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「川崎フットボールアディクト」

ガンジーさん(白沢敬典通訳)「今、花が咲かなくても、いつか絶対花咲くから、続けるしかない。だから頑張ろうって」(2/3)【インタビュー】

2020年シーズンを持ってフロンターレを離れることになったガンジーさん(白沢敬典通訳)に、フロンターレでの2シーズンを振り返っていただきました。
今回はブラジル人選手との対応について聞きました。

■フロンターレでの2年間

――フロンターレは2年間でしたがどうでしたか、このクラブでの仕事は?
「クラブの仕事は本当、もちろんチームが勝ってタイトルも取ってっていう意味で、楽しいというか、いい思い出がいっぱいあるんですけど、愛着が間違いなくあるクラブになったというか、愛着がめちゃめちゃできたっていうか。2年間でこんな愛着ができるんやなって思うくらい。それは本当に来て思いました。
ピッチの中でも外でも積み重ねっていう、継続っていう、そのキーワードだと思うんですけど。前もフロンターレの人にもちょこちょこ話したんですけど、例えば地域密着のところの話でいうと、2002年に僕がフロンターレと初めて対戦したときのことをめっちゃ覚えてて。2002年、J2なんですよね。ぼくもその年にセレッソにはじめて行って。で日韓ワールドカップの年だったんですけど、2001年に降格して2002年はJ2で戦う年で。で、日韓ワールドカップの年で代表選手がめっちゃ注目されるし、モリシ(森島寛晃)、西澤(明訓)で韓国人のユン・ジョンファンがいて。だからJ2なのにワールドカップに出る選手が3人も居るみたいな感じで、J2やけどアウェイに行ったら、どこ行っても満員みたいな。セレッソ来たってアウェイは盛り上がってたんですけど、等々力に来て試合したときに、多分ガラガラで、5000ぐらい?だったと思うんですけどね。実際にどのくらいの数だったかは覚えてないんですけど(5月3日13節に対戦。この時は7085人。当時C大阪でプレーしていた大久保嘉人は35分で退場)。
それで、えっ?てなって。で、川崎は大変みたいやで、っていう話を聞いたのをめっちゃ覚えてるんですよね。初めてアウェイで等々力に来たときはそうでした(ちなみにこのシーズンは4回戦総当りでC大阪とフロンターレは37節にも等々力で対戦しており、この時は20,405人を集めている)。
それがこのやっぱり20年弱で、本当にチケットがなかなか手に入れへんていうクラブになったのは、クラブスタッフの方を見てたらやっぱりわかりますね。本当にクラブに対する愛情がストレートに行動に、アクションに出るからこそ、そういう活動を積み重ねてきはったから、ここまでの、川崎市民に愛されるクラブになったんやろなぁって、本当に思ったんですよね。クラブスタッフのみなさんと僕らはそんなにコンタクトが普段あるわけじゃないですけど、たまにクラブハウスの方に来られて、いろんな活動をしてはるの見てる時に、すごいそれを感じたんですよね。クラブ愛がそのままアクションに現れている感じで、それをずっとクラブとして積み重ねたから、今あるんやろなってめっちゃ感じたんですよね。で、それと同じく、ピッチの中のサッカーで言うと、やっぱり風間さんの時からやってきたサッカーっていうのを継続して鬼さんは続けて、ほんと継続性があったから今のサッカーがあるってのは、本当に間違いないと思うので。継続と積み重ねで。その中に憲剛が居たというところで、やっぱり完成度がどんどんあがっていったんやなというのはすごく感じましたね」

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