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挑戦し続ける男性(元女子サッカー選手)をLGBTQ+アンバサダーに起用 多くの女性を応援してきた化粧品会社に意外性があっても良い

ちふれグループが女子サッカーの応援を始めたのは、なでしこジャパン(日本女子代表)がFIFA女子ワールドカップドイツ2011を優勝した直後から。「女性を応援する企業」としての象徴的活動として、ちふれASエルフェン埼玉のトップパートナーを務めています。主に、チームの活動環境を改善することで、目標に向かって頑張る女性の活動を支援してきました。埼玉県飯能市の飯能工場敷地内には、社員の福利厚生施設として建設した「ちふれ飯能グラウンド」があり、ちふれASエルフェン埼玉の練習場所となっています。また、「飯能研修センター」はクラブハウスとしても使用されています。その環境はJリーグクラブと遜色ありません。

当初は商号変更前の株式会社ちふれ化粧品(現・ちふれホールディングス株式会社)として、今はちふれグループとしてパートナー関係を形成し10年が経ちます。ちふれは1959年に欧米視察した創業者の島田松雄さんが、米国で1ドルほどで販売されている化粧品に衝撃を受け「日本でも手に取っていただきやすい価格で、良い化粧品をつくろう」という試行錯誤の末に育った化粧品ブランドです。

「お客様がなりたい自分になれるようにお手伝いするのが化粧品会社の役割だと思います。それぞれの方の幸せを考えて寄り添う存在でありたいです。」と話すのは、ちふれホールディングス株式会社 管理本部 広報部の本井沙織さん。ちふれASエルフェン埼玉の非常勤取締役も務めています。

ちふれホールディングス株式会社 管理本部 広報部 本井沙織さん 提供:ちふれホールディングス

「自分がお世話になった企業に貢献できることがあるのが幸せです。内面や人間性の美しさも大切にするちふれの企業姿勢はすごいと思いました。」と言うのは櫻木彩人さんです。ちふれASエルフェン埼玉の元所属選手。2022年3月に、ちふれグループLGBTQ+アンバサダーに就任しました。

櫻木彩人さん 提供:ちふれホールディングス

今回は、ちふれグループの中で果たすちふれASエルフェン埼玉の役割、そして、ちふれグループが、櫻木さんをちふれグループLGBTQ+アンバサダーに起用した意味、そして櫻木さんの挑戦を、お二人のお話から考えていきます。 

LGBTQ+の取り組みは一見、保守的なブランド・企業イメージを変える

本井会社としてLGBTQ+を受け入れる姿勢を示しており、2017年からは、同性のパートナーがいる社員が異性間の結婚と同じように福利厚生を受けられる制度を採用しています。また、渋谷のオフィスの8階には性別を問わない男女共用個室トイレを設置しています。

他の化粧品メーカーでは、ビューティアドバイザーとして男性が活躍されている場合があります。それはある意味でジェンダー平等の実現が謳われる現代らしいことかもしれませんが、弊社のビューティーアドバイザーは今のところ全員、女性です。店頭に女性のビューティーアドバイザーしかいない、という表面的な部分だけを見れば、少しコンサバ?な面があるともいえそうですが、過去、男性を対象とした商品をお届けしていたこともあるものの、基本的には長年、女性を対象とした化粧品を開発・製造してきており、女性ならではの肌悩みをお持ちのお客様にお応えするため、女性のビューティーアドバイザーがカウンセリングを行わせていただいています。最近では男性の美容意識も高まり、弊社の商品に対しても「男性でも使えますか?」というお問い合わせをいただくこともありますが、その場合は現在展開している商品群の中から、女性に比べ、皮脂量が多く、べたつきを感じやすい男性でもお使いになりやすい商品をご紹介するなど、その都度お客様にできる限り、寄り添えるようにしています。カウンセリング業務は、化粧品メーカーの仕事の中でも特に女性が活躍できる仕事、職場なのではないかと思います。

本井さんがコンサバと表現される企業グループが、なぜLGBTQ+アンバサダーを起用したのでしょうか?

本井ちふれブランドがコンサバ=保守的に捉えられているように私が感じるようになったのは、ここ数年のことです。イメージ調査を行うと、安心・安全、誠実(真面目)といったキーワードがイメージの上位にあがり、革新的といったイメージはないようでした。しかしながらブランド誕生時は100円の化粧品を販売したり、容器はそのままで中身だけを詰め替える「詰替用」の化粧品を、国内で先駆けて1974年に販売したり、当時としては化粧品業界の常識を覆してきました。国の法令で全成分表示が義務づけられたのは2001年ですが、ちふれは1978年から、全成分表示に加え、分量も0.01%単位まで開示するなど、本当にお客様に必要とされることをやろうという企業姿勢を持ってきました。

コロナ流行前までは、業績が伸長し続け、より安心して働ける職場環境も整えられてきたように感じますが、誠実さを重要視する社風ゆえか、社内全体が保守的になりつつある気もしました。お客様にも、なんとなく生活の中で見かける保守的なブランドイメージが広がりつつあったように感じますが、LGBTQ+アンバサダーの起用は、ちふれグループの誠実なイメージを変える意外性のある取り組みなのではないかと思います。

ゴールキーパーは未経験なのにゴールキーパーでチーム入りを売り込み 

櫻木小学校4年生からサッカーを始めて29歳で引退しました。尚美学園大学ではキャプテンを務めました。大学を卒業後に留学し、サッカーのプレーは少しお休みしていました。自分がやりたいことを見つけるために、ニューヨークから欧州に渡りバックパッカー旅行をしているとき、以前から友人だった同い年の永里優季さんがチェルシーでプロ選手として頑張っているのを見て感激しました。2日くらい一緒に過ごしたのですが、プロ生活を目の当たりにして、もう一度サッカーを頑張りたい思いが浮かび上がり、プレーを再開することにしました。

それまではディフェンダーだったのですが、174cmの身長を生かしてゴールキーパーに挑戦することを決意しました。2014年に帰国後、練習場所が見つからず、当時はチャレンジリーグで戦っていたスフィーダ世田谷FCで練習させてもらえることになりました。自分で「なぜプレーしたいのか」「なぜゴールキーパーに挑戦するのか」を力説し、その直向きな思いを感じてもらい、ゴールキーパーは未経験なのにも関わらずチームに加えてもらったのです。

1年後、どうしても、なでしこリーグ1部の試合に出場したくて、自分で志願してちふれASエルフェン埼玉に移籍しました。ちふれASエルフェン埼玉には2015年、2016年の2年間、お世話になり、なんとか試合に出場できるようになりました。ゴールキーパーは難しかったですね。自分で転向したのに「なんてポジションなんだ!?」と思いました。シュートを打たれると痛いんです(笑)。

櫻木彩人さん 提供:ちふれホールディングス

自分自身が苦しんできたことが、他の人に役立つ

櫻木引退後は男性として生活したかったので、ずっと言えなかったセクシャリティを母に伝えました。驚かれましたが、話し合いを重ねました。30歳のときに海外で性別適合手術。帰国後に戸籍と名前を変え、男性として人生を再スタートしました。直後に、シングルマザーの女性と出会って結婚し、同時に父親になることもできました。

息子と過ごしていくうちに「私のように性別で悩んでほしくない」と強く思うようになりました。そこでSNSでの発信をするようになりました。始める前に、息子に「やりたい」と話すと「やりたいことをやりなよ」と後押ししてもらえました。講演や講習活動で自分のこれまでの人生をカミングアウトすると「助けられた」「勇気をもらえた」というメッセージをたくさんいただけるようになりました。「私の子どもも同じように悩んでいます」といった親世代の方からの反響も多いです。「櫻木さんと同じような方とお付き合いしています」というシングルマザーからのレスポンスもありました。LGBTQ+の当事者以外からの反応があり驚きました。

日本ではカミングアウトするのは簡単ではありません。誰に相談すれば良いのかわからないときに、私の活動を見てメッセージを送ってくださるのかもしれません。自分自身が苦しんできたことが、他の人に役立つと気がつきました。そこで、もっと活躍の場を広げようと考えました。

WEリーグがジェンダー平等に取り組んでいることを知って、ちふれASエルフェン埼玉のクラブアンバサダーをされている薊理絵さんに連絡しました。それが、ちふれグループLGBTQ+アンバサダーに就任することにつながりました。

「”性”と”生”の多様性」を祝福するイベント『東京レインボープライド2022』に参加したちふれASエルフェン埼玉 アンバサダー 薊理絵さん(左)と櫻木彩人さん 提供:ちふれホールディングス

櫻木就任はとても嬉しかったです。かつて、お世話になったチームの企業グループです。何かで貢献したいとずっと思っていましたが、このような形で貢献できるとは思っていませんでした。責任感を持ってちふれグループLGBTQ+アンバサダーの活動をしていきたいと思います。

周囲の反響を教えてください。

櫻木ジェンダーに限らず、秘密にしておきたい部分をカミングアウトすることに驚かれました。写真や名前を出してカミングアウトするのには勇気が必要です。その上で、さらにちふれグループと一緒に活動することを大変なことだと言ってくれています。

でも「余計なことをしないでほしい」と思っている人もいるかもしれません。カミングアウトしなくても幸せに暮らしている人がたくさんいます。そうした人にも配慮しながら、自分がやるべきことはやっていきたいと思っています。

女子サッカー界では普通な出来事でも、一般社会では理解されていないことがあります。知らないから、怖いと思い込んでいる人もたくさんいます。そうした思い込みを覆していけるように活動していきたいと薊さんとは話しています。薊さんからは、とてもたくさんの協力をしていただいています。

女子サッカー界は小さな社会のように、お互いを尊重し合う習慣が生まれているように感じます。しかし、外の世界は、ちょっと様子が違うような気がします。  

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