中野吉之伴フッスバルラボ

「オーストリア×ドイツ」。ワールドカップ直前のライバル同士の親善試合にはサッカーの様々なカルチャーが詰まっている。

▼ワールドカップは短期決戦だから事前準備が大切である。

しばらくの間、ジュニアに向けたトレーニング理論について書き続けてきたので、今回はちょっと雑感のようなコラムをお届けしたい。先日、オーストリアのクラーゲンフルトで行われた「オーストリア×ドイツ」の親善試合を取材したので、その日に感じたことを綴ってみようと思う。

ワールドカップに向け、参加国は最終調整に入っている。ある国はコンディション調整にテストマッチを行い、ある国は対戦国の対策のために親善試合を組む。メンバーの見極めのため、戦い方のベースを探るため…理由も目的も目標も一つではないし、様々である。

いつ、どのように、何をテストするのか?
結果を受けてどのように修正、対策をするのか。

監督を含めたスタッフ全員の手腕が問われるところだ。ワールドカップは短期決戦。事前準備を合わせて1カ月間ぐらいで勝敗の行方が決まる。そのため、大会に向けてどのようにコンディションを整えていくのか、上げていくのかが大事だ。そういえば、4年前のブラジル・ワールドカップ後に行われた国際コーチ会議でDFBのフィジカルコーチを務めるクルノスラフ・バノブチッチがこんなことを言っていた。

「コンディションがあれば優勝できるということはない。だが、コンディションがなければ優勝することはできない」

走り続けること、戦い続けること、気持ちを入れて前を向き続けること。それだけで何とかなるわけではないが、それが最低限なければ、試合にはならないのは確かだ。過去の大会でも上位進出国、センセーションを起こした国には、どこも充実したコンディションがあった。だから、どの国も調整には気を配る。

ただ、充実したコンディションとは「フィジカル・メンタルの状態を高めることだけ」を意味するわけではない。パフォーマンスに直結するように、それぞれを求められるレベルに持っていく必要があるからだ。そこにはチームとしての戦い方が大きな意味を持つ。どんな戦い方をするからどんなメンバーが必要で、あるいはどんなメンバーがいるからどんな戦い方が望ましいのか。それが見えてくれば、どんなフィジカル・メンタル状態に持っていくことが求められるのか、そしてそこからどんなトレーニングが必要かにつなげていくことができる。要素というのは一つ一つをバラバラに考えてはうまくいかない。でも、すべてをまとめて曖昧にボヤかしてしまってもうまくはいかない。コーチングスタッフはそのあたりのバランスを最適にとることが問われているのだ。

▼「オーストリア×ドイツ」の親善試合は波乱を予感させる悪天候から始まった。

さて、試合当日の話に進もう。ウィーンから列車でクラーゲンフルト中央駅に到着した私は、そこから出ている無料シャトルバスを探していた。ただ駅前には、バス停が20あまりある。そのわりに、わかりやすい表記は出ていない。一つ一つを見て歩いていると、後ろから来たドイツファンと思しき4人組が同じようにバスを探していた。「見つけた!」という声が聞こえたので近づいてみたら、なんとも小さな表記で「スタジアム行きシャトルバス乗り場」と書かれてあった。

「頼むからもう少し目立つように表示して!」

そう思いながら5分後、ようやく停留所にバスやってきた。乗車して10分、スタジアムの最寄りに到着したので降車してしばらく歩いていると、ポツリと落ちてきた。「雨か」と思った瞬間、数秒のうちにドバーっと豪雨になった。大粒の雨を避けようと周囲の人たちは軒先を探して駆け出す。私も…。なんとか避難できる場所に入ると、雨は雹(ヒョウ)へと変わっていた。風向きの変化によっては私たちの方へビシビシと雹が吹きつける。痛い。しばらく待てば止むかもと思って待っていたが、一向に収まる気配がない。でも試合開始時刻は迫ってくる。

「しょうがない!」

カバンには防水用のカバーがついているので、それを前面に押し出して飛び出した。すぐ先の角を曲がってダッシュすると、スタジアムが見えてきた。

あとちょっとだ。いける。雨足が強くなる。雹化する。目を開けてられないくらいの攻撃だ。よろけそうになった。

やっとメディア専用の入り口に着いた。やっぱり全身ズタボロだ。シャツは絞れるくらいにビシャビシャ。ジーンズは水を吸い込んで重い。そして、寒い。雨が降るまで30度近くあったのに、すでに20度を切っている。観戦用に用意していた薄手のパーカー一枚だけが強力な戦力。シャツを脱いでパーカーをはおる。でも、他に手段はないしやりようもない。熱いコーヒーを飲み、ほんの少し心と体の暖を入れた。

そうこうしているうち、キックオフの時間が迫ってきた。濡れた服を丸めて、荷物を抱えて席に急ぐ。だが、まだピッチには誰もいない。「あれ?」と思っていると、悪天候の影響で試合開始が延期されていた知らせを聞いた。確かにピッチは至るところに水たまりができていた。しばらくすると、この日カムバック戦となっていたドイツ代表のGKノイアーがコーチと二人で姿を現し、グラウンド状態をチェックしていた。雨足はなかなか弱くならず、その後、何度か試合時間が変更されてはまた延期を繰り返す。予定の時間から103分遅れの19時40分にキックオフとなった。

3万人収容のクラーゲンフルトのスタジアム。この日は29200人の観客が訪れた。「満員じゃないのか?」と思われるかもしれないが、オーストリアでスタジアムがここまでいっぱいになるのはそうそうあることではない。

実は、ここにはもう何年も連続で通っている。それはオーストリアカップの決勝が毎年ここで開催されるからだ。南野拓実選手が所属するザルツブルクを追って、ここに来る。でも、観客は多くて1万人くらい。カップ戦の決勝が、だ。3分の1しか埋まらないスタジアム。タイトルがかかった試合とは思えない冷めた空気。それでも、選手は必死に戦う。これがオーストリアサッカーの日常だから仕方がないがないのかもしれない。でも、いつでもみんなが熱気をもってスタジアムを訪れ、ここが大きな劇場になることを期待して足を運ぶ。そうした普段を見ているからこそ、観客の息吹が、思いが感じられたこの日のスタジアムに来られたことがとても嬉しかった。豪雨で試合開始が延期になっても誰一人帰らず、試合が始まると大きな声援で応援していた。

オーストリアはW杯には出られない。

しかし、これはただの親善試合ではない。オーストリアにとって、ドイツはいつでも目の上のたんこぶなのだ。隣国同士で、言葉も同じドイツ語で、サッカー一部リーグはどちらもブンデスリーガという名前。他にも、いろんな文化的な類似点がある。でも、歴史上いつでもドイツが上にいる。何をやっても、自分たちはドイツには勝てない。そんな力関係をオーストリアの人たちもそのことはよくわかっているが、そのことを卑屈に思ったりはしない。でも、心のどこかでいつも思っている。俺たちだって、私たちだって、やってやれるんだって! そうした国民の思いをオーストリア代表選手たちは知っている。恥ずかしい試合をするわけにはいかない。ましてホームだ。ピリピリとした緊張感が、ピッチからは感じられた。

しかし、前半はドイツがさすがのプレーで押し込んでいく。

試合中にとった取材メモをもとにいくつか拾い上げてみたい。この日のドイツ代表システムは1-4-2-3-1。GKノイアーで4バックは右からキミッヒ、ズーレ、リュディガー、ヘクター。ダブルボランチにギュンドアンとケディラ、攻撃的MFに右からブラント、エジル、ザネ。そして、1トップにペーターセン。

何はともあれ、まずはペーターセンだ。我がフライブルクのエースストライカーであり、キャプテンであり、象徴。今季はゴールを量産していたが、まさか代表に選ばれると思っていなかったから、ここで彼のデビュー戦を見ることができた喜びを何と表現したらいいだろう。代表合宿数日間で、どこまでプレー理解が進んでいるのか。そのあたりから見てみた。

やはりドイツは守備時のポジショニングの指示が細かい。

ペーターセンは、まず相手がセンターでボールを持っているときはボランチへのパスコースを切りながらセンターライン付近に位置を取る。そこからサイドへ開いているどちらかのCBへパスが出たら、前に出てパスを出した相手をマーク。相手チームがそこからSBやSHへパスを展開したら、すぐにその選手にマークをスライドさせてバックパスをさせない。その間に後ろの選手はボランチや逆サイドへのパスを妨げるようにコースを切りながらプレスに入る。相手がボールを運び出したらマークを離して下がりながらボランチとSHの間のハーフポジションで対応する。ドイツのDFはパスコースを限定されていれば、積極的にインターセプトを狙い、その後ろでは的確にカバーに入ってスペースの穴を防ぐ。

それにしても「FWは最初のDF」とはよく言ったもので、ここでの守備の仕方がしっかりできているかどうかは後ろの安定感に大きく関わってくる。ペーターセンは一つ一つの動きは頭に入っているようだが、まだ考えながらのプレーなのでどうしても初動がちょっと遅れてしまっている。比べるのは酷ではあるが、そう考えると「ミロスラフ・クローゼという選手は本当に偉大なFWだったのだな」とあらためて思う。この位置からの守備が完璧で、組み立てでも攻撃でも大きな役割を果たしてくれていたのだから。

現代表にもそれができる選手はいる。この日はベンチスタートだったが、本大会ではスタメンで起用されるであろうライプツィヒのFWティモ・ベルナーがそうだ。ドイツでは、クローゼの後継者として大きな期待を寄せられている。ベルナーに加え、マリオ・ゴメスかペーターセン、あるいはその両者が得点を狙うときのオプションとなり得るかどうか。そこが「監督のレーフが見極めなければならない」大きなポイントだ。

試合の方は相手のミスを突いて、エジルのゴールで先制したドイツがその後もチャンスに持ち込めそうなシーンが何度もあったが、ミスパスや決断ミスでシュートチャンスを逃していた。後半に入ると、オーストリアが前線からのプレスの勢いを上げ、ドイツのビルドアップを阻止して来た。前半は奪いに行っても交わされて守備ラインを下げざるを得なかったが、後半は非常に勇敢で狙いの合致したプレッシングで相手のミスを誘発していく。

レーフからしたら「ここからがテストマッチ」という思いだったのではないだろうか。

全力でプレスをかけに来ている相手をいなし、走らせ、自分たちで主導権をコントロールしていく。それが求められる。しかし、この日のドイツはサポートの動きが曖昧で、ボールの出口を作ることができないまま不用意なクリアを相手に拾われては何度も連続してピンチを招いていた。ノイアーは何度かすばらしいセーブを見せたが、最終的には2失点。どちらも相手にフリーでシュートに持ち込まれてしまった。試合後、後半のあまりに不甲斐なさに監督のレーフは怒りのコメントを口にしていた。

が、記者会見の最後には「今日の試合でうまくいかないことがあったとはいえ、直前合宿の取り組みを変更したりはしない。14日後には、別のチームをお見せすることができる。心配ないよ」と落ち着いた様子で記者の質問に答えていた。やるべきところはわかっているから、そこへ向けてコンディションを上げていき、パフォーマンスレベルを高めていく。レーフの頭の中には、はっきりとした完成図が描かれているのだろう。

▼インテリジェンスのある選手とは何かをドイツ代表の選手たちは示した。

この試合で一つ、すごく興味を持ったシーンがあった。

23分、左SBヘクターが右SBの位置、ボランチのギュンドアンがアンカーで、もう一人のボランチのケディラは左SBのポジションに流れ、右SBのキミッヒはボランチより前のところで動いていたのだ。4選手が本来の居場所にいない。なのに、全体のバランスは何一つ崩れていなかった。

そして、それぞれの選手はその時にいたポジション・エリアに求めらる動きをとても自然にしていたのだ。キミッヒはセンターのスペースから縦に抜けて相手ボランチの背中を取ろうとし、ヘクターは右サイドでボールを受けると縦に当ててからリターンパスをもらい、センターへ展開。ギュンドアンは少ないタッチでパスをさばき、ケディラはボールを受けるとスペースへドリブルで運んだ。

フレキシブル
ユーティリティ
ポリバレント

そういう言葉はこうしたプレーのことを指すのだ。ただ様々なポジションをこなすことを指すのではない。本職ボランチの選手が右SBで起用されるとする。でも、それは右SBの位置でボランチというプレー枠の中で右SBの位置でもできるプレーをするということではない。つまり、本職ボランチだからとそこでのプレーと同じように右SBの位置でシンプルなノーリスクパスだけを出すだけでは柔軟性があるとは言えないのだ。

縦にボールを持ち込めるか。
FWの動きを見ながらタイミングよく縦パスを当てられるか。
相手カウンターの時にどこまで戻ればいいかわかっているか。

彼らはそのポジション、そのエリア、その状況に必要なプレーを理解し、実行できることが大切であり、対応できるポジション、エリア、状況が多くあることを「フレキシブル」「ユーティリティ」「ポリバレント」と解釈している。そこには自分たちのサッカーだけではなく、相手とのかみ合い、駆け引きも関わる。このシーンの各選手のスムーズな対応力を見て、私はあらためてそう感じた。

試合の方は、オーストリアが後半の2ゴールを決めて逆転勝ち。ドイツに勝利したのは、実に32年ぶり! 試合終了のホイッスルが鳴った瞬間からスタジアムは大歓声に包まれた。誇りをかけた戦いに勝利した。僕たちだって、私たちだってやれるんだ。子どもたちは旗をもって駆け回っていた。世間的にはおそらくただの親善試合。でも、彼らにとっては歴史的な試合になったのだ。

この日のクラーゲンフルトは間違いなくすばらしいサッカー劇場だった。

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