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田中碧・原点はシェフチェンコ(1/3)【インタビュー】【無料公開】

コロナウイルスの影響でJリーグは一部試合の延期が決まっているが、田中碧に対するこちらのインタビューは、沖縄合宿中に合同で行われたもの。これを3回に分け、紹介していく。(取材日2月6日)

■シェフチェンコ

田中碧のサッカーの原点はシェフチェンコにあるのだという。シェフチェンコはウクライナの代表で長くプレーした世界的ストライカーで、全盛期にはACミランなどでプレーしていた。

「昔はACミランが好きでシェフチェンコに憧れてたのを覚えています。(どうやって見てたのかは)覚えてないんですが、でもチャンピオンズリーグとか、そういう試合しか見られなかったんですが、それで結構強かった時だったので、見てた記憶は残ってます」

年代は幼稚園から小学校時代。その当時、田中はFWとしてプレーしており「(シェフチェンコが)点を取るところがすごい好きだった」という。また、意外な共通点を見出して身近に感じていた。

「それはが本当かどうかはわからないんですが、ぼくの記憶の中ではシェフチェンコもリフティングが下手という記憶があって、それで親近感がわきました(笑)」

「(リフティングが)下手でも関係ないんだ」と思った小学校1年生当時の田中少年のリフティングの記録は16回。

「最高記録16回でした。リフティング大会とかでは16回しかできませんでした」

小1で16回であれば特段悪い記録とも思えないが、田中は自分が下手であるとの認識のもと、リフティングの練習に取り組む。

「リフティングの仕方もわからなかった」と話す少年はここから猛練習を開始。

「小2くらいでは普通にできるようになりました」という進化を遂げる。ちなみに回数は100回ほどまで伸びたという。

練習場所は公園だったが朝起きれずに朝練習は挫折したという。

「朝は…。ぼくは何回も試みましたが続かなかったです。起きれず。たぶん、10回くらい試みたんですが、3日くらいでできなくなって、その1年後くらいにふと、朝練やった方がいいかもと思ってやるんですが、また3日くらいで終わって…」

結局朝練は「向いていない」と諦める一方「昼とか、オフの時とかは一人で公園でボール蹴ってました」。

ちなみに一人での練習は3〜4時間ほど。壁を敵や味方に見立て試合をしていたのだという。

「一人でやるほうが楽しかったんですよね。それこそその日にリバプールの試合を見たら、リバプールの選手を見立てて、そいつとワンツーしてシュートとか打ってました。今思うとめちゃくちゃ恥ずかしいですね(笑)」

(取材・文・写真/江藤高志)

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