中野吉之伴フッスバルラボ

なぜドイツはワールドカップのグループリーグで敗退したのか。まずレーフ監督が行った連覇への取り組みを振り返る

7月30日から8月1日までの3日間、ドレスデンで開催された国際コーチカンファレンスに参加してきた。

このカンファレンスはドイツサッカー連盟(DFB)とドイツプロコーチ連盟(BDFL)との共催で、毎年7月末から3日間行われる。参加対象はDFB公認A級、およびプロコーチライセンス保持者。私はA級ライセンスを獲得できた2009年以降、毎年欠かさず出席している。

今回で9回目となるが、毎回異なる見識を得られる。学ぶこと、驚かされることに新鮮な気持ちでいたいと思わせてくれる空気がある。ここでの発表がすべてではないし、その中には「いや、これはどうかな?」と思う内容もある。でも、それをもとに仲間の指導者とディスカッションをし、そこでまた新しい考えと触れ合うことができたりする。そうした意味でも、ここは好奇心の研磨に欠かせない機会だ。

今年はW杯イヤーなので、メインテーマはもちろんロシア・ワールドカップの総括と分析だった。他にも、心理学、子ども向けの新しい試合システム、RBライプツィヒ・U16のトレーニングデモンストレーションなど見所の多いプログラムだった。どれも非常に興味深かったし、個人的な貴重な勉強機会でもあるので、可能な限り時間をかけてとまとめる予定だ。

さて、ここまで書いておいてなんだが、まずはロシア・ワールドカップのドイツ代表について自分なりの見解を示しておきたいと思う。

・なぜ、グループリーグ敗退となったのか
・優勝候補というのは過大評価だったのか
・おごりがあったのだろうか
・ハングリーさがなくなっていたのだろうか
・ゲームプランの構築におぼれてしまったのだろうか
・監督の準備不足だったのだろうか
・エジル・ギュンドアンとトルコのエルドアン大統領との写真がメディアを騒乱させたからか

ドイツメディアもあっちに行ったりこっちに行ったりだ。ただ、いろいろな話が出てきては火種を燃やすことに一生懸命なだけなので、全体像がぼんやりしたままで見えてこない。そこで、国際コーチカンファレンスの話をまとめ上げて紹介する前に、基準となる視点をもってみたい。

そのロシアでドイツがうまくいかなかったことを考察するためには、まず「なぜ2014年のワールドカップではうまくいったのか」を振り返る必要がある。ヨアヒム・レーフ監督はどのようにチームをまとめ上げていたのか。

クオリティの高い選手をそろえ、選手層に厚みと幅があった。フィリップ・ラーム、バスティアン・シュバインシュタイガー、ミロスラフ・クローゼというベテランがチームを引き締め、メスット・エジル、トーマス・ミュラー、マッツ・フンメルス、マヌエル・ノイアーという主軸がチームを引っ張る。ドイツ代表には2006年ワールドカップ3位、2008年ヨーロッパ選手権2位、2010年ワールドカップ3位、2012年ヨーロッパ選手権ベスト4と、大会を重ねるごとに積み上げてきた確かなものもあった。

それは戦術的な柔軟性、プレッシャー下におけるメンタルコントロールといったものから、「優勝したい」という思いが研ぎすまされていた点においてもそうだった。そして、ブラジルの地でドイツはすべてを完璧に準備し、周到にチームづくりをしてきた。

例えば、合宿地に自分たちで宿を作り、選手が触れ合えるようにリラックススペースを設置した。そこにはSAP製のスマートボート「マッチインサイト」が置かれ、編集された動画や分析データが手軽にみられるようになっていた。DFB専任アナリストのシュテファン・ノップは次のように語った。

「非常にシンプルなシステムなんだ。選手やコーチングスタッフが利用するのに適している。普段ビデオ分析をするのはミーティングの時だけだろ。でも、それだと選手サイドからアプローチをかけにくいんだ。自分たちが求めたのは、パフォーマンスや戦術に自分たちから関わっていくという観点なんだ。例えばだけど、トーマス・トゥヘルもそうしたアプローチをする監督だね。最終的な方向や決断は彼がするが、選手の声も聞いて関わらせている」

実際に現場では選手たちがマッチインサイトをいじりながらコミュニケーションを取るシーンが頻繁にみられていたという。自室に引っ込まないようにみんなで時間を過ごせる環境を大事にしたし、選手もスタッフもその環境を楽しみながら過ごすことの意味をわかっていた。リオの地で黄金色のトルフィーを手にしたバスティアン・シュバインシュタイガーは優勝のポイントをこうまとめていた。

「ブラジルにはネイマール、アルゼンチンにはメッシ、オランダにはロッベンがいたけど、僕らにはドイツというチームが武器だった」

それが2014年のドイツ代表だった。優勝を果たしたから次に目指すのは連覇だ。でも、ここで大きな問題があった。それは「連覇のためのレシピ」というのは誰も持っていないからだ。2002年のフランス、2010年のイタリア、2014年のスペイン。前回大会優勝国は、次の大会ではそれぞれグループリーグで敗退している。

その事実を知るドイツ代表の監督・コーチ・選手に甘えがあったとは思わない。レーフ監督が準備を怠っていたとも思わない。最適な選手を集めて、最大限の準備をして、最高のチーム作りをして、そして大会に臨む。では、その基本的なチーム作りのスタイルはどうするのか。ここが大事な出発点になる。ドイツは、ただの強豪国として今大会に臨んだわけではない。優勝国としてだ。どの国も、最大限のモチベーションと準備でこの試合に向けてくる。でもだからこそ、引くことができない思いを持っていたのも確かだ。

あれは2015年の国際コーチ会議でのことだった。壇上で当時DFB専任指導者インストラクター主任のフランク・ボルムートがこう言っていた。

「ドイツがトレンドメイカーになる」

それは「守っているだけでは勝てないんだ」「守りに気がいっているばかりでは魅力的ではないんだ」というメッセージを世界に送る存在としての責任感ともいえる。過去の世界サッカーを見ていてもそうだ。2004年のヨーロッパ選手権でギリシャ、そして2006年のワールドカップでイタリアが優勝を果たした後、世界のサッカーではどう守るのかが主論となった。守備位置は下がり、プレッシングも見られなくなった。

そんな流れの時に2008年のヨーロッパ選手権、2010年のワールドカップでスペイン代表が魅力的、かつ効率的な戦い方でヨーロッパ選手権とワールドカップを制覇。世界のサッカーはボールを大事にし、オフェンスへの意欲を表すようになった。スペインが当時もたらした「トレンド」は大きな影響を及ぼしてくれたのだ。

レーフは「その先に連覇がある」と信じていたのだろう。

相手がいかに守備を固めてきても、無力化できる術を探し求めた。相手をどうすれば動かして、スペースを作ることができるのか。どこでどのように走れば、相手の気持ちはそっちに向くのか。どのエリアを狙うのか。そうしたアプローチを突き詰めようとしてし続けた。

事前のテストマッチで思うような結果が出なくても、メキシコが対策を練ってこようと、スウェーデンが堅陣をしいてきても、韓国が体をなげうってこようとも、それを攻略していくことこそが求められていたものだったと捉えたのだ。それを実践することができる選手たちなのだ、と。

その思いは分析へのアプローチにも出ている。

メキシコ戦後に相手が思っていたのと違う戦いをしてきたことに選手が対応しきれず、その責任をチーフスカウティングにあるという記事をドイツメディアの一部が挙げていた。確かに、メキシコはドイツの弱点をついてきたし、完璧な対策ですばらしいプレーを披露した。これまでのテストマッチやワールドカップ予選の傾向からでは読み取ることはできない戦い方だったのかもしれない。

だが、そもそも分析は「より自分たちに向けられなければならない」と考えられていたこともその要因ではある。フットボリスタの取材に協力してくれたノップはこの点についてこう強調した。

「相手よりももっと大事なのは自分たちを見ることだ。どうやって自分たちのサッカーをするのかが、DFBの中ではポイントになっている。対戦相手の情報も取り入れるし、それに応じた対策も考える。しかし、あくまでもそれは自分たちがやってきているサッカーがあった上での対策なんだ。自分たちがボールを持ちながらどうやって相手守備を崩すのか。そのために気をつけることは? やってはいけないミスは? チャレンジすべきプレーは? その点を追求することが大切なんだ」

そこが基本ラインだった。だから、「なぜ自分たちのプレーが機能しなかったのか」が問われるテーマとなる。そして、この問いに対しては「レーフがどのようにチームを築き上げようとしたか」が関わってくる。

レーフは2014年のワールドカップでうまくいったやり方を踏襲しようとしたのだと思う。

ストレスやプレッシャーから解放させ、みんながチームのためにという空気の中で自分たちの力を発揮しようというアプローチ。至極まっとうだし、理にかなっている。「連覇をするためにどうする?」という問いに、前回うまくいったことを参考に「今回もチームとして戦えるように準備していく」というやり方を取ったのだから。

だから、レーフは人間関係も重要視した。

選手はそれぞれチームの力になれることが大事だった。第3GKがベルント・レノではなく、ケビン・トラップとなったのは、レノとマルクアンドレ・テアシュテーゲンとの不仲が懸念されたからというのもある。ドイツ代表にとって何より大事だったのは「優勝するためのチーム」というところからの逆算であり、レーフにとって優勝できるチームとは2014年時のイメージをベースに、さらに積み上げるというものだったのだろう。(次回に続く)

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