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「リーグで一番無名な選手」が新聞見出しになるまで 新潟L 石淵萌実選手の #女子サカ旅

2021年5月30日味の素フィールド西が丘。アルビレックス新潟レディースは0−2の劣勢で前半を終えました。日テレ・東京ヴェルディベレーザに主導権を握られ手も足も出ないに近い状況でした。村松大介監督は、この試合を、このように振り返りました。

「うちの選手がリアクションになったということで苦しくなったところがあると思います。もっと能動的にアクションを起こしていけば主導権を握っていくことは多くなると思うし球際のところも先手を取って動けば強くいけると思います。」

そして、能動的に前に出る力に期待して、石淵萌実選手を後半開始時に投入しました。

今回はディフェンスラインの裏に飛び出すプレーが得意のアルビレックス新潟レディース・石淵萌実選手にお話をうかがいました。彼女が、今、目指しているプレーヤーはヴィッセル神戸の古橋亨梧選手。石淵萌実選手は、古橋亨梧選手の良いプレー見ると「それがしたい!」と思うのだそうです。

突破する石淵萌実選手 提供:アルビレックス新潟レディース

自称「プレナスなでしこリーグで一番無名な選手」

名門を経ずにここまできた石淵萌実選手。中学生までは地元のクラブチームでプレーしていました。部活動への憧れもあり、高校は愛知県の椙山女学園高等学校に進学。卒業後は関西学院大学(当時、関西学生女子サッカーリーグ2部)でプレー。2019年にアルビレックス新潟レディースに加入しています。加入時から「プレナスなでしこリーグで一番無名な選手」を自称。しかし、2021WEリーグプレシーズンマッチでは活躍。その名は「WEリーグ新潟レディース連勝 石淵先制、長沢ループ プレマッチ長野下す」と、日刊スポーツの見出しを飾っています。今回のインタビューでは、ここまで躍進の秘訣をお聞きしました。

コーチ不在の大学で主将に

石淵関西学院大学には「自分がエースになり1部リーグに昇格」を決意して入学しました。3回生のときからコーチがいなくなりました。4回生になり主将をやらせてもらいました。コーチ不在の中で、どうやって昇格するのか、ピッチ外のことも含めて私は活動しました。「何のために勝つのだろう?」と、目標の先にあるものを、部員、皆で考えたりして、さまざまな取り組みで成長することが出来ました。4回生のときは、今まで生きてきて、一番大変でした。

その分、関西学生女子サッカーリーグ1部昇格を決めたときは興奮しました。主将だったので胴上げしてもらったのですが「こんな状態で死ねたら幸せだな」って思ったくらい感動しました。

石淵萌実選手

昇格そしてアルビレックス新潟レディースへ

なぜ1部に昇格できたのでしょうか?

石淵チーム力ですかね。コーチがいないので、一人一人でプレーをしても勝てません。どうしたら勝てるのかミーテイングをしました。お互いを理解するワークショプもしました。部員が、お互いの人間性を知って、その上にサッカーが乗っかる感じです。向かっていくベクトルが揃って、昇格に向けて情熱をかけ切れたから1部に昇格できたのだと思います。

苦しかった、無名だった、でも、当時の日本のトップであるプレナスなでしこリーグ1部入りを目指したわけですね。

石淵はい。本当に「入るぞ」と決めたのは大学4回生のときです。その前から就活もしていました。就活をしていくうちに「このままサッカーを終えて良いのか?」「まだまだ自分の限界に挑戦したいのでは?」という自分の心の声が聞こえてきました。その声に向き合って覚悟を決めました。

指導者がいない無名の大学だったので、プレナスなでしこリーグ1部のクラブとのコネクションもなく、練習参加の方法が分かりませんでした。でも国体には参加していたので、そこで出会ったコーチに相談して、アルビレックス新潟レディースの練習に参加させていただくことになりました。

練習参加ではアピールできたのですか?

石淵「変な人が来たな」という記憶には残ったと思います。私は上手い選手ではないので「何かしそうだ」という雰囲気を出しました。

アルビレックス新潟レディースは、どのようなクラブでしょうか?

石淵「サポーターがアツい」「地域に根ざしている」というのが加入のときに持っていたイメージです。その印象は、今も変わらず「地域の人たちに支えていただいているクラブ」だと思っています。街を歩いていると、色々なお店にポスターが貼られています。

チームの魅力は「全員で戦うところ」だと思います。前からプレッシングを全員でかける、ボールを奪ったときに、ボールを持っていない選手が前に出ていく。試合に出られない選手も全員で戦っていく意識があるチームです。

 

石淵萌実選手 提供:アルビレックス新潟レディース

チームに加入されてから、ここまでを振り返ると、なぜうまくいったのでしょう?

石淵私には成長欲があります。そして、加入1年目のときの奥山達之監督が私を、思い切って起用してくれました。チャンスをいただいたからこそ、思い切ってやれました。加入1年目の2019プレナスなでしこリーグ1部 第5節日テレ・ベレーザ(当時)戦では、スタートから起用していただきました。まさか起用してもらえると思っていなかったのですが、出場した上に得点もすることが出来ました。それが、ステップアップするための勢いになりました。

コーチがいない中でやってきたので、自分は戦術眼が弱いと思っていました。だから解らないことは(川村)優理さんやめぐ(上尾野辺めぐみ)さんに聞きました。アドバイスをいただけるので、自分の成長につながりました。このコミュニケーションが、連携の向上にも繋がっていったと思います。 

石淵萌実選手の #女子サカ旅 はカリフォルニアでの「ピックアップサッカー」

石淵大学生のときに、カリフォルニア大学 デービス校に1ヶ月間、留学しました。部活に入って米国のサッカーを体験する予定でした。事前にコンタクトして練習参加のOKをもらって行ったのですが「情報漏洩につながるから参加できない」という理由で、練習に参加できなくなりました。約束通りに練習場で待っていたのですが、誰も来ませんでした。さらに、ホームステイ先で、すぐに食中毒になってしまいました。

「このまま1ヶ月間、何もせずに後悔したくない」と思い、サッカーをできる方法を探して周囲の人に質問しました。チューターに「サッカーやっているよ、来る?」と声をかけてもらい「ピックアップサッカー」にたどり着きました。日本でいうサークルに近く、やりたい人が、男女も関係なく自然に集まって始めるサッカーです。これが、凄く楽しかったです。ビブスもないので、服の色で「今日はBlackWhiteね」とチームを分けたりします。英語が喋れなくてもサッカーというスポーツがあることで通じ合い、繋がることができました。素敵な思い出です。

当初の狙いとは違う、米国でのサッカー体験になりました。この1ヶ月で「行動することの大切さ」に気づきました。

「ピックアップサッカー」の仲間と 提供:石淵萌実選手

「お金を払って見にいきたい」と思ってもらいたい

—WEリーグの誕生を聞いたときは、どのように思いましたか?

石淵いずれは、日本にもプロリーグができるだろうと思っていました。ただ、思ったよりも早いと思いました。自分自身がWEリーグの一年目に選手として関わることができるのは幸せなことです。自分自身は大きな決心をしてアルビレックス新潟レディースに入ったので、プロ選手への道が見えたのは嬉しかったです。

シュートを放つ石淵萌実選手 提供:アルビレックス新潟レディース

2021WEリーグプレシーズンマッチを経て、自分自身への感情は変わりましたか。

石淵まだ「私は足りない」気持ちですね。「何人の人が私のプレーを見に来てくれるのか」と考えると、きっと足りません。もちろん、私に強みはあるけれど、それでも課題を感じています。

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