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「川崎フットボールアディクト」

井川祐輔「本田圭佑、川島永嗣。海外に行くっていう目標を掲げて逆算して彼らは行動してた」(1/4)【インタビュー】【無料公開】

突然で恐縮だが、井川祐輔さんにインタビューできたのでお届けしていく。
井川さんはフロンターレがJ1に再昇格して2年目の2006年に新加入。J1の舞台で少しずつ力を蓄えて行ったチームをピッチ内外で支え、初タイトルを獲得した2017年シーズンをもって契約満了となった。その後、香港に渡り2シーズンプレー。現役を引退後は現地香港で指導者やモデルとして活躍するなどしていた。その井川さんはコロナ禍による社会の変容の結果、帰国を余儀なくされた。
日本でのセカンドキャリア第2章を歩み始めた井川さんに、過去現在未来について語ってもらった。

■プロの生活

――改めてプロ生活を振り返られてどうでしたか?
「ガンバに入ったとき(2001年)は、こんなにも長くプロサッカー選手を続けられるとは全然想像もして無くて、そもそも自分がどこまでやれるのかを全く考えず、ただひたすら毎日ボールを追いかけていた日々だったんですけど、気づいたら香港まで行って、サッカーボールを追いかけていて。ある意味、恵まれたサッカー人生だったなと思います。18年間もプロとしてやらせてもらえるのって、なかなかないと思いますし。もちろん僕よりキャリア長い方はいらっしゃいますけど、長くやったほうの部類に入るのかなっていうのは、客観的に見て、そう思います」

――若い時ってのはそこまで先を見越せないだろうし、やりながら色々なものを解決していった、という感じだったんでしょうか?
「そうですねー、もう。18の頃に、30いくつかのときのことなんて想像できないですし、そもそも契約社会なんで。この先どうなるかなんて全くわからないで、やっぱその1年1年、細かく言えば1日1日の勝負だったし。やはりその、若気の至りというのが結構あって。なんで俺使われないんだみたいな感じで、当時僕がガンバ大阪で、2年3年目か。西野(朗)さんに直談判しちゃったこともあって。そういう意味でイケイケな感じでしたけど」

――フロンターレに来たあとに、移籍は良いものだと言われていて印象に残ったんですが改めて移籍ってどういうものでしたか?
「捉え方は2つはあると思うんですね。サッカー選手として、たとえば中村憲剛さん、伊藤宏樹さんみたいに、1つのクラブでキャリアを終えるっていうことももちろん素晴らしいですし、僕みたいに渡り鳥で長く続けるっていう2つの道があると思います。どちらがいいっていうわけではなくて。

僕はどちらかといったら、若い間は渡り鳥。で、あるキャリア中盤くらいからから同じクラブに長く居たっていう、まぁ結構稀有な存在なんかなと思ってるんですけど。ずっと大阪でキャリア育って小さい頃からサッカーに触れて、プロになってもガンバでやらせてもらって。だから大阪しか知らなかったんですね。そういうこともあって若い時は一人暮らししたいとか、そういう思いが結構強かったんですね。それで広島行って念願の一人暮らしをさせてもらった時に、すごい楽しいというのが一番に来て。やっぱり自分が知らない環境に飛び込むことが、こんなにも楽しいのかっていうのが率直な感想でした。で、今までと違った人と知り合って、違った意見を聞いて、違ったものを見てね。その時に広島に行って1年しかいなかったんですけど、改めて移籍してよかったなと本当に痛感しましたね。で名古屋に行っても同じことで、やはりそこの土地の人たちに知り合えるって事は、そこに行かないと飛び込まないと、体験できないってものなので。これは本当に移籍をするしかないと思います。フロンターレに来ても同じことで。初めて関東に行ったけど、関東で知り合う人も色んな刺激をくれましたし。これはやっぱり行動を起こすというか、移籍しないと味わえないことだと思うので。だから僕は移籍は勧めたいと思います。僕のフロンターレの時もそうだったんすけど、長く居ることで、最後の方は『いがちゃん、いがちゃん』って、会社の人もトレーナーもコーチ陣もみんなと仲良くなって、居心地がいい環境になってしまってたとこがあって。それはそれで自分にとってはすごい良い反面、ぬるま湯とも言えて、なんかこれでいいのかなって思っていたことも事実ですね」

――良し悪しということになるんでしょうけど、フロンターレでの12シーズンはどうでしたか?
「今までで、多分移籍組で12年間いた選手は居ないんじゃ無いですか?生え抜きではもちろんいると思いますけど、タイミングが良かったと思っています。2006年のフロンターレって今みたいなフロンターレではなくて、本当にスモールな存在だったところから、成り上がっていく、様をですね、一緒にこう時間を過ごさせてもらって。何て言うんですかね。会社としても株式会社川崎フロンターレの人たちもすごい好きだし、選手も当然好きだし。もう好きっていうのが一番大きくなってしまったのかなと思いますね。離れたくないっていうのが、本当に最大の理由ですね、はい」

――そういう意味では、ファン感を代表していろいろなイベントにも率先して出てたし、そういうキャラ的なところも含めて合ってたんでしょうね。

「水が合いましたね。でも本当にそれをやっててよかったなって、ずっと思ってまして、情報公開できないこともあるんですが、やっぱその、川崎フロンターレの取り組みに積極的に関わったことで、ネクストステージでその経験を活かせてることも多々あるので。今となっては本当にやってて良かったと思ってます」

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