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「川崎フットボールアディクト」

中村憲剛、青天の霹靂の引退会見【コラム】

青天の霹靂という言葉、そのままの衝撃だった。

まさかこのタイミングで中村憲剛が引退を発表するとは思っていなかった。

クラブは多摩川クラシコの試合後の深夜。サポーター向けに会見を予告していた。事前通知するのだからとてつもなくいい話なのか、とてつもなく悪い話のどちらかだろうとは思っていた。とてつもなく悪い話の選択肢に誰かの引退はあったが、ただ、それにしても憲剛の引退だけは予測できなかった。

それは憲剛が引退する選手とは思えない働きを見せてくれていたからだ。復帰した清水戦でゴールを決めると、18回目のシーズンで初めて巡ってきた誕生日の試合で決勝点。狙っても点が決められない選手が居る中「持っている」人の凄みを見せつけられていた。試合前後に行われる会見でもキャリアの継続を前提にしたコメントが聞かれており、また4−3−3をもっと勉強したいとも話していた。だから、まだまだキャリアは続いていくのだろうと思っていた。

その憲剛が引退を漠然と考え始めたのは30歳を過ぎたころだったという。

「もともと30歳を過ぎた時に、まあ自分のその選手としての終わり方というか。引退をどうするかっていうのは、漠然と(考えていて)」。その思考の中で「1回35まで頑張ろうと思って」いたのだという。

中村憲剛が30歳になったのは2010年のシーズン中で、一部メディアが誕生日の数日前に30歳と表現。それに対し、苦笑いしつつまだ29歳ですと抵抗していたのを覚えている。30歳という区切りの数字に対する抵抗感は、その「30」という数字にサッカー選手としての重たさを感じていたからなのだろう。

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