「川崎フットボールアディクト」

【えとーセトラ】富士登山で感じたこと


富士山に登ってきました。

この件、一人で居るとずっと考えてしまうので、ちょっと文章にまとめてみました。

結論をまず書きますが、人の生き死には本当に紙一重だということ。だからみなさん、生きてる今を大事にしてほしいなと、思います。

今回の富士登山については連続ツィート()しています。これは記録の側面をもたせようと考えたからです。その都度の出来事をほぼオンタイムでつぶやいています。次に登る方が参考になるかもしれない、という思いでつぶやきました。

記録を重視して登ったことで、遭遇したのがこの現場です。今回、考えてしまうツィートになりました。


※人工呼吸と書いてますが、胸骨圧迫による心臓マッサージです。

その一つ前にツィートしていますが、このブルトーザーが救急搬送のために山頂に向かっていることが分かっていたので、どんな感じで搬送されているのか、記録しておこうとスマホを構えていました。この時は、足や腕を骨折したり、高山病などで動けなくなった方なのかなというくらいに考えていました。

実際にその時のことをほとんど覚えていないのですが、おそらくぼくの真横を通る時に、意識をなくした白人女性と、心臓マッサージを続ける救急隊員の方を視認して、驚きながら無我夢中で撮影したのだと思います。あとでアルバムを見ると2枚の写真が撮れていました。

撮影はしたものの、重篤な状態であることは理解できましたし、そういう現場の写真をツィートすることにためらいはありました。ただ、ツィートすることで、山の危険性や救急隊員の方の努力などが伝わるメリットもあると考えました。

被害女性やそのご家族のことを考えて涙目になりつつ、また、救急隊員の方の姿を見て、最終的にこれは伝えるべきだと考えました。その時思ったのは「もしあの方が亡くなられたとして、また外国人だとして、ご遺族がその時の様子を知りたいと思うかもしれない。その時に、しっかりとした救命活動が行われていたということを伝えられるかもしれない」ということでした。

ツィートの冒頭にある「そんなことある?」との表現は、富士山と人の生き死にがリンクしていなかった自分自身の戸惑いを表現しようと絞り出したものです。色々なことを考え、覚悟してツィートしました。

一定数の批判を覚悟してツィートしましたが、基本的にみなさんぼくのことを気遣う反応でした。それは感謝してます。後刻、この方が亡くなられたとのニュースを教えてもらい、お一人だけ削除すべきだとのメンションが届きました。ただ、救命活動の現場を伝えることに意義はあると考えているため、削除する予定はありません。

死亡事故の一報が出た後、最初の問い合わせはNHK社会部さんからのもので、驚きました。気軽な登山でしたが、社会的インパクトのある事故と接点を持ったのだと改めて理解できました。

最初から取材はできる限り受けるつもりでした。一つには、ツィートの理由にも書きましたが、亡くなられた女性の家族に少しでも救命活動の状況が伝わればいいなと考えたからです。また、富士山という山との向き合い方もについての意見の一つにもなるのかなとも考えました。

今回受けた取材の中で、一つだけこちらから伝えねばと思っていたのが救命活動についてでした。

本当に懸命な活動で、まさに消えそうな命と真剣に向き合う様子がはっきりと分かりました。それはちゃんと喋らないと、と思っていたのですが、結果的にほとんどその部分については伝えきれず。もちろんどう報じるかは報道各社の考えによりますが、その素材を残せなかった自分のポンコツぶりを呪っています。

取材時には被害女性の詳細は報道各社にも入っていなかったようですが、名前や国籍、死因なども明らかになっており、そうだとしたらあの救命活動は正当だったのか、と考えざるを得ません。ただ、もしかしたら、正当な救命活動の選択が難しいということも含め、それが山の怖さということが言えるのかもしれません。

今回の被害女性の方はロシア国籍だったとのことで、八合目にある元祖室(がんそむろ)でのツィートを思い出しました。

本当に色々な国の方を見かけました。

初登山の今回は弾丸登山でした。

ご来光を見ようと考え夜間に登頂して、そのまま帰るというスケジュールでした。本格的に検討を始めたのは、仙台戦直後のこと。そこから調べたところちょうどよいバス便が予約できそうだということで決行しました。最終的に決済したのは、清水戦後の深夜でした。清水戦のレポートを書いたため、寝不足の状態で、さらに甲府との練習試合を取材した後で、コンディション的には悪かったと思います。

そもそも、山というのが死と紙一重だということは頭では理解していました。山の事故はその都度報じられていますし、いつ事故に巻き込まれるのかもわからないということも理解していました。だからいつか富士山に登ろうと思った時に、道具に関してはちゃんとしたものを用意しようと考えていました。登山を趣味にしている友人にアドバイスを貰い、去年くらいから買い集めていました。また色々な情報を仕入れて、できることはやるよう心がけていました。

ただ、一連の富士山ツィートを見てもらっても分かりますが、登っている最中に、命に関わる場所に向かっているというような悲壮感はまったく感じていませんでした。これは他の登山者も同じなのかなと思います。今回、ぼくはバスタ新宿の発着便で吉田口に向かいましたが、出発便の乗客はみなさん楽しげでした。これがエベレストへの登頂前であれば、また違った緊張感があるのでしょうけど、富士登山というのは日本最高峰なわりに、カジュアルな山なのだということだと思います。

道具については慎重に買い揃えた、と書きましたが、ザックや携行した飲み物などは清水戦当日に。また最後の防寒具は出発直前に買っています。少しでも時間にズレが生じていれば、バスの出発時間を優先させていたと思います。ダウンだったのですが、これが無ければ低体温になっていたかもしれません。それくらい寒かったです。

富士登山というものに対する認識の甘さと、事故の重大性のギャップが激しくて、色々なことを考える一日でした。

テレビを見た知り合いからたくさんのメッセージをもらいましたが、そのやり取りの中で、冒頭に書いた人の生き死には紙一重という言葉が浮かびました。本当に気軽に登れる山だと思っていただけに、まさか生死観に触れるとは思いませんでした。

今生きていられることに感謝して、もっと生きてることを大事にしなければなぁと思った次第です。

(江藤高志)

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