サッカーライター大忘年会12/26(木)渋谷で開催

中野吉之伴「子どもと育つ」

荒岡修帆「大学だとマスターまでやって、研究がおもしろいと思ったらドクターコースに進むのも考えたりしますね」

 ▼RBライプツィヒのアカデミーで研修を受ける「荒岡修帆(22)」インタビューの第2回目

中野「ドイツに来て2年半。なんでライプツィヒを選んだの?」

荒岡「ドイツに渡るにあたり、それまでスポーツ科学の勉強をしたことがなかったので『どこに行こうかな』と。ドイツは歴史と伝統があるなと感じていたからまずドイツを選んで、その中で旧東ドイツだとライプツィヒ、旧西ドイツだとケルンに国立大学があってその二つで考えました。ケルンは日本人がいっぱいいるし、ライプツィヒは日本人はほとんど来てなかった。今もほとんどいません。『だから』ですかね。あとはライプツィヒの理論は本もいくつか出されているし、『ライプツィヒ学派』と言われるところもあったりするので、そういうところで学べたらおもしろいと思ったんです。それに『RBライプツィヒ』という新興クラブがあることも魅力でした。育成に力入れているのを聞いていましたから」

中野「僕もドイツに来た頃は、『ケルンには日本人が多いから違う場所で』というふうに考えてたな。その頃は、大学でアカデミックに学ぶというよりも、地域に密着したアマチュアクラブの中に入って、そこで等身大のサッカーを経験したいという思いが強かった。でも、いまも大学で専門的にスポーツを学ぶ時間があったらな、と思う時はある。国際コーチ会議に毎年欠かさず参加したり、指導者講習会にもいろいろと参加したりするのは、そうした知識への欲求が強いからなんだ、きっと」

荒岡「条件的には、自分の中に全部そろっていたところだったんです」

中野「そもそもの話をすると、何でスポーツ科学を勉強しようと思ったの?」

荒岡「僕はもともと理学療法学科に通っていたんです。それは自分が怪我しがちで、一度長いリハビリ期間を経験してその時に『体が変わった』という感覚がありました。それで体のことに興味を持ち始めて、その流れで理学療法学科に進んだんです。トレーナーやフィジカルコーチとして体のところのパフォーマンスをあげるとか、ケガの予防とかをやりたかった。それからドイツに渡ると決意し、『理学療法で進むのか、スポーツ科学を学ぶのか』を考えたとき、理学療法士になれてないので多くは語れないんですが、もともとがリハビリ、ケガした後どうするという職場だと思うので、それよりも『いま選ぶなら、ケガする前にアプローチできるところがいいな』と、スポーツ科学を勉強しようと思いました」

(残り 3549文字/全文: 4558文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック
1 2
« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック