中野吉之伴フッスバルラボ

内気だった子どもが急にやる気になった?我慢強く子どもたちの成長を待ちながら、スイッチが入る瞬間を見逃さない

▼自分に必要なものをどうすくい上げるか。

 まずはこの場を借りて、1月の帰国中に力を貸していただいた関係者の皆様、そして参加していただいた皆様に感謝の思いをお伝えしたい。

1月6日〜29日までの期間に、今回は全部で26つものサッカークリニック、指導者講習会、保護者向け講演会を開催することができ、幅広く活動させていただいた。どこへ足を運んでも温かく迎え入れてもらえた。

当たり前のことではない。
みなさんが参加されたのはなにかの義務でもなければ、強制されるものでもない。

自分から動こう、足を運ぼうというみなさんの意思がなければ、こうしたつながりが生まれることもなかった。

世の中には様々な情報があふれている。

目の前を様々な情報がすり抜けていく。目に見えているものと、目で見ようとしているものは同じではない。その中から「どのようにして正しい情報を見つけることができる」のだろうか。

印象に残っている出来事がある。

長崎市で指導者・保護者向けの講習会を開催したときのことだ。この講習会は、プロフットサルコーチとして長崎県を中心に活躍されている中嶋孝行さんに全面的に助けていただいた。実は、それまでに直接の面識はまったくなかった。

「九州方面でも活動できれば…」という私の思いに対して、「良かったらお手伝いします」と申し出てくれたのだ。これほどありがたい話はない。長崎に到着して、ランチで名物のちゃんぽんを一緒に食べ、その後ファミレスでお茶をする頃にはすっかり打ち解けていろいろな話を交わすようになっていた。

ちょうどその日、中嶋さんが「長崎市内でトレーニングがある」というので見学させてもらった。子どもたちが次々に集まってきてはボールを蹴る。とても楽しそうな雰囲気だ。それでいて、みんな足を止めることなくプレーと向き合っている。

生きた練習だ。

そう思っていると、フッと中嶋さんが子どもたちを集め、こう話をした。

「例えば、君たちもツイッターをするだろう? フォロー数が増えてくると、自分のタイムラインに上がってくる情報はどんどん増えてきてしまうよね。全部の情報を拾うことはできなくなる。そんなことに気にせず、そのときに目についた情報にだけ興味を持つやり方もあるだろう。

でも、その中で流れてくるはずの本当に必要で大事な情報にアンテナを張っていないと、それはただ素通りしていくだけだよ。プレーに関してもそうだ。なんとなくするのではなく、自分にとってどんな情報があるのかに気を配れるようになると、もっとよくなる」

とても腑に落ちる表現だった。
そして、情報を自分で見つけて、集めていくことの大切さ。

時代は移り変わっていく。SNSが当たり前になり、自分と似通った考えを持つもの同士の世界で自分の立ち位置を確認しホッとすることはできる。しかし、いつの時代も受動的に殻の中に閉じこもり、ひと時の安寧だけを求めて過ごすのはもったいない。私たちの世界は思っている以上に美しく、素敵で、楽しくて、時に醜く、はかなく、悲しみに襲われることがあって、でも、とてもすばらしい。

「自己投資」というと言葉では重く感じられるかもしれない。

しかし、誰もが「最初は知らない世界への好奇心」であふれていたはずだ。新しいことを知ったときのワクワク、「次はどんなことをしようか」と考えているときのドキドキ…。それは何歳になっても心の中に持ち続けていたいものだ。私の考えに共感したり、興味を持ったりして、わざわざ足を運んで会場まで来ていただけたということは当たり前のことではなく、そうした能動的で、主体的に先を見ようとしている方々の思いの表れといえるだろう。だからこそ本当に感謝しているし、私も全力でそれに応えていこうと取り組んでいる。

様々なところで子どもたちと触れ合い、笑い合い、楽しく、夢中になって、だからこそみんな誰よりも一生懸命サッカーと向き合うことができたと思う。参加された方から「子どもが『めっちゃ楽しかった!』と言っていました」と声をいただくと、こうした活動をすることができてよかったと、あらためて自分という存在を振り返ることができる。

 ▼子どものやる気スイッチはどこにあるのか?

正直、私の立ち位置はイレギュラーだ。

常にチームと向き合うコーチではない。それも外から、ドイツから来た特別なコーチ。子どもたちが「相当の期待と楽しみでトレーニングに来る」という環境は日常的にあるものではない。

あるチームのコーチが懇親会で、「中野さんがプレーの説明をして『どう? わかったかな?』と聞いたら、みんな大声で『ハイ!』って返事してすごかった。普段はそんなにしないのに」と笑いながら話してくれた。確かに、私が指導しているドイツのチームでは、いつもトレーニングをハイテンションにできるわけではない。だから、こうした機会を最大限に生かしたいと感じている。子どもたちにとっては、何気なくいつも聞こえる言葉も「いつも以上の意味を持つこともある」わけなのだから。

何がきっかけで子どもが変わるのかは誰にもわからない。

とあるチームのクリニックでの出来事だ。トレーニングで誰よりも切れのある動きを見せていた4年生の女の子がいた。

「あの子、うまいな。プレーが生き生きしている。きっとチームでも中心選手なのかな」

そう思っていた。練習が終わり、懇親会会場でコーチの方々と話をしていると「今日○○すごかったね」という話題になった。

中野「それって、あの女の子ですか? すごくいいですよね」
コーチA「いや、いつもはあんなことないんですよ。ちょっと前まではボールが来ても逃げるような子だったのに」
コーチB「それが今日は自分からがんがんボールに行っていた」
中野「へぇ。てっきり中心選手かと思っていましたよ」

そんな話をしていると、コーチのスマホにメールが届いた。そのメールを何気なく開いたコーチが「おぉぉぉ」と驚きの声をあげていた。周囲のみんなが口々に「どうした?」「何があった?」と聞く。

コーチB「いま話題に挙がった子のお母さんからです。『今日は、ありがとうございました。トレーニングがとても楽しかったみたいで、明日行われる6年生のトレーニングにも参加したいといっているのですが』と」
コーチA「すごい! そこまでとは」

スイッチが入った瞬間だった。

これまでは大人しく「サッカーは好きだけど…」というくらいだった子がやる気になった。子どもの成長は人それぞれ。どこで、どのように、こうしたスイッチが入るかは本人にすらわからない。だからこそ育成に関わる大人は少しずつの成長を楽しみながら辛抱強く、「その瞬間」を待ち続けて、一緒に歩んでいくことが求められるのだ。焦って壊してしまってはダメだ。

私の活動が、子どもたちにとって何らかのきっかけになってくれたらこれほどうれしいことはないし、そうした存在として利用してもらえたらお互いにいい関係が築いていけると感じている。これからも子どもたちの思いを正面から受け止めて前に進むためにも、歩みを止めることなく、精進していきたい。次へ向けて、将来に向かって。

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