WE Love 女子サッカーマガジン

「気持ちと愛」でスタンドの空気感が伝わる実況をしたい DAZNでWEリーグの実況を担当する守口香織さん

DAZNWEリーグの中継を見て気がついたことがありませんか。最も特徴的なのは、女性の実況アナウンサーが多いことです。これまでは、一部のなでしこリーグの試合、テレビ神奈川やTOKYO MXのスポーツ中継等の地方局、DAZNのバレーボールや卓球ら、限られた試合でしかスポーツの実況を女性が担当することはありませんでした。これまで、女性アナウンサーの主な役割はリポーターでした。WEリーグのスタートと共に、実況の世界にも新風が吹き込まれた感じがします。

守口香織さんは、WEリーグの開幕から実況を始めたアナウンサーの一人です。そして、RSK山陽放送のアナウンサー時代は、リポーターとしてJリーグ中継等で活躍されていました。今、守口さんが所属する有限会社ボイスワークスでは、所属する5人の女性アナウンサーがWEリーグの実況を行っているそうです。どのように女性の実況アナウンサーは誕生し、どのような実況をしているのでしょうか。守口さんにお聞きしました。

リポーターから実況アナウンサーへ

実況を始める経緯は?

守口山陽放送のアナウンサーをやめて上京。紹介で今の事務所に所属することになりました。まだWEリーグが誕生するよりも前のことです。最初の面談で「実況をやる気持ちはありますか?」と質問されました。そのときは「今は考えていません」と言いました。私はリポーターの仕事をしていたので、後輩の男性アナウンサーが実況でとても苦労しているのを見てきたからです。

東京2020大会の国際映像で男子サッカーの決勝戦を見ていました。すると女性が英語で実況していました。びっくりしました。世界は日本の先を進んでいると思いました。これから女性実況のニーズが増えて、自分も国際舞台で活躍できるチャンスがあるのではないかと、淡い期待も抱けるようになりました。

WEリーグの開幕直前、2021年の夏に、事務所で「WEリーグの女性実況アナウンサーを育てたい」という話を聞きました。私は、まだ、所属して何一つ仕事をしていなかったのですが、女性アナウンサーの中でサッカー歴が最も長かったので事務所から相談がありました。でも、自分では上手くできる気がしませんでした。最初は逡巡がありました。「できっこない」という気持ちと「恥をかきたくない」という気持ちがあったのだと思います。

一度、岡山に帰ったときに、信頼していた元上司に相談しました。「求められているならば絶対にやったほうが良い」と言っていただきました。色々な経緯が重なって、決断し、私は実況アナウンサーを目指すことになりました。 

初実況はフクダ電子アリーナ。かなり念入りに準備をされたのではないでしょうか?

守口「せっかく実況するならば開幕戦からやりたいです」と事務所に言いました。それで、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースのホーム開幕戦を担当させていただくことになりました。事務所の社長(渡邊哲夫さん)から『まず、家で自分の実況を録音してみてください』と言われました。録音して自分で聞いてみるとすごく下手だし、恥ずかしくて社長に送れませんでした。でも(送ると)社長からはやる気を出させてくれるアドバイスをいただきました。それから、何回かの練習をして事務所でマンツーマンの指導をしてもらう時間を取りました。5時間くらいでしたかね。それを2回やりました。

練習をする前に、名前と顔を一致させなければならないので、自分の名鑑のような資料を作成します。顔を覚えるために、まず顔写真を貼るところから始めました。利き足、身長……なんと、なでしこリーグの実況をされている同じ事務所の西達彦さんから「秘伝の書」をいただいて、そこに書き込んで資料をまとめていきました。とてもありがたかったです。西さんの実況の現場の見学にも行かせていただきました。

新人アナウンサー時代に先輩から教わって以来、久しぶりにたくさん教えていただきました。

練習で難しいところはありましたか?

守口2021WEリーグ プレシーズンマッチの動画配信を見ながら練習するのですが、8月末で配信コンテンツのアーカイブが消えてしまってびっくりしました(笑)。最初は、実況を文章にしてしまいます。「そして●●がパスを出して●●が受けた」と言ってしまうのです。そういう説明は不要で「選手の名前」「パス」「シュート」……口にするのは単語だけで良いのです。余計なことを加えると言葉がプレーよりも遅れてしまいます。考えずに口から単語が出てくるようにしていく必要がありました。

最初の実況の前には特別な準備があったと思いますが、それ以外の試合では、どれくらいの準備が必要なのでしょうか?

守口第1節は2週間くらい、この試合の準備だけに費やしました。その7日後には次の担当試合が来てしまうので、すぐに次の試合の対戦カードに合わせて準備を始めます。私の場合は、1週間、全力で準備をする感じでした。

名前と顔を一致させるコツはあるのでしょうか?

守口背番号は選手が正面を向いていると見えないので、背番号で覚えるのは危ないです。女子選手は髪型を頻繁に変えるので、髪型で覚えるのも良くないです。全体像で覚える必要があります。最初は、背の高さが似ていてショートカットの大澤春花選手、南野亜里沙選手、鴨川実歩選手(ジェフユナイテッド市原・千葉レディース)の見分けがつかなかったです。

実況で女子サッカーに関わって感じたリハビリ期間の重み

守口私はJリーグのリポーターを長くやっていました。リポーターをしているときは選手と私の性別が違うので、ピッチ上は私とは「違う世界の出来事」と感じていました。でもWEリーグの実況を担当するようになると、例えば、怪我をした選手が自分と同じ女の子で、リポーターのときとは違う感情になりました。

今までは、復帰までの期間を、ただ数字としか捉えていませんでした。ジェフユナイテッド市原・千葉レディースと日テレ・東京ヴェルディベレーザの試合の実況を担当して、村松智子選手が「3年間のリハビリを経て戻ってきた」という話をしました。解説の山根恵里さんが「えっ?3年ですか?」と反応しました。「本当に3年ですか?」と聞き返してきて「3年間は信じられないですね」と言われました。確かに私は「3年間」と軽く言ってしまったけれど、すごい年月だと初めて思いました。同性のリハビリ期間は、感じる重さが全然違うと思いました。試合中怪我をしてうずくまっているシーンを見ると胸が張り裂けそうな気持ちになります。

確かに、村松選手の話のやりとりは、DAZNで見ていて長かったので、今でも覚えています。

守口山根さんの食い付きがすごかったです。だから、私は、これまで、選手の立場に立っていなかったのだなと思いました。山根さんの立場では「3年間を費やして復帰できたなんて考えられない」という気持ちだったのだと思います。そんなに簡単に「3年間」なんて言ってはならないと思いました。選手、それぞれの人生があるのです。

提供:有限会社ボイスワークス

これまでのリポーター、リーグのイベントの司会者と実況でスタンスの違いはありますか?

守口司会は、主役が選手なので全く別物です。でも実況は、自分が喋れないと誰も喋ってくれません。本当は選手が主役なのですが、自分がしっかりと喋ってメインステージを作らなければなりません。責任が重いです。

リポーターのときは、変なことを言ってしまって「視聴者に迷惑をかけると申し訳ない」と思っていたのですが、実況を始めてからは「選手に迷惑をかけると申し訳ない」と思うようになりました。

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