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なでしこジャパン(日本女子代表)帯同の西芳照シェフ「今回は単価の高い食材よりも品数を多く出しました。最善の努力をして食事を提供……それが、僕にできる唯一の応援です。」

※写真撮影時のみマスクを外しています。

FIFAワールドカップブラジル2014の直前にサッカー番組『FOOT×BRAIN』に出演した岡田武史さんは、日本代表のキーマンを聞かれ「シェフの西さん」と答えました。西芳照シェフが日本代表専属シェフとなりアウェイ遠征に帯同を始め、約10年後のことでした。

その西シェフが、2022年1月に開催されたAFC女子アジアカップインド2022に帯同しました。1977年にF..ジンナンが台湾に遠征し、日本の女子チームとして初めて国際試合を戦って以来、なでしこジャパン(日本女子代表)の海外遠征にシェフが帯同するのは初めてのことです。

今回は、なでしこジャパン(日本女子代表)がAFC女子アジアカップインド2022を勝ち抜き、FIFA女子ワールドカップオーストラリア&ニュージーランド2023に出場するために、日本サッカー協会が、なぜ西シェフの帯同を必要だと考えたのか、どのようなバックアップをしたのかを、厨房からの視点でお聞きします。ところで、日本サッカー協会から絶大な信頼を得ている西シェフとはどのような人なのでしょう。

西シェフは、当初はJヴィレッジ内のレストランのシェフを務めていた料理人です。1999年から総料理長に就任しました。Jヴィレッジは、福島県にある、当時、日本代表が頻繁に強化合宿を行っていたサッカー・ナショナルトレーニングセンターです。

強化合宿でJヴィレッジを利用する日本代表選手に食事を提供していた西シェフは、2004年に日本サッカー協会の依頼により日本代表専属シェフとなり、海外遠征に帯同を始めました。ところが、2011年に東日本大震災が発生し福島県が被災。Jヴィレッジは、東京電力福島第一原発事故収束拠点となりました。グラウンドには車輌やプレハブの建物が並び、サッカー・ナショナルトレーニングセンターとしての機能を失ってしまいました。西シェフはレストランの運営会社を退職し独立。東京電力の従業員や復興作業に従事する人たちのために食事を提供するレストランを始めました。

Jヴィレッジを離れた西シェフですが、引き続きサッカー日本代表専属シェフを継続してほしいという依頼が日本サッカー協会から届きます。西シェフは、お世話になった人々の了承を得て、これを引き受け、サッカー日本代表専属シェフを続けています。

現在、西シェフは福島県広野町のひろのてらす内の『くっちーな』、福島県いわき市鹿島ショッピングセンターエブリア内の『NISHI's KITCHIN』を経営し、地域の皆さんに美味しい食を提供しています。

帯同されて受け持つ業務の範囲を教えていただけますか?

西朝、昼、夜に選手とスタッフの食事を作ります。必ず作るのはご飯と味噌汁。その他に、朝は目玉焼きとオムレツを選んでいただいて目の前で作る。昼と夜は、皆さんが好きそうなおかずを2品から3品くらい。それにパスタを目の前で作ります。ホテルのメイン調理場とは別の調理場を借りて作りますが、メインの調理場に行くことも多いです。

卵料理やパスタを目の前で作られる良さは何かあるのでしょうか?

西2004年に帯同したときから、パスタを提供してきました。最初はパスタをビュッフェラインに並べて、かけるソース複数と別々に置いていました。でも、みなさん、食べないのです。理由を聞いてみると、美味しく感じられなかったり、また伸びているように見えたりというお話でした。ただ、並べても食べるというわけではないですね。炭水化物をたくさん取るためのメニューですが、食べていただけなければ捨てるだけになってしまいます。もったいなさもあり、目の前で調理することにしました。

試行錯誤が2004年からあって、今のスタイルになったのですね。

西そうですね。以前も、例えば、出したフルーツがスイカとメロンだけだったときに、選手から他のフルーツのリクエストが来たこともあります。

チームを勝たせるための料理

西シェフの提供される食事は「美味しいだけではなく勝たせるために作っていらっしゃる料理」と言われる方もいらっしゃいます。様々なことをお考えになって提供されていると思っていました。

西そうですね。どうせ食べるならば楽しく食べてもらいたい。今回のAFC女子アジアカップインド2022で、選手の皆さんが自分の部屋から出られるのは練習とミーティングと食事くらいです。食事で、ストレスを発散し楽しんでもらえるように料理を作りたいと思っていました。

記者会見で、清水梨紗選手が、これまでの海外遠征の多くは「ご飯がしんどかった。頑張って食べている感覚だった。」と話されていました。今回は「ご飯が進みます。嬉しいです。」と言われました。西シェフの「楽しく食べてもらいたい」気持ちが伝わっているようですね。

西そう言っていただけると、こちらも「ありがとうございます!」と言いたいですね。

今回はコロナ禍の環境でした。いつもよりも、さらに注意深く食事を提供する必要があったのではないでしょうか。

西メイン厨房に入ったりすると、選手やスタッフが接触しないような人とも接する機会が増えてしまいます。僕は、なるべく、選手、スタッフの皆さんとは同じ会場で食事をしないようにしたり、頻繁にPCR検査をしたりして、自分が感染の元にならないように気をつけていました。

12月に食材を運搬するもアクシデント

食材は現地で調達したのでしょうか?

西現地調達はほとんどありません。今回は飛行機に積み込める量の制限があったので、12月に食材をコンテナに積んで船で運びました。肉、魚、野菜は現地調達で、お米やうどん、梅干し、海苔、ふりかけ、酒、醤油、味醂などをコンテナで運びました。

選手の皆さんは、11月の欧州遠征から帰国して隔離があったり、コンディションを整えるトレーニングがあったりしたのですが、西シェフも、年末から年始にかけて、AFC女子アジアカップインド2022に向け、打ち合わせや準備があったのですね。

西そうですね。現地のホテルにAFCから定められたサンプルメニューの提出を催促しても返事が来なかったり(笑)……こういうのは「代表あるある」で、いろいろとありました。

ホテルから提供される食事のメニューにも、西シェフは関わるのですね。

西そうです。過去には、事前にメニューを確認することは無理だと諦めて現地に行ったら「サンプルメニューなんて(手続きは)あるのか?」と言われたこともあります。そういうのは普通のことです。そこで怒ってもしょうがないですね。

過去にもインドに遠征されていますね?

西過去にも行きました。ジーコさんのときにFIFAワールドカップ予選でコルカタに行きました。

試合中に電気が消えた試合ですね。たくさんの経験をされているのですね。

西そうです!停電した試合(笑)。その後、もう一度、行っていますから、今回は3回目です。

今回の選手の皆さんの印象はいかがでしたか? 

西楽しそうに食べてくれるので作りがいがありました(笑)。選手の皆さんが「美味しい」と言ってくださったので「明日はこんなのも作ろうかな」と力が入りました。

記者会見で選手の皆さんが食事に対して「最高です」という表現でした。

西ありがたいですね。「いつもありがとうございます」と言われると、ちょっと睡眠時間を削っても美味しいものを作らなければと思ってしまいますね。

ツイッターに猶本光選手が調理するシーンが上がっていましたが、ああいうことはよくあるのでしょうか?

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