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中野吉之伴フッスバルラボ

【2021年総集編】今年もいろんなことがありました。毎月の人気記事とともに振り返ってみました

2021年もあとわずか。今年もいろんなことがありましたね。いいことも悪いことも。辛いことも楽しいことも。うまくできたこともうまくいかなかったことも。何があっても時間は過ぎていく。毎日が目まぐるしく変わっていく。早いものです。

ちゃんと自分の足で歩けているかな。ちゃんと自分の目で見て、耳で聞いて、頭で考えられているかな。ちゃんと自分の心は発動しているかな。

ウィスキーをちびちびなめるように飲みながら、そんなことをしみじみ考えたりしています。僕ら日本人は節目を大事にする民族とされていますよね。それがいいか悪いかはその時々の状況だったり、取り組んでる内容だったり、心境でも変わってきたりすると思います。節目が多すぎると柔軟性を欠いてしまうので注意も必要。

でもね、一度心を落ち着けて、自分と向き合って、振り返って、整理する時間を持つというのはやっぱりとても大切なこと。

自分事で申し訳ありませんが、年末にかけて僕にとっては結構衝撃的なことが続けざまに起こっていました。平静を装いながら、知らない間に心が思っていた以上に疲弊していたのかもしれません。普段だったらたぶんなんてことなく受け止められることが大打撃となってしまう。

大丈夫って言ってれば大丈夫になれるなんてことはなくて、でも大丈夫になるためにはそれなりに自分の心に希望の光となるべきものが必要で、そのためにはそれなりに時間も大切で、だからといってその間も毎日やるべきことはめぐってきて。

イビツァ・オシムさんが言っていました。「失望するのは過度に期待をしていたからだ」って。その通りだと思います。勝手に期待をしすぎて失望の沼に落ち込むのもよくないよね。

けど、失望を怖がって期待をしないのもまた違う。失望する苦しみがそこにあったとしてもなお僕は期待をして、希望を抱いて、信念を持って歩いていける人間でありたい。

あせるな。おじけるな。

今感じている弱さはきっと、もっと強くなれるという証でもあるのでしょう。そのための、きっと大事なプロセスの途上に僕はいる。ぐっすりと寝て、朝すっきりと目が覚めて、頭と心を覆っていた霧がさっと晴れていくその日が必ずくるのだから。

すいません、今年最後のコラムは少しセンチメンタルになってしまいました(苦笑

今回は年末企画として各月それぞれの人気記事を紹介しながら、振り返ってみたいと思います。

皆さんにとってはどんな一年だったでしょうか?

2021年1月:高校サッカー選手権について考察してみた

今年100回大会を迎えた全国高校選手権。育成年代における全国大会の是非については様々なディスカッションがされてますが、そもそものところで僕らが考えるべきところって何だろう?というのを掘り下げてみました。

僕も全国大会には懐疑的だ。でもいまじゃあ、全国大会廃止しますといったらどうなるだろう。たぶん高校サッカーで引退する子は今とそうは変わらないはずだ。大学サッカーまで続ける子は増えるかもしれない。でもそこで辞める子は減らない。

なぜか。理由はすごくシンプルで簡単だ。

大人になってやれる環境がないからだ。

どれだけ《生涯スポーツが》とか、《育成が》と言葉にしても、そのゴールにあるべきものが今の日本でどれだけ充実しているだろう?社会人になったらまともに練習する機会ってどれだけあるだろう?情熱100%で、心から解放されて、サッカーできる機会ってどれだけあるだろう?

ないよ。ほとんどない。

だから、大人としてね、指導者としてね、親としてね、今の高校サッカーのあり方をどうにかしたいって思うんだったら、高校サッカー選手権に負けないぐらい素敵な舞台を作り上げなきゃいけないんだ。

それこそ、ちょうどナンバーWEBで見つけた中野遼太郎さんの記事「日本に足らないのは『めっちゃ楽しそうにサッカーをする下手なおっさん』」とうまくクロスする内容ではないかと。

僕もまた自分がサッカーできる時間を見つけてみたいなって思ったりしています。

2021年2月:原口元気去就に関する各メディアのドイツ語訳はなぜか大間違い

この件に限ったことではないですけど、昨今のメディア業界ではライター本人によるコラムよりも、現地ニュースの日本語訳をもとにしたニュース系が多くなっているという事実があります。その方が予算を抑えることもできるし、読者の興味を引くような多少強烈な見出しをつけたら、いわゆる《PV》というのを稼げる。

でもメディアとして超えてはいけない線というのは絶対にあると思うんですね。正しい情報がベースになければならないし、読者を欺くようなやり方はいつか必ずしっぺ返しを受ける。

できるだけ多くの人に読んでもらいたいというのは僕にだってありますし、産業として必要なメカニズムが存在していることも理解しています。だからこそ、そうした中で「読みたいな」「読んでよかったな」と思ってもらえるようなクオリティと絶えず向き合い続けていきたいものです。

2021年3月:サッカーの楽しさ、奥深さを伝えるのが育成指導者

《厳しい練習は必要不可欠》っていうのが日本ではまだまだ根深い考え方とされています。「子供がそれを求めているから」「プロになるという夢があるから」というのを理由にしようとする大人もいますが、育成年代の超負荷による身体的・精神的損傷は生涯にわたって問題になる危険性があるわけです。

そんな大事な決断を子供にゆだねさせるのはいかがなものでしょう。

どれだけやりたいといっていてもそこに安全と安心がなかったら、毅然と止めるのが大人の役割だと思うのです。

子供たちがあるべき姿に対して、指導者が勝手に基準値を作るべきではない。そうではなく、個々の子供たちが持つ資質を引き出していけるやり方を模索して、自分のクラブだけではなくて、地域でちゃんと子供が育つ環境を作り上げていきたいではないですか。

育成に答えはないっていう。そうだと思う。いろんな取り組みがあるし、それがあるから多様性が生まれる。いろんな国や地域から生まれた様々なやり方があるんだから、それを整理して、アレンジして、それぞれのフィルターを介して順応させていく作業は欠かせないだろう。

でもね、育成として、教育としての前提条件は守られなければならないと思うんだ。うまくなる、強くなる、試合に勝つ、大会で勝つ。それより大事なものをまず守らなければならないんだ。

前提条件って難しいことじゃないよ。健康と人権を守れってことだけだ。スポーツを生涯にわたって、そのスポーツを愛するものならだれでも気軽に楽しむことができるというのが僕らの権利であり、僕らの生活における大事なベースなんだから。

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