中野吉之伴フッスバルラボ

【きちログ】フライブルク生活がスタート。各国友達との交流、そしてサッカークラブに入団。

ミュンヘンで2か月生活したあと、スペイン・ポルトガル旅行を経て、フライブルクへ引っ越し。語学学校も順調で、日本人の友達もでき、そしてサッカークラブも見つかった。

▼ 吉之伴の歩み Vol.6

Vol.5「憧れのバックパック旅行へ。フランス~スペイン~ポルトガルを現地語で宿を取りながら自由に旅をした」

フランス~スペイン、ポルトガルをぐるっと回ってバックパック旅行をしてきた僕は、ドイツとの国境近いストラスブールで最後1泊し、フライブルクへととたどりついた。季節は夏。街中はとてもにぎわっている。

いくつかの荷物はミュンヘンからフライブルクに住む先輩のYさんに送って預かってもらっていたので、それを受け取り、すでに申し込んであった語学学校へ足を運んで申し込み手続きをした。ミュンヘンでの毎日はいろいろとあったけど、こうした簡単な手続きはもうドイツ語でささっとできるくらいにはなっていたことを思うと、やっぱり実戦経験というのはとても大事だなと感じ入るものだ。

そして部屋のあっせんも手配してあったので、その日のうちに自分の住む場所へと入ることができた。

いや、すぐに住空間を手にすることができた喜びといったら!

斡旋期間は語学学校に通う間と一緒。とりあえず最初は1ヵ月半分を申し込んでいたので、その間に次の進展を考えておこうと。

それにしてもミュンヘンにきたばかりのころと比べてすべてが順調に進んでいく。部屋探しをしなくていいから、最初から語学学校で集中してドイツ語の勉強ができるし、各国からきていたクラスメートともすぐに仲良くなれた。

加えてYさんの紹介で町の公園で草サッカーをしている日本人グループとも知り合えた。毎週土曜日にはそこでサッカーができて、終わった後はみんなで飲み会。1週間のサイクルが生まれて、ようやくドイツで暮らしている!という実感を得られるようになったかなと。

▼ いよいよドイツのクラブでサッカー

そんなわけでフライブルクでの生活リズムが安定してくると、そろそろサッカークラブを探そうかなと思うようになってくるわけなのだが、さてどうやって探すんだ???

今だったらネットで検索したらすぐに見つけることができる。連絡先ものっているし、メールで連絡を取ることもできる。

さて、そうしたツールがない20年前はどうしたのかというと、情報は人づてに集めるしかないわけだ。語学学校の先生に相談したり、友だちに聞いたり。

ある日、ちょうど同じ語学学校に通っていた日本人の友達がクラスメートに誘われてとあるチームの練習にいくから一緒に行かない?と僕にも声をかけてくれたので、とりあえずと軽い気持ちで行ってみることに。

スペイン系の人たちで作られたこのチームはその名もレアル・フライブルク。

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