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中野吉之伴フッスバルラボ

【ゆきラボ】親も指導者も、今見ている子どもの姿が、その子の全てではないということに気づきたい

こんにちは!師走に入り、ドイツ各地では初雪が観測されました。ここフライブルクでもうっすら粉砂糖をまぶしたような雪が積もり、本格的な冬の気配を感じる今日このごろです。

さて、今日は明後日124日(金)日本時間21時から開催されるZoom講習会の告知と、親と子、そして指導者の関わりについて少し書かせて頂きたいと思います。まず講習会のご案内はこちらから。

【きちゼミ】ドイツクラブのやり方から学ぶ保護者との距離感を最適にするための方法

実はちょうど1年ほど前にも同じようなテーマで、このコーナーで過去記事の振り返りをやったことがあります。本来ならクリスマスの行事などで、指導者や先生と親とが顔を合わせることも多いのがこの季節。年の瀬を前に、人と人が一年間の交流を改めて振り返り、考えてしまう時期なのかもしれません(我が家だけかな…?)

【過去記事振り返り】近すぎても遠すぎてもだめ。親と子どもとの距離を考える。

今、noteでも中野吉之伴と一緒に記事を書かせて頂いています。現在進行形の子育てのことや、過去の子育てエピソードなどについてが主な内容で、まだ書き始めたばかりなのですが、その中で一つ、今でも鮮やかに覚えていることがあります。

お子さんをお持ちの方は、初めてお子さんの「外の顔」を見たときのことを覚えているでしょうか?

私がはっきりと覚えているのは、長男が保育園に通い始めてしばらくしてからのこと。何月かはさすがに忘れましたが、寒い時期だったと思います。

イメージ: Photo AC

その日、お迎えに行くと教室に長男がおらず、その場にいた先生が「息子さんは服を汚してしまったので、ちょうど今ケリー先生と着替えに行ってますよ」と教えてくれました。すると廊下の向こうから着替え途中の長男が走ってきたのです。彼はケリー先生に甘えるようにまとわりついて、ぴょんぴょん跳ねながら、先生が替えの服を引き出しから出し、汚れた服をビニール袋に入れて私に手渡してくれるまでずっと先生にくっついていました。

それは、私が初めて目撃した「子どもが、親以外の人を心から信頼して、一緒にいたいと思っている」瞬間でした。少し前までは保育園に慣れずに「おうちにいたい」「早く帰りたい」と泣き、迎えに行くとほっとしたような顔をしていた息子が、私のほうをほとんど見ずに先生にくっついていた後ろ姿をはっきり覚えています。家で見せる笑顔やくつろいだしぐさとは全く違う表情をしていました。

そのときの感情は正確には思い出せませんが、一抹の寂しさや驚きに混じって、私はものすごく安心しました。息子がこんなにも信頼できて、安心して過ごせる場所が家の他にもできたということで、何か肩の荷が下りたような気がしたのかもしれません。そして、そのような場所を作ってくれた保育園に感謝すると同時に、「人はみんな違う顔を持っている」という至極当たり前のことをまざまざと思い知らされるきっかけともなりました。

私が家で見ている顔は子どもの全てではありません。子どもだけでなく、夫だって私だって、家族と離れればそれぞれ別の顔があって、家の中の顔が全てなんてことはないのですが。何しろ自分の子どもに関しては、お腹を痛めて産んだ時から24時間体制でずーっと一番近くにいた存在です。いつかこの子も「別の顔」を持つ日がやってくるということは想像もしていませんでしたし、それだけに衝撃的でした。

成長とともに、彼らの持つ「別の顔」も、学校での顔、友達と過ごすときの顔、サッカーでの顔、野球のときの顔…とどんどんバリエーションが増えていっているはずですし、親の知らない面もこれからは増えていく一方なのではないかと思います。それは我が子が人間として社会の中で生きていっている証のようにも思います。

同じように、親として子どもに向き合っている私たちにも、指導者として先生として子どもに向き合っている方たちにもそれぞれ「別の顔」が当たり前のようにあります。「ここで見せ合っている顔がその人の全てではない」という当たり前の原点。そして「親の目線で見たもの、指導者の目線で見たもの、子どもの目線で見たもの、それらは全部違う」という、これもまた当たり前の原点。その中でどうやってお互いに折り合いをつけて関わり合ってゆけるのか考えるのは大切なことだと思うのですが、いかがでしょうか?

明後日の講習会、多数のご参加をお待ちしております!

今週もお読みくださりありがとうございました。

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