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中野吉之伴フッスバルラボ

【ゆきラボ】過去記事振り返り。遊びと”Spiel“について考える

こんにちは!今週の無料コラム「ゆきラボ」では、まずこちらの過去記事をご覧ください。ちょうど3年ほど前に書かれたインタビュー記事なのですが、ドイツで育つ日本人家庭の子ども3人が、ドイツと日本のサッカー環境の違いについて、とてもストレートに話してくれています。

ドイツで暮らす子どもが日本のサッカークラブに短期入団して何を感じたか?子どもの素直な声を聞いてみよう

ドイツで生まれ、ドイツの幼稚園や保育園、小学校で育ち、ドイツのサッカークラブに所属する彼らは、家に帰れば両親と日本語で話し、白飯とお味噌汁のある食卓を囲み、本棚にはドイツ語と日本語の本が混じって並ぶ、という生活を送っています。ドイツでの暮らしと、自分たちのルーツの一部でもある日本、どちらにも愛着を持ちつつ、それをどんなふうに並べて見ているのか、まだご覧になっていない方は、まずは一度お読みいただければと思います。

スポーツの試合のことをドイツ語ではSpielと呼びます。スポーツをする、という動詞はspielenになるのですが、英語のplayに当たる単語なので、同じspielenでも遊ぶ、音楽を演奏する、ゲームをする、などなども全部このspielenに含まれます。ピアノを弾くのもチェスをするのも鬼ごっこもニンテンドーswitchで遊ぶのも全部spielen

一方日本語ではどうでしょうか。「サッカーの試合をする」と表現すれば、おそらく、多くの人が、真面目に努力して試合に向かう姿を想像するかもしれません。一方「サッカーをして遊ぶ」というと、公園で子どもたちが無邪気にボールを蹴り合っている光景を思い浮かびます。無邪気かもしれないけれど、それってあくまで遊びで、スポーツじゃないよね、スポーツとは別のものだよねというイメージ。でも、ドイツ語では同じ“Fußball spielen”で表すことができます。スポーツとしてのサッカーと遊びとしてのサッカーは、区別されるものではなくて、地続きにずっと繋がっているイメージです。

『スポーツって楽しむことがスタートなんだよ』って話を僕はよくします。でも、楽しいって言葉を出すと『それは甘やかしている』と言われることがあるんです。

先ほどのリンクにあるインタビュー記事には、こんな中野のコメントが添えられています。日本でサッカーは楽しいもの、サッカーは楽しむことが大事、という話をすると、ときどきこんな「甘やかしている」「それでは上達しない」という反応が返ってきてしまうのは、「遊びのサッカーと競技のサッカーは別のものだから」と考えられているから、そして「遊びは楽しむもの、競技は真剣に競い合うもの」だと思っている人が多いからなのかなあ……という気がするのですが、読者のみなさんはどう考えますか?楽しむことと真剣になることは決して相反することではなく、むしろ夢中で楽しんでいるからこそ心の底から真剣に取り組めるものだと思うのですが……楽しいことであれば、誰に強制されるでもなく、もっともっとやりたくなる、新しいやり方を試したくなる、上達したくなる。これは本来誰にでも経験のある純粋な欲求のはずなんです。

ドイツの試合会場で、子ども可愛さのあまりつい熱くなってしまう大人に向かって「おいおい、これは子どもの“Spiel”なんだぞ!」というたしなめ方がされることがあります。初めて聞いたとき、私は「スポーツというのは子どもの『遊び』なんだから、大人が熱くなってそこに介入するのはそれこそ大人げないだろう」という意味なのかな、と思っていました。実際そのように思っている人もいるのかもしれませんが、本来的にはこの警告、「子どもが楽しく真剣にサッカーをしているのだから、大人は(危険なこと、人として間違ったことを子どもがしない限りは)そこに介入してはいけない」という意味なんだろうと考えています。

先日オンラインで開催された中野と湯浅健二さんでの対談でも、大人があれこれ言わないで、子どもたちが夢中になってサッカーできる場所を準備してみることが大事、というお話がありました。こちら対談の一部書き起こしと、動画の配信も行っておりますので、よろしければ合わせてご覧ください。

【育成論】湯浅「子供たちにサッカーってこんなに楽しんだというのを伝えるのがコーチのミッションなんですよ」

今週もお読みくださりありがとうございました。来週の「ゆきラボ」もよろしくお願い致します!

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