中野吉之伴フッスバルラボ

指導者は選手育成に不可欠な要素を知り、目の前の子どもに何が必要なのかを導き出し、行動できなければならない

▼WEBマガジンがスタートしてから1年が経った。

現場の指導者に役に立つ情報を届けたい。ドイツの現場で見て、聞いて、感じて、学んできたことをわかりやすくダイレクトに伝えたい。そうした思いとともに取り組んできた。いろいろな試行錯誤を繰り返しながら、毎月のテーマを掘り下げていく。私にとっても大きなチャレンジであり、これまでの自分の考え方をまとめ直していく意味でも非常にプラスになる作業だと捉えている。

とはいえ、この有料WEBマガジンがどれほどの指導者に受け入れてもらえるのか、不安があったのも確かだ。それは、私たちが「これは有益な情報なんですよ」と言えば言うほど、単なる押し売りになりかねないからだ。かといって、PRしないと、そもそも記事を読んでもらえない。親しい友人からも、無料記事はと違い、「会員専用です」というページの先に行くのは抵抗があるという声も聞く。その心情もよくわかる。

そうした中で記事を実際に読んでもらい、「これならば会員登録しよう」と心に響き、そうして多くの方々に会員になっていただけた。本当に感謝の思いでいっぱいだ。2年目もこれまで以上に真摯に向き合っていきたい。

さて、今月は一周年も加味し、もう一度原点に戻ってみたいと思う。原点回帰は何かあった時に常に考えることだ。指導者として子どもたちと向き合うべきことで、もう一度考えるべきことは何だろう? その原点とされるところは何だろう?

先日無料公開した「指導者の在り方」に関する二つのコラムは、いろいろな方々から様々な反応をいただいた。かなり好意的に受けて止めてもらえて何よりだったが、私たちはこのことをもっと掘り下げて考えるべきテーマではないだろうか?

「指導者講習会とは、選手と指導者は全く別物であり、選手時代の経験は指導者としての経験には入らないことを知り、学んでいくことの大切さを知る場にならなければならない。指導者とは、言葉の重みを実感できなければならず、年代に応じて適切な対応があることを知らなければならない。トレーニングとはメニュー通りやればうまくいくのではなく、そこには心理学、教育学、教授学、栄養学、スポーツ生理学など、様々な分野のいろんな知識が要求されるのだ。

トレーニングメニュー作りにしても、ただ思いつきで、良さそうな練習を並べればいいわけではない。そして、ライセンス講習会を受けたらすべてが終わりではなく、そこで学んだことをベースに、自分でさらに積み上げていく準備ができるようになることが大切なのだ。ライセンスを獲得すればそれで何かができるという保証には一切ならないのだから。ライセンスを所得した指導者が無条件でいい指導者ということにはならない」

文中で、私はこのように指摘をした。ただ、そもそも「指導者として学ぶことの大切さは感じているのだが、何をどのように学べばいいのかわからない」という人も、相当数いるのではないかとの問題があるのも確かだ。例えば、栄養学が大切なんだと言われて専門知識的なものばかりを取り入れたとしても、それらをどうチームの活動に還元していくのかが大切だからだ。知識は極端な取り入れ方をしてしまうと、逆にマイナスの影響を及ぼすことも少なくない。

そこで私たちは原点に立ち戻り、「サッカーを指導するとは?」という視点で、包括的、多角的に掘り下げる必要があると考えた。私個人の意見や考えを提示していくのはもちろん、いろいろなサッカー関係者に話を聞きながら、その人なりの視点や疑問、やり方やアイディアを紹介していけたらと思う。

まず、はじめに考えておきたいのは、選手が成長するために起因となる要素の整理だろう。以前も書いたことがあるが、育成とは一クラブ、一チーム、一指導者の力でなんとかなるものではない。「今できることを精いっぱいすることがすべて」との捉え方をしている指導者が多い印象だが、子どもたちにはそれぞれにキャパシティがあることを忘れてはいけない。

子どもには一人一人にその時々で全く異なる成長スピードと成長方向がある。

隣の子ができていることが基準ではなく、目の前の子どもにはどれだけのことができる段階であり、その中で「今、必要な取り組みは何か」という目線がなければならない。これまでにやってきたことがあるから今があり、そして、次につなげていくための今がある。

子どもが成長するために大切なのは、キャパシティ容量そのものを増やすためのアプローチと、その中で必要なものを適切なタイミングで学ぶためのアプローチが欠かせない。では、選手育成に必要な要素としてどんなものが挙げられるだろうか? 私からは次の10点を提案してみたい。

・普及
・資質
・スカウティング
・チーム
・ネットワーク
・環境
・コンセプト
・先鋭化
・実践
・指導者

「普及」とは、サッカーに関わる人を増やしていくこと。

キッズへのアプローチが多いが、そこだけ増えても仕方がない。「サッカーって楽しいな」と思った子どもが大人になってもサッカーを続けられる社会。あるいは、子どもがサッカーを楽しんでいる姿を見て好きになった親が、その先もずっとサッカーを好きでいられるかどうか。お父さんやお母さんがサッカーを始める。あるいは、Jクラブの観戦に出かけるようになる。SNSで交流が生まれる。そうしてサッカー自体へのアクセスが無理ない形で途切れることなく、どこまでもどこにでもつながっていくことが望ましい。

「資質」とは、才能の有る無しの話ではない。

そういう2択の話ではなく、具体的にどんな能力が選手に必要で、どんな特徴・長所をそれぞれの選手が持っているかを知ることだ。選手が持つ資質を把握する。「足が遅いからお前はダメだ」ではなく、足が遅いかもしれないが、状況判断に優れ、球離れのスピードが速いのであれば、それは大きな武器になるという見方ができる指導者の存在が大切なのだ。子どもたちが「そうか、なるほど。あいつはそんな資質を持っているんだな」と認め、チームの中でどんなことができるのかを分かりあえるようになれば、そのチームのサッカーはとても成熟したものになっていく。

「スカウティング」とは、そうした資質の大切さを理解した上で、それぞれの選手にふさわしいレベルを認知することにある。「他の子よりうまいから上のレベルで…」というのではなく、「他の子より何がどれだけなぜ優れているのか」という目線がなければならない。そして、成長差を考慮し、どれだけその後の伸びしろがあるのかを見定めようとすることが大切だ。大会に勝ち上がるチームが成長するために最適なチームというわけではない。子どもたちに特徴があるようにチームにも特徴がある。互いに成長するためには、相性も加味しなければならないだろう。

「チーム」とは、チーム内におけるバランスのことだ。

どんなチームであれば、子どもは成長するのかという考え方だ。レベル差が大きすぎると、どうしても難しい。また、チーム内に子どもの人数が多すぎると、練習で最適な練度を保つことができない。競争は、人が多ければ多いほど効果があるわけではなく、そこには適正人数が存在する。100人の子どもが同じ土俵で競争しても、レギュラー争いに関わるのは上位15人くらいだろう。15〜20人ごとのチームを作ることで、それぞれが機会の平等を得ることができる。どれだけ有名なクラブに所属していても、チームに関われていないのであればサッカーをプレーすることはできない。

「ネットワーク」とは、チーム、クラブ、地域間のつながりだ。

4年生チームと6年生チームの指導者、選手、保護者間で交流はあるだろうか? 隣町のクラブと合同でイベントをやったりしているだろうか? 地域内で意見交換できる指導者や保護者のつながりはあるだろうか? 選手育成に必要なのは、縄張り争いなどではない。ここは「スカウティング」にもつながっていくテーマだが、子どもたちは誰でもはじめは友達とのプレーを第一にしている。でも、そのうちに周りの友達とのプレーイメージやプレースピードとずれが出てきてしまう時が来る。やりたいプレーを押さえながら、あるいは無理をしながらというのは、せっかくの成長にブレーキをかけてしまっているようなもの。そうした時に、「君はうちのクラブではもったいない。あそこのクラブならきっともっと君が思うサッカーができるはずだ」と送り出すことのできる、信頼関係を築けているクラブがあると互いに大きなプラスになる。それがいくつかのクラブ間のやり取りだけではなく、地域全体での透明性のある「ネットワーク」を築くことができたら、その地域全体のレベルアップにつながる。

「環境」とは、実際にプレーするグラウンドの状態、用具の充実といったものが、まず挙げられる。日本でも天然芝、人工芝のグラウンドが増えてきているが、どのチーム、どのクラブでも常に使えるわけではない。やはり、ここはどうしも学校や公共機関に頼らざるをえない。そういう意味での環境は自分たちだけで何かを動かしていくのは非常に難しい。行政がもっと動いてくれないことには変わらないし、学校側とのコミュニケーションでより使いやすい、より活動しやすい環境を、これからの日本では築いていかなければならないだろう。

また、「環境」で忘れてはならないのは、練習頻度、時間、移動時間や手段についてだ。週内スケジュールを見て、過密日程になっている子どもがどれだけいるだろうか? ヘトヘトになりながら毎日過ごしている子どもだらけになっていないだろうか? 子どもの成長には負荷と休息の適切な関係が何より大事だ。練習時間より休息の方が長くなければならないが、逆になっていないだろうか? 練習や試合会場までの移動時間や手段も考慮しなければならない。できているから大丈夫ではなく、より良いやり方、より賢いやり方がもっとあるはずなのだから。

「コンセプト」とは、サッカーの基本的な原則を理解した上で、どんな要素をいつからどのように取り入れていくかを自分たちなりにまとめ上げたものだ。JFAからの指針もあるが、それが現場のどのクラブ、どのチームにも当てはまるわけではない。参考にしながら、自分たちなりの「コンセプト」を築き続けていかなければならない。忘れてはならないのは、子どもたちが何をしにグラウンドに集まってきているか。

彼らのやりたいサッカーって何だろう? 彼らにサッカーの楽しさを伝えるにはどうしたらいいだろう? 楽しくサッカーをすることとふざけてサッカーをすることの違いをどのように伝えよう? そうした基準となる指針をクラブとして、チームとして、そして指導者として持つことは大きな助けになるし、立ち戻れる場所になる。

「先鋭化」とは、常に新しい情報にアンテナを張ろうという意味だ。

進歩はどんなジャンル、カテゴリーでも日進月歩。去年まで当たり前だったことが、実はそこまで有効ではなかった、あるいは間違っていたということは普通にありうることなのだ。今の時代、ネットで検索すればあらゆる情報を手にできる。でも、それは正しい情報と間違った情報が混在しながら濁った泥水のように浮かんでいるもの。だからこそフィードバックする機会と場所が大切になる。自分の考えを整理することが必要になる。自分の価値観、主観、考え方を信頼しながらも、新しい世界の価値観、主観、考え方への興味を忘れない。それらは矛盾し合うものではない。

「実践」とは、子どもたちがサッカーをする試合環境についてだ。

現行のシステムは子どもたちの成長のためになっているだろうか? これまでそうやってきたことがすべて正しいのだろうか? ドイツでは、小学校低学年では5人制が主流だし、最近ではGKを置かないミニゴール4つ使った3対3の試合形式がどんどん導入されてきている。試合時間はどのくらいが最適なんだろうか? 試合頻度はどうか? 一日に複数試合するのはなぜダメなのか? 公式戦前日に「調整」のための練習試合、公式戦がおよぼす良くない影響はあるのか?

リーグ戦の導入が進められているし、増えている。でも、現行の交流戦、トーナメント、フェスティバル、市区町村の大会が残っていたら、年間スケジュールが混乱していく一方だ。システム全体を一気に変更するのは困難すぎる。JFAがそこまでのことをやるとしてもまだ時間がかかるかもしれない。だからこそクラブ、チームサイドからも参加する試合を選ぶ、減らす、整理する努力がとても大切なのだと思う。ドイツのクラブであれば、子どもたちの成長にふさわしくないという理由で、7対7のリーグ戦参加を取りやめるところもある。それも少数ではなく、増えてきている。そうした健全で、将来を見据えた見方で勇気ある決断をしてもらえたらすばらしい。

そして「指導者」とは、ここまで上げた要素すべてをつなぎ合わせる存在だ。

極端な話、これまでの9つの要素がすべて完璧にそろっていたとしても、「指導者」だけがよくないままだったら、そのすべてが台無しになるくらいの重要な要素だ。「指導者」に関しては前述した無料記事内で詳細に取り上げたので、そちらを参照にしてもらいたい。

vol.1「本田圭佑のつぶやきをキッカケに指導者を再考! 育成指導者がサッカーを教えられないようでは問題外。でも、サッカーしか教えられない指導者は失格
vol.2
教える、指導する、伝える、導くために何が必要で、何を身につけるべきか。指導者は考えを公開し、意見をもらい、磨き上げていく方がプラスになる

いずれにしても、育成指導者は子どもの未来に触れていることを絶対に忘れてはならない。間違っても「あいつには才能がないからダメだ」などという目で見てはならないのだ。他の子に比べてできないことは多いのかもしれないが、その中でもチームに貢献できるものがあることを見出し、伝え、それを育んでいく。トップレベルではできないけど、自分に合ったレベルでサッカーというスポーツと、サッカーというゲームと向き合い、努力して、楽しむことができるように導かなければならないのだ。覚悟という言葉を私はよく使う。覚悟がなければならないのだ。責任感を持って取り組まなければならないのだ。それがない人は指導者などと名乗るべきではない。

次回からは、これらの要素を大きく「環境面からのアプローチ」「選手サイドからのアプローチ」「指導者サイドからのアプローチ」の3つに分けて、選手の成長に必要なもの、やれること、やるべきことを考えていきたい。自分だけでできないこともたくさんあるかもしれない。協会が動かないことには変えられないことばかりかもしれない。でも、指導者一人一人にもできることだってたくさんあるはずだ。きっかけは小さなものでも、つながりあい、広まっていけば、大きな力にもなる。

私はそう信じて、今月の特集テーマを掘り下げていきたい。

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