リモートマッチのスタジアムDJで感じた僕を使ってもらう理由 岡山湯郷BelleスタジアムDJ 岸本ヒロキさん
「スタジアムDJは、ご飯にかけるふりかけみたいな存在です。白いご飯を美味しく食べるには、ふりかけが重要で、ふりかけが美味しくないとご飯が進まないです。」「ふりかけだけを食べることはないですよね」……そう笑う岸本ヒロキさんからは、サッカー(白いご飯)への深い愛と尊敬、スタジアムDJとしての高いプロフェッショナル意識を感じます。
今回はスタジアムDJのお仕事についてインタビュー取材を行いました。岡山湯郷BelleのスタジアムDJを務める岸本ヒロキさんは「仕事の99%はクラブが作成した原稿を読む仕事だ」と言います。筆者には意外な答えでした。でも、スタジアムDJの仕事を知れば知るほど、その答えの意味が解るようになってきました。スタジアムDJとは誰なのか?大ピンチのハプニングは?岡山湯郷Belleの魅力は?スピーカーから聞こえてくるような岸本ヒロキさんの声に、少しばかり耳を傾けてみてください。
ストリートミュージシャンがスタジアムになるまで
岸本—10代から30歳まで音楽活動をやっていました。ストリートミュージシャンです。ずっとサッカーは好きでした。異常にJリーグオタクで、試合を常に追いかけていました。元々はヴェルディ川崎が僕の憧れでした。ある日、新しいことを始めようという時期に、地元にファジアーノ岡山が出来ました。試合を見に行ったら知っている選手がたくさんいました。
「ファジアーノ岡山のスタジアムDJになれば、何か岡山の役に立てるかも」と、僕は思いました。でも、簡単になれるものではありません。それで「スタジアムDJをやってみたい」と周りの人に触れ回っていました。頭を下げて回りました。そうしたら、ある日、突然にやれるチャンスが舞い込んできました。前座試合のスタジアムDJをやらせていただくことになったのです。1年に2回か3回くらいでしたかね、やれる試合は。場数を踏みたいと思っていたら、今度は吉備国際大学CharmeのスタジアムDJのお話をいただくことができました。
—サッカーのGKよりも、ポジションを奪うことが難しいですね、スタジアムDJ。GKは1試合に2人が出場できますが、スタジアムDJは一人しかいませんし、怪我で欠場することもありません。
岸本—そうです。しかも、スタジアムDJは確実にフル出場するのです(笑)。始めてみると、スタジアムDJはミュージシャンに通じるところがありました。自分が何かを発すると、ダイレクトに返事が返ってくる。それがやりがいになりました。
吉備国際大学Charmeの試合には学生がワイワイと応援に来るのかと思い込んでいました。実際は、地元の人が応援している感じでした。とても良くしていただきました。(スタジアムDJのレギュラーになった試合で)「今日からこの人がスタジアムDJになりました」とパンフレットに名前と顔写真を入れていただいて……感動しますよね。「何枚もこれ欲しい」と思いました。
今みたいに、YouTubeの配信がないので、自分が、どれくらいできていて何がダメなのかが分かりませんでした。でも、携帯で録画した短い動画を元に、課題を書き出していました。
四国に渡ってFC今治のスタジアムDJも
2014年から3年間はファジアーノ岡山ネクストのスタジアムDJをやらせていただきました。その後、2017年にJFLに昇格するFC今治からお話をいただきました。ちょうど、ありがとうサービス. 夢スタジアムを建設中で、広島県の尾道(広島県立びんご運動公園)と福山(福山市竹ヶ端運動公園陸上競技場)でホームゲームを開催していました。愛媛県から(瀬戸内海を渡って)スタジアムDJさんが来られないので、JFL経験のある僕に白羽の矢が立ったのです。
吉備国際大学Charmeやファジアーノ岡山ネクストの仕事と違って、僕のことを全く誰も知らないところに飛び込んでいく仕事でした。どれだけできるかは、正直、不安でした。緊迫感がありましたね。初めは、広島県内開催のホームゲームだけのお仕事の予定だったと思うのですが、ありがとうサービス. 夢スタジアムが完成してからも呼んでいただきました。
岡山のファン・サポーターは負けても拍手です。今治も近いです。「良く頑張ってくれた!」という感じです。ありがとうサービス. 夢スタジアムは専用スタジアムなので、ファン・サポーターの声が如実に聞こえますね。逆に盛り上がっていないときも反応で分かるので、自分の技術を試された場所でもありました。
岡山湯郷BelleのスタジアムDJとして活躍
岸本—2021年シーズンは、サッカーでは岡山湯郷BelleのスタジアムDJのみです。2019年シーズンからやらせていただいています。
—岡山県美作ラグビー・サッカー場はコンパクトな専用スタジアムですね。
岸本—地元の方が多いので、温かい雰囲気ですね。「こんなに温かいクラブあるのだろうか」と思うほどです。感じるのは「支えようという愛情」です。「思い」ではなくて「愛」です。「困ったことがあったら言いなさい」と言ってくれるお母さんのような「愛」です。
スタジアムDJは「選手、スタッフ、サポーターに、同時に語りかけることができる唯一の存在」
岸本—今年「最初のリモートマッチです」とお仕事を依頼された試合は、僕にとって、初めてのリモートマッチ(無観客試合)でした。なぜかというと、去年のリモートマッチは、スタジアムDJもスタジアムに入れなかったからです。「どうやってやったのだろう?」と思ってスタジアムに臨みました。例えば開場するときにワクワク感を伝えたい。でも、伝える相手が誰もいない。「僕に何を求めているのだろう?」と思って考え「普段通りにやろう」という結論になりました。選手に、違和感を感じさせないことが大事だと思ったのです。
スタメン選手を紹介しました。選手がビックリしていました。喜んでくれました。全員で放送ブースに手を振ってくれました。選手は、意外と観客の顔を見ると言います。観客がいると頑張れると言います。スタンドに誰もいないと、公式戦なのか、練習試合なのか、イメージの線引きが難しくなると思います。ただ、そこに僕がいて、いつも通りに選手紹介をすれば「これは試合だ」と意識が向くかもしれません。だから全力でやりました。
このリモートマッチの試合後、スタッフからメールがありました。「選手たちが、名前を呼んでもらって凄く喜んでいました」と書かれていました。嬉しかったです。選手が頑張れるならば、リモートマッチでも僕を使ってもらっている理由があるのかな……。
機材故障で大ピンチ、重要なのはインフォメーション
岸本—岡山県津山陸上競技場で岡山湯郷Belleが試合をしたときに、喋っている途中で音楽が途切れました。音が出ていない……。本来の選手紹介の時間になっても待機することになりました。アップの選手が出てきても何もアナウンスがないので、お客さんもおかしいと思ったのでしょうね、放送ブースを睨み始めます。そこで、本当は、喉を大事にしなければならないのですが、放送ブースがから出て、メインスタンドの一番上から、大声で「こんにちはーーーーーーー!スタジアムDJの岸本ヒロキです!」と叫びました。「機材が故障してアナウンスをできません!」と頭を下げました。大きな拍手が起きました。
これからどうしようと思っていたら、近所の体育館から防災用の簡易PAをスタッフが持ってきてくださりました。「良かった」と思いました。「これがあれば伝えられる」と思いました。簡易PAを使って、第4審判の裏で喋ることになりました。
—よく、岡山湯郷Belleのスタッフは簡易PAを借りることを思いつきましたね。さすがです。ただ、第4審判の裏は、配置が、なんだかおかしいです。
岸本—でも、第4審判の裏だと、誰が交代するのか判りやすいです(笑)。ただ、そこで座って待機するのが恥ずかしかったです(笑)。正直、簡易PAだとスタンド全体には声が届かないです。でも、やりました。「DJさん頑張っていた」とツイートしてくださった方が、結構、いらっしゃいました(笑)。
僕たちの仕事はインフォメーションがメインです。「これは良いことです」「これは良くないことです」「こういうことがあります」という情報をしっかりと伝えなければなりません。それを伝えないと、お客様の統制が取れなくなるのです。ですから、僕は、あのとき、簡易PAを使って、ひたすら注意事項のご案内をしていたと思います。
スタジアムDJは「正確に情報を伝えること」が重要
—ファンの視点では、どうしてもスタジアムDJに「盛り上げ役」のイメージを持ちがちなのですが……。
岸本—「盛り上げ」は、僕の中での優先順位は2番目です。この仕事に就いてから意識が変わりましたね。僕たちは「盛り上げ」のところで輝くのですが、実際には「正確に情報を伝えること」が重要だと思います。
—読み原稿のあるアナウンスは、お仕事の何割くらいでしょうか?
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