中野吉之伴フッスバルラボ

ドイツサッカーの「環境から考える選手成長に対する在り方」とは?

選手育成に不可欠な要素を探ろう。

 これが10月のメインテーマだ。前回(10月特集「サッカーを指導するには何を学ぶべきか」vol.3)は「選手サイドからのアプローチ」から選手の成長に必要なポイントを考えてみたので、今回は「環境面からのアプローチ」について掘り下げたい。

と、その前に、まず謝罪をさせてください。最近、原稿を期限通りにアップすることができず、会員の皆様にご迷惑とご心配をかけてしまいました。毎回、「期限ギリギリまでには何とかしよう」とパソコンの前で粘るのですが、どうしても時間が足らなくなったり、書こうにも言葉が出てこなかったりが続いています。体調不良やスケジュール過多で原稿の時間が取れなかったことが理由ではあるものの、それならば事前に理由をもって説明し、丁寧に対応することが最低限の礼儀でした。無料で記事やコラムを読むのが当たり前の昨今、有料であるこのWEBマガジンに会員登録をしてくださっていることに心から感謝を申し上げると共に、皆様からの信頼を裏切らないよう、より一層気持ちを込めて記事を書き上げていきたいと思っています。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、実際に本当に多忙だったわけなのだが、10月上旬から10日間、日本サッカー協会から依頼を受けて、ドイツでの指導研修のアテンドを行っていた。数ヶ月前からホテルや電車の予約、試合チケットの購入といった雑務からスケジュール作成、さらに訪問先への交渉を一人で進める。大変なこともあったが、様々な人々の好意と支えでTSGホッフェンハイム、SCフライブルクといったブンデスリーガクラブの他、フライブルクのある地域を統括している南バーデン州サッカー協会、そして私が所属するフライブルガーFC、SVホッホドルフというアマチュアクラブが快く協力してくれることとなった。

この多種多様な受け入れ先、つまりクラブのブッキングが個人的にはとても大事だった。

今回の仕事の依頼を受けた時、ブンデスリーガのトップレベルだけを見て「おぉ、ドイツのサッカー環境はすごいね」と一部分の感想だけを持って帰ってもらうことだけは、どうしても避けたかった。ブンデスリーガだけではなく、そのクラブとアマチュアクラブの関係性、地方サッカー協会との協力関係、底辺層のグラスルーツに至るまでの『つながり』を知ってもらい、ドイツサッカーを可能な限り多角的に感じてもらいたかった。

どう管理・運営されているのか? リーグのシステムは? 年代ごとの試合形式は? 地域はどう関わっているのか? 協会の役割は何なのか? そのように様々な視野と立場からのドイツサッカーを実感してもらうことに意義があると思ったのだ。それはまさに今回のテーマでもある「選手育成に必要な環境面からのアプローチ」へのヒントにつながっている。

環境とは何か?

グラウンドやクラブハウス、スポーツ施設というハード面での整理や増設も間違いなく必要だ。少しバスや電車で移動するたびに、サッカーグラウンドがいくつも目に飛び込んでくるヨーロッパ。人口数千人の村や町にも天然芝のグラウンドがあり、クラブハウスがあり、ジュニアからトップまでのチームがそろったクラブがある。だが、それは自分たちだけで何かできるレベルのものではない。日本のスポーツに対する考え方が変わり、行政からこれまでの数倍以上にサポートされる時代が来ない限り、一朝一夕にはいかないのが事実だ。しかし、だから何もできないわけではないし、だから環境が整わないわけでもない。

求められる環境とは、クラブとして、チームとしての在り方を研究し、整理をし、突き詰めることだ。選手が安心して、誇りをもって通うことができるアイデンティティを発達させていくことだ。

なぜここでプレーしたいのか? なぜここに子どもたちが集うのか? そのためにできることは何なのか? そのために忘れてはいけないことは何なのか?

今回、どのレベルのクラブに行っても、どのカテゴリーの、どんな指導者やスタッフに話を聞いても、みんな自分たちのクラブの在り方をはっきりと持っていたし、大事にしていた。現在、TSGホッフェンハイムのチーフスカウトを務めるパウル・トラシュ氏は地元との結びつきを大切にしてきたことが、その後のクラブ発展において大きな礎になったと話す。

「我々は、新興クラブとしてスタートした。最初からすべてがスムーズにいくとは考えていなかった。『うまくいかないのが当たり前だ』と思っていた。クラブの現在地を、当時は誰も予想していなかったよ。だから、いきなり巨額の投資をして、一大トレーニングセンターを作ろうという考えはなかった。そうではなく、地元にある施設を大切にし、そこを大事に使わせてもらう考えをベースにした。ホッフェンハイムの育成アカデミーはいまも3か所に分かれている。それは近くに大きな町があるわけではないこの地方に、まず自分たちのサッカー観を辛抱強く伝え、一緒に育っていこうという思いがあったからだ。共存していく基盤を作ることが重要だった」

現在、Jリーグクラブでも行われているベルギーのフットパスによるアカデミー査定。ドイツでは過去4度この査定が行われたが、唯一4回とも最上級の評価を受けているのが『SCフライブルク』だ。ユースダイレクターであるアンドレアス・シュタイエルト氏はクラブの目標について問われると、決まってこう答える。

「常にドイツにおけるトップ20に入っていることだよ。たとえ、2部に降格することになっても、すぐに昇格できるレベルを保ち続けるのが我々の掲げ続けている目標だ。我々の予算とバイエルンのそれとを比べると10倍以上の差がある。どうしたって勝てるわけがない。我々はドイツのどこのクラブよりも早く育成クラブという立ち位置を見つけ出し、そのために勤しんできた。選手を自前で育て、ここで経験を積み、羽ばたいていく選手を快く送り出す。そのために大事なのが、『慌てない』ということだ。『結果を焦らない』ということだ。選手の成長を自分たちが信頼できなくなったらもうお終いなんだ。うまくいかないこともある。思っていたよりも成長できない選手だってたくさんいる。でも、我々はどんな時もアカデミー選手への扱いを大切にしてきた。我々にとって、彼らは選手Aではなく、トビィやバスティという仲間なんだ。一人一人に心を込めて接する。その家族的な雰囲気こそが、このクラブが他のビッククラブに負けない最大の強みであり、選手が成長する秘訣だ」

プロクラブだけではない。

アマチュアクラブでも自分たちの在り方は明確に言葉にされている。トップチームが9部リーグ所属だが、創立は1920年。そんなドイツのどこにでもあるような町・村クラブであるSVホッホドルフのユースダイレクター、ニルス・ヘンケル氏はこう語った。

「誰だって試合には勝ちたい。でも、我々にとって一番大事なのは勝利を求めることじゃない。地域の子どもたちが集う場所であることなんだ。友達とサッカーを楽しむことができる場所だよ。小さい頃から不必要に大きな競争に身を置くのは間違っている。10〜11歳までは伸び伸びとサッカーをできることが何より大切なんだ。小さい頃に少し足が速くて、少し技術があるとすぐに『天才』のような扱いをしてしまう大人がいる。すぐにでもプロクラブのスカウトに知らせようとする大人がいる。でも、そうした騒動が子どもの成長を妨げていることに気がつかなければならない。子どもがしっかりと自分で責任をもって、覚悟をもってチャレンジすることができるまで、大人は待ってあげないといけないんだ。サッカーは楽しいもので、楽しむものだ。そのベースを忘れてはならないよね」

元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCのユースダイレクターであるマリオ・ビット氏は自分たちが築き上げている戦略を教えてくれた。90年代まではブンデスリーガ2部に所属も、その後の経営破綻で一時は8部リーグまで落ち込んでしまった。現在は6部リーグ所属で、今季は首位につけている。

「我々はオフェンシブで魅力的なサッカーに挑戦し続けたい。トップチームは現在6部。目標はまず5部昇格で、ゆくゆくは4部昇格も視野に入れたいと思っている。でも、それ以上に大切なのが『自分たちが目指すサッカーを具現化し、育成にも落とし込んでいくこと』だ。将来的な理想の状況はトップチームの選手全員を自前の育成で育て上げることだ。そのために大切なのがサッカーを楽しめる環境を練習から作ることだよ。人は一日に約3万回思考すると言われる。そして、そのうちポジティブな思考をする割合が多ければ多いほど、物事の習得スピードは上がっていくとされているんだ。我々のクラブでは練習中の笑いを奨励している。何をやっていいわけではないし、他の子どもの邪魔をしていいというのではないよ。規律というものはちゃんと求めている。しかし、新しいことにチャレンジしたり、すごくいいプレーが出たりしたときに笑顔が出るのは最高じゃないか。他と同じことをするのではなく、我々はもっと柔軟にもっと創造的に、子どもたちのアイディアを受け入れられるようなクラブでありたいんだ」

ポリシーがあるとは、人の話を受けいれないことではない。アイデンティティとは、小難しいものではない。規律とは、上下関係のことではない。サッカーの楽しさを掘り下げ、子どもたちの喜びを受け止める。それを、それぞれの立場とそれぞれのレベルに応じて考えていく。そうやって生まれてくるのが自分たちのサッカー哲学というものだろう。プロクラブになることが、リーグで優勝することが、チームやクラブが持つべき答えでなければ、正解でもない。そこを踏み外したら、ダメなのだ。

「プロになりたい」
「もっとうまくなりたい」

この子どもたちの思いを逆利用しようというやり方や組織の在り方はただただ姑息なのだと思う。今一度、自分たちのチーム・クラブはどんなビジョンとコンセプトで取り組んでいるのかを考え直してみてはどうだろうか。子どもたちの全力を、あますことなく受け止められているだろうか?

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