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JFAアカデミー福島出身選手の快挙 木蘭サッカーリーグMVP 台湾女子サッカーに革命を起こす若林美里選手(高雄陽信銀行)

かつてのチャイニーズ・タイペイ女子代表は世界の強豪でした。AFC女子アジアカップを三連覇(1977年、1979年、1981年)し、1990年代まではアジアのベストの常連。台湾で開催される国際大会には世界各国から有力選手が集まり、世界の女子サッカーの中心地の一つでした。

そんな台湾の女子サッカーは、今、復権を目指しています。そして、台湾の女子サッカー界で日本人が注目されています。

チャイニーズ・タイペイ女子代表が14年ぶりにAFC女子アジアカップインド2022予選を突破し本大会に出場。ノックアウトステージに進出しました。監督はJリーグでも活躍した越後和男さん、ゴールキーパーコーチはアルビレックス新潟レディースで活躍した大友麻衣子さん。アシスタントコーチに日テレ・ベレーザで活躍した豊田奈夕葉さんも加わりました。2021年度の木蘭(ムーラン)サッカーリーグでは台中藍鯨(ブルーホエール)の田中麻帆選手が得点王に輝き、高雄陽信(ヤンシン)銀行女子足球隊の若林美里選手が最優秀選手賞を受賞しました。日本人選手が主要な海外1部リーグで年間最優秀選手賞を獲得するのは初めてのことです。表彰式の最後に登場した若林美里選手は、日台友好をデザインしたマスクを着用。堂々と受賞スピーチをしました。

若林選手はサッカー界の真のエリートと社会的リーダーの育成を目指すJFAアカデミー福島の出身です。なぜ、若林選手は異国の地で成功することができたのか、そして、何が若林選手を前進させたのかをお聞きしました。

若林美里選手が所属する高雄陽信(ヤンシン)銀行女子足球隊は2016年シーズンに木蘭(ムーラン)サッカーリーグに初参加し最終順位・最下位でスタートしました。これまでの最高順位は4位。2020年シーズンも最下位でした。2021年シーズンは3位という過去最高順位。最終節まで優勝の可能性を残す大躍進でした。

若林選手が受賞した最優秀選手賞は、リーグ関係者、各チームの監督、各チームのキャプテン、メディア、一般の投票で選ばれる名誉ある賞です。

エースの活躍を見せる若林選手 2022年は高雄陽信銀行女子足球隊の監督にFC大阪CRAVOの監督だった猪口武志さんが就任

最終節まで優勝争い「若林美里が高雄陽信銀行女子足球隊を変えた」

若林毎試合、目の前の相手と戦うことを大事にしてきました。一つ一つの試合のパフォーマンスにこだわって、最終的に最優秀選手賞という形になりました。私はチームのキャプテンです。自分のプレーだけではなく、チームのことを考えて、全体が良い方向に向くように願いながら取り組んできました。台湾でも新型コロナウィルスの影響があって木蘭サッカーリーグは、5月1日の試合を最後に、AFC女子アジアカップ予選の期間とトータルで3ヶ月間も中断しました。再開後にスケジュールを詰め込んで全試合を消化しました。

私は、プロ選手として、外国籍の助っ人として、このチームに参加しています。求められるのは結果です。自分自身が結果を出さないとチームとしての結果はついてこないと思っていました。だから、チームを勝たせる選手になりたいと思っていました。開幕当初から、リーグ戦3位以内を目標として公言していました。そして、その3位でリーグ戦を終えました。

リーグ戦の途中から最優秀選手賞の受賞を意識してプレーしていました。最優秀選手賞を受賞すれば日本人として初めての受賞です。台湾の女子サッカーに革命を起こすためのエッセンスになると思います。チームは、今までにない3位という成績でした。最終節まで優勝争いをし、台湾女子サッカー界にインパクトを与えるシーズンになったと思います。

高雄陽信銀行女子足球隊は、ずっと下位争いをしてきたチームです。「若林美里が高雄陽信銀行女子足球隊を変えた一人であることは間違えない」としてシーズン中にテレビ解説で紹介していただきました。

歓喜を呼び込む若林選手 

「台湾女子サッカーを変えられる」直感を信じて

若林高雄市はサッカーの歴史が長く、過去に素晴らしい選手を多数生み出しています。ただ、優秀な選手は、どんどんと県外に流出しています。台中、台北でプレーしている高雄市出身の選手がたくさんいます。他の地域のサッカー関係者から「高雄のやり方は古いよね」と言われることも多い地域でした。過去からの変化が難しかったのだと思います。

木蘭サッカーリーグは2年連続で台中藍鯨(ブルーホエール)と花蓮が優勝を争ってきました。台中藍鯨(ブルーホエール)は3連覇で、下から迫るチームがありませんでした。これが台湾の女子サッカーの発展を阻害している要因の一つだと私は考えていました。だから、私たちのチームは勝つ必要があると思っていました。木蘭サッカーリーグに変化が起きることで、どこかの誰かが何か考え方を変えてくれる可能性があると思っていました。そして、台中藍鯨(ブルーホエール)と花蓮は危機感を覚えるだろうと思いました。他のチームにも希望を与えます。だって「あのビリのチームが優勝できる」のならば「誰がやったって無理だよ」という台湾の人たちの考えを変えられるのではないかと思いました。

当初は、コーチたちも「誰が来ても変わらない」と言っていました。でも、こうして私たちは変わりました。中断明けのリーグ戦では、一度も負けませんでした。

「本当にありがとう」とチームメイトや関係者からたくさん言われました。みんな、3位になれる、変われるとは思っていなかったのだと思います。でも、私はずっとやれると思っていました。自分が台湾でやっていくと決めた2020年シーズンの終わりから「台湾女子サッカーを変えられる」確信を抱いていました。自分の直感を信じていました。

自分自身が意識して臨み、それが周りに評価されたので、私に期待してくださった皆さん、今まで私に携わってくださった指導者、ファン・サポーター、全ての皆さんへの感謝を含め「この賞を頂けて良かった」と強く思っています。これは、台湾の女子サッカーを変える小さなきっかけかもしれませんが、大きな意味があると思います。 

表彰式で着用されたマスクが気になりました。あれは、どのようなマスクだったのでしょうか?

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