WE Love 女子サッカーマガジン

WEリーグ「理念先行」は何が問題なのか? その構造をJリーグと比較すればストーリーの空白を埋められる 連載:WEリーグはなぜブームにならなかったのか?

WEリーグは、日本のプロスポーツ界に新しい風を吹き込みました。元選手が主導した団体球技のプロスポーツリーグは日本で初めて。これまでにない切り口でリーグの立ち上げの発表を行い、社会的な話題となりました。2020年6月3日のWEリーグ設立記者発表会で、日本サッカー協会の田嶋幸三会長は「5年で合計10億円以上の予算を女子サッカーにかける」と発表しました。2020年度はコロナ禍に見舞われ、様々な予算の変更を強いられましたが、1年間で億円の予算(WEリーグ設立のみならず代表活動等を含む)を女子サッカーに費やし、厳しい時代にも関わらず、日本サッカー協会は並々ならぬ決意でWEリーグ設立に臨んでいます。

しかし、2021年9月12日に開幕し、その後、観客動員が芳しくないWEリーグは「理念先行」が批判の対象となっています。毎月開催されるメディアブリーフィング(WEリーグ事務局とメディア担当者の情報交換)でもシーズンが進むにつれて「理念が先行することへの厳しいご指摘」の存在を感じさせる、WEリーグ事務局の発言が増えていきました。

2021年9月11日の朝日新聞に「理念先行のリーグに危惧」というWEリーグ理事の意見が大きく掲載されました。日付を思い出してみましょう……そう、これはWEリーグ開幕の前日です。こうした声は、WEリーグ開幕前からWEリーグの内部で燻っていたのです。

「道徳なき経済は罪悪であり 経済なき道徳は寝言である」とは二宮尊徳の有名な言葉です。 道徳(理念)がなければ良い経営はできません。しかし、理念だけ掲げて利益を上げられなければ、その経営は成功とはいえないという意味です。道徳(理念)と理念は両輪の関係であることが求められています。WEリーグは観客動員だけを見れば二宮尊徳の言うところの「経済なき道徳」に陥ってしまっているように見えるかもしれません。そうした声が批判につながっています。

しかしながら「理念先行」が悪だという考えに筆者は同意していません。WEリーグ全体が「経済なき道徳」に陥っているとも思えません。「理念先行」がパートナー獲得に結びつき、1年目のWEリーグを支えてきたことも、また事実だからです。WEリーグはJリーグの成功をなぞって立ち上げられました。意外なことに「理念先行」も、なぞられたJリーグ成功の方程式の一つなのです。では「理念先行」の何に問題があるのか、今回は、WEリーグの「理念先行」の構造をJリーグと比較してご説明します。

「日本の女性活躍社会を牽引する。」WEリーグの誓い

女子サッカー・スポーツを通じて、
夢や生き方の多様性にあふれ、
一人ひとりが輝く社会の実現・発展に貢献する。

これがWEリーグの理念です。理念の下にある「設立の意義」の最初に書かれている「日本の女性活躍社会を牽引する。」がWEリーグの「理念先行」のシンボルと多くの人に解釈されています。

多くのメディア……特にビジネスメディアや経済番組、ジェンダー問題の特集でWEリーグは盛んに取り上げられました。それは、女性スポーツ団体の報道での取り上げられ方としては画期的なものでした。「理念先行」は、WEリーグの露出拡大、認知向上に大きく貢献しました。

しかし、WEリーグの観客動員や試合に関するメディア露出が低迷すると「『理念先行』が良くない」という声は日増しに強くなりました。多くの人からの「理念先行」と手法への意見に加え、ジェンダー平等に嫌悪感や恐怖心を抱く一部のファンからは特別に強い反発を受けました。(2022年5月26日表現を修正)「WEリーグは頭でっかちだ」「崇高な理念よりもサッカーだけに集中してほしい」「『理念先行』は悪だ」という声が高まっていきます。WEリーグ事務局も、その声を取り入れて活動方針を修正していったように筆者の目には映りました。でも、本当に「理念先行」は悪なのでしょうか?

Jリーグはゴリゴリの「理念先行」だった

成功事例としてJリーグの立ち上げを振り返ってみましょう。Jリーグの理念の発信は、時を経てマイナーチェンジが行われてきました。現在ではJリーグの理念を分かりやすく訴求するために、Jリーグは「Jリーグ百年構想~スポーツで、もっと、幸せな国へ。」というスローガンを掲げ「地域に根ざしたスポーツクラブ」を核としたスポーツ文化の振興活動に取り組んでいます。多くのファン・サポーターは、Jリーグと共に、この構想を実現したいと考えて応援しています。

実は、多くの人が事実を見落としています。立ち上げ当初のJリーグはゴリゴリの「理念先行」でスタートしています。当時は、各種競技のトップレベルのスポーツチームのほとんどが実業団チーム。プロ野球チームも親会社の企業名で呼ばれていた時代です。そこに、新たに誕生したプロサッカーリーグのJリーグは、当時としては奇想天外というほど驚きの目で見られていました。

1992年に発行されたJリーグのオフィシャルガイドブックの最初のページに掲載された川淵三郎チェアマンのインタビューの冒頭には、こう書かれていました。

「全国のスポーツ施設を充実させ、サッカーだけでなく色々なスポーツを楽しめる社会に。企業内スポーツから地域スポーツへの脱皮がプロ化の最大のテーマだった。」

1992年に発行されたJリーグのオフィシャルガイドブックの最初のページ

Jリーグがオフィシャルガイドブックでいの一番に伝えたかったのは、サッカーそのものの面白さや世界で戦うための強さではなく「企業内スポーツから地域スポーツへの脱皮」という理念だったのです。「企業内スポーツから地域スポーツへの脱皮」と言われても、企業スポーツベッタリの環境に慣れた、当時のほとんどの日本人は何を言っているのか理解することができませんでした。プロ野球ですら、親会社の持ち物と見られていた事態です。Jリーグは、自分の想像の範囲をはるかに超えた「理念先行」でスタートしたのです。そして、Jリーグ開幕セレモニーで川淵三郎チェアマン(当時)は「サッカー」という単語を一度も使わずに挨拶を行いました。開幕後は、渡邉恒雄読売新聞社長とJリーグの理念、在り方、手法を巡り、激しいバトルを繰り返し、新聞は、連日のようにJリーグの理念について報じました。

では、なぜ、当時のJリーグは「理念先行」の批判を受けなかったのでしょうか。それは、Jリーグが、ファン・サポーターが味方になってくれる構造を設計していたからです。

これは、Jリーグが一番上の目標を達成するためのストーリーです。Jリーグは目標達成の手前の中間地点に中間目標を設定しています。これが支持を集めた要因です。この中間目標は、ファン・サポーター、地域社会にメリットを提供する事柄になっています。つまり、Jリーグが目標を達成すれば「自分も利益を得られる」と共感してくれた人たちがJリーグを応援してくれる構造になっているのです。

  • スタジアムに屋根がつく
  • 校庭が芝生になる
  • 芝生のグラウンドが街に増える
  • 女性やカップルが行きたいスタジアムになる
  • 地方都市にプロチームが生まれる
  • 応援という方法で試合に参加できる
  • 若い世代が主役のプロスポーツが生まれる
  • 世界と戦う

叶うかどうか分からない遥かな夢ではなく、現実的で、具体的なプランが中間に用意されているのです。かつて、東京・大阪にプロチームが集中し、酔っ払ったおじさんたちがスタジアムでクダをまいていた時代に、ファン・サポーターや地域の人々は「Jリーグを信じて応援すれば絶対に自分にとって良いことがある」と確信できたのです。だから、ファン・サポーターは熱狂的にJリーグを応援し、コミュニティが生まれ、メディアはJリーグを単なるスポーツ興行ではなく社会的意義ある運動体として取り上げ、行政や企業が具体的な支援に乗り出したのです。

そして、その応援・支援の延長線上に「足を踏み込んだ誰もが生き生きとした表情で、楽しいスタジアムの雰囲気」が生まれていきました。Jリーグ開幕当時のスタジアムの白熱した雰囲気は、選手の頑張りによって生まれただけではなく、ファン・サポーターが「Jリーグを信じて応援すれば絶対に自分にとって良いことがある」と確信した熱量からも生まれています。

WEリーグのストーリーには空白がある

では、WEリーグの場合はどうでしょう。WEリーグの「理念先行」が批判される理由は、このストーリーに表れています。


中間地点の中間目標がJリーグと比べると少ないことが分かります。しかも、そのメリットを享受できるのは女子サッカー業界内の人とこれから女子サッカー業界に入ろうとする人が主です。ですから、ほとんどの人には「自分が利益を得られる」イメージが湧かないのです。残念ながら、約束としては力不足であったと思います。そのため、Jリーグと比較するとストーリーが空白だらけなのです。

この空白の場所を埋める中間目標の約束こそが、本来は、理念に賛同する仲間を増やすために重要です。空白に具体的な中間目標を書き加えて埋めると、WEリーグの「理念先行」は劇的に見え方が違ってきます。例えば、WEリーグが、このような項目を社会と約束するとどうなるでしょう。一例として考えてみました。

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