししたいです。その一環としてアース製薬株式会社の「モンダミンキッズ事業」と絡めた、幼稚園を巡回してのキッズサッカー指導を始めようと思っています。

提供:ASハリマアルビオン

経営の視点で見れば、この苦しい時期に幼稚園の巡回はコストがかかることで難しい決断ではないですか。

岸田今だからこそ、派手な宣伝や振る舞いにお金をかけるのではなく、下部の強化育成は勿論のことキッズ世代のサッカー普及に力を入れていこうと思っています。それがスポンサー企業からのお気持ちにお返しする一つの答えに繋がると思います。

ASハリマアルビオンは播磨・姫路地域の複数の高校、大学と下部組織が連携し、若い選手にプレーの機会を提供する「ASハリマアルビオン強化・育成部門組織および女子サッカーのまち『播磨・姫路』協力体制」を整備しています。播磨・姫路地域でプレーをしたければ、いつでもプレーできる環境を整備することが地元地域に密着し、スポンサー企業が考えるクラブの在り方に近づくことになります。現在、行政やメディアの協力も受けながら、少しずつ前進しています。

スポンサー企業にとって1部リーグ、2部リーグの違いに重みはあるでしょうか? またWEリーグが誕生するので、ASハリマアルビオンの舞台は、今まで通りに上から二番目のディビジョンのリーグという反応なのでしょうか?

岸田今のところは「1部であろうが2部であろうが」ですね。重要なのはクラブが、いかに地域に根付いて輝いているかです。スポンサー企業から順位のことで厳しく言われることはあまりないですね。2016年シーズンに降格しそうになりました。その年の夏に「厚かましいお願いですが、もし降格してもスポンサーを続けていただけますか?」という打診をスポンサー企業に行いました。ほとんどの企業がおっしゃられたのは「落ちてもしゃあない。ただ、1年後、2年後に上がったらええねん。その根性があるかどうかや。落ちたらやめるという企業は『スポンサー』言わへんで。」というお言葉。お祭り文化・ものづくり産業の播磨・姫路地域の企業らしいお話でした。でも、その裏で私たちが問われているは、しっかりとした経営をし、数字に偽りがなく、地元のための活動を継続してやれているかどうかだと思います。スポンサー企業からは「しっかり今まで通りにやりなさい」と言われたのだと思います。しっかりとした経営にプラスαで順位もというお考えなのかな、と都合よく思っています。

人と人の結びつきのお話が多いように感じます。播磨・姫路地域の風土が影響しているのでしょうか?

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