中野吉之伴フッスバルラボ

隣接するライバル関係のドイツ街クラブが合併。彼らが利己心よりも大切にしたものは?

サッカーにはドラマがある。

それはきらびやかなプロの世界だけではなく、私たちのすぐ近くにあるアマチュアスポーツの世界にも様々なドラマがある。聞いたことのないクラブにも長い歴史があり、そのなかでいろんな感情がぶつかり合い、時代とともに流れていく。無名だからと素通りしていいのだろうか。

どんな子どももサッカーをスタートさせるのは、地元のクラブだろう。そこにクラブがなければ、誰もサッカーを始めることもできない。でもそこにクラブがあるのは、当たり前のことではないはずだ。何年も、何十年も、継続して存続するために、多くの人の思いが重なり合って、ぶつかり合って、力となって進んできたはずだ。

彼らの声にも耳を傾けてみよう。

彼らの物語にも目を向けてみよう。

きっと、私たちの心に響くなにかがそこにはあるはずだ。

▼フライブルクの強豪育成クラブ”シュポルトフロイデ/アイントラハト・フライブルク”

フライブルクのサッカークラブといえばまずブンデスリーガクラブであるSCフライブルクがトップに位置する。ドイツ全体でも非常に高く評価される育成クラブだ。施設の規模、トレーニング環境、クラブからのサポート、指導者のクオリティなどプロクラブとしてどれも充実している。自他共に認めるまさにトップの存在だ。

その次に位置するのが私が現在U13で監督を務めるフライブルガーFC。トップチームが5部リーグに昇格を果たし、育成チームも各年代でそれぞれ上位リーグに所属している。一時の低迷期を乗り越えて、ようやく将来に向けてのベースが整ってきた。うちのクラブからSCフライブルクへとステップアップを果たす育成選手も増えてきている。

そんなフライブルガーFCには長い間フライブルクナンバー2の座を争っているライバルクラブがある。それがシュポルトフロイデ/アイントラハト・フライブルクというクラブだ。クラブ名が長いと思われる方もいるかもしれないが、もともとはシュポルトフロイデ・フライブルクアイントラハト・フライブルクという二つの別クラブだったのが合併してできたのだ。なぜ二つのクラブは合併という道を選んだのだろうか。話は15年程前にさかのぼる。

アイントラハト・フライブルクは規模的には小さいが、丁寧な育成が有名な街クラブだった。指導者はお父さんコーチが中心。今のように情報がすぐに手に入る時代だったわけではない。それでも子どもの成長を大切に焦らずに子供らしさを大事にしながら育成に取り組んでいた。

評判が評判を呼び、クラブには多くの子が集まってきた。U8‐9年代だと100人を超えることも普通にあったという。だがそうなると大きな問題が出てくる。練習、試合をするための場所が圧倒的に足らない。

当時アイントラハト会長だったトーマス・ムッショルは「フライブルクの多くの小さなクラブと同様に、私たちも苦しんでいた。とはいえ何かをしようにもお金がない」と振り返っていた。現状の問題点はわかっているが、改善することができないというジレンマ。仕方がないとあきらめるのか。現状を受け入れ細々とやり続けるのか。それとも・・・。

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