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中野吉之伴フッスバルラボ

【指導論】ライセンス要件緩和がもたらすものとは?ドイツの事例から検証してみた

▼ 指導者ライセンスは何のため?

日本サッカー協会の反町康治技術委員長が日本代表20試合以上でA級ライセンス要件緩和の可能性について語ったという。

 現行の指導者ライセンスでは、JFA公認B級コーチライセンスを有する指導者はB級コーチ養成講習会の受講後、A級コーチ養成講習会を受講するために1年以上の指導実績が求められている。今回の変更後は、A代表20試合に出場した経験を持ち、B級コーチ養成講習会の成績が優秀だった元選手であれば、1年間の指導実績を積まずに翌年のA級コーチ養成講習会を受けられるようになるという。※記事より引用

SNS上では様々な意見が飛び交っている。

元プロ選手、元代表選手が優遇されることで生じるメリットってあるの?そもそもライセンスって何のためにあるの?早くS級ライセンスまで取れたら優れた指導者が生まれやすくなるの?

それぞれ違う論点からの指摘の仕合では全体像が見えてこない。日本サッカー界の現場には、日本サッカー界にいる人しかわからない事情や裏側があるのだろう。なので純粋に指導者育成とはどうあるべきかについて、以前ドイツサッカー協会プロコーチライセンスインストラクターチーフを務めていたフランク・ボルムートにインタビューをした時の言葉と先日寄稿したドイツサッカー協会における新しい指導者ライセンスシステムのアイディアを参考にしながら、僕なりにこの問題についてまとめてみたいと思う。

▼ 本来ライセンスって何のためにあるの?

欧州においてプロ選手としての経験がない・乏しい指導者は優れた指導者になれないという方程式はすでにない。トーマス・トゥヘル、ユリアン・ナーゲルスマン、フロリアン・コーフェルト、ドメニコ・テデスコなど様々な優秀な指導者がドイツでは出てきているのだから。

指導者として求められる能力と選手として求められていた能力は全く別だ。戦術理解、ゲームプラン、交代の手腕、言語化能力、論理的説得力、データー伝達の手段、チームビルディング、他のスタッフとの信頼関係、エンパティなどなど様々な能力が必要とされるのは周知の事実だろう。

DFBアカデミーチーフのトビアス・ハウプトは次のように語っていた。

ハウプト 重要なのは指導者育成を受けるすべての指導者がまず子供、青年、成人とそれぞれの分野における基本を身につけることだ。そのうえでこれからは指導者育成においてもより個々にあった育成が受けられるようにするのが自分たちが掲げているビジョン。

《将来的にプロクラブで監督をしたいからトップ選手に対した人心掌握や教授学、最先端の戦術やデーター分析さえやっていれば大丈夫》というわけではないという。それはどの分野のどのカテゴリーで指導者をやるとしても、自分が向き合っている選手がどこからどのように来て、どこへどのように行くべきなのだろうかという想像力を持っておくことがとてもとても大切だからだろう。

じゃあプロ選手としての経験は意味がないのかというとそんなことはない。《ある程度以上の実績を積んだ元プロ選手が持つ経験は重要だ》という見識はドイツサッカー協会にもある。選手としてギリギリの空気の中で培ってきた肌感覚も、まさにその現場でプレーしている選手にとってとても価値あるフィードバックというのは確かにあるのだ。

ハウプト 我々には若い世代の選手に培ってきた経験を伝えてくれる元プロ選手出身の指導者が必要です。まず大事なのは彼らが指導者という仕事に情熱的で、学ぶ意欲があることです。ほかにやることがないからという理由であってはならない。

DFBはハンシィ・フリック、ラルフ・ラングニック、ロガー・シュミット、クリストフ・ダウムといった指導者とアクティブに結び付きながらこのテーマについて取り組んでいます。彼らの持つパーソナリティ、経験、知識は、ドイツサッカー界発展のための貴重なエッセンスなわけですから。

でもそうした肌感覚は正しく伝わらなければ意味がない。なので大事なのはその感覚をどのように言語化し、どのようなタイミングで、どのように伝えていくかを確かなエビデンス(信憑性のある論拠)とともに身につける機会ということになる。

指導者として現場に立つということは、1回の練習や1度の試合に帯同するだけではないのだ。シーズンを通して選手と向き合い、チームとしての方向性を定め、彼らを選手として、人間としてどのように成長に導くことができるかのビジョンが確かになければならない。

ボルムートは次のように強調していた。

ボルムート だからいい選手がいい監督になるには長い道のりが必要だと考えている。選手と指導者の能力は分けて考えなければならない。元プロ選手も、プロ指導者として最初から学ぶ必要がある。そして何より監督としての実戦経験がなければならない。

指導者の育成に必要なのは講習会やセミナーでの理論習得や指導実践の向上、そして現場での経験とのコンビネーションなんだ。監督としての経験がない人間に育成のチャンスを与えるつもりはないんだ。講義室で話を聞くだけよりも現場に立つ方がよっぽど学びになる。どのように知識を生かすのか。学ぶことではない。学び方が大事なのだ。

プロ選手として培ってきた経験を指導現場に生かすという情熱があり、反町強化委員長が言うように元代表選手の中には《B級ライセンスで好成績を収め、すぐにA級ライセンスを受けられる》くらいの指導者としての適性を感じさせられる人もいるだろう。

でも講習会における指導実践がそのまま指導能力があるということにもならないのだ。そこは分けて考えられるべきだと思う。

その点でさらに気になるのは「(B級習得時の)成績が優秀であれば来年A級、再来年S級、3年後にはJの監督になれる」という供述。

この言葉通りならB級からA級だけではなく、A級からS級ライセンス講習会までも指導現場で経験を積むことなく講習を受けられるということになってしまうのではないだろうか。そこまでして足早に講習会を受けられることが、プロクラブで指導者を目指す元プロ選手にとってメリットになるとは僕は思えない。

ハウプトは元プロ選手として向き合わなければならない大事な要素として、選手時代の枠から抜け出るきっかけをつかむこととしていた。

ハウプト グラスルーツのアマチュア現場で戦っている指導者の方々と本気でディスカッションする。それができないなら、元プロ選手にしてもこれまでの枠から抜け出て成長することはできない。ここでいう枠というのは、選手時代の栄光の日々だよ。我々DFBも選手時代の成果・価値を素晴らしいものだとみている。だが、その前で立ち止まっていてはダメなのだ。

今回の措置がそうした枠から抜け出す機会を損失する要因にもなりかねないというのは考えすぎではないと思う。

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