「残留請負人」前讃岐監督・北野誠が語るJ2監督論。魔境を生き抜く極意とは?(J論)

中野吉之伴「子どもと育つ」

中野吉之伴の思い

▼「育成層指導」のエキスパートになるためにドイツへ

私のプロフィールには、こう記されている。

はじめに書いたのが私なのだから、それにふれるということは「当時の自分の思い」を自己分析することにつながる。正直に告白すると、「何をもってエキスパートなのか」は具体的なイメージがあったわけではない。唯一あったのは「サッカークラブを中心にした、そこに関わる人々とそこに密接に結びついた生活を持った環境に飛び込めば何かがわかるはず」という漠然としたビジョンだけだった。社会人歴のないままドイツに渡ったので、将来は未知数以下だった。でも、直感は「間違っていなかった」と、すぐに確信できた。

それほどまでに、私にとって「ドイツサッカー」は光り輝くものなのだ。

いまやドイツは世界に誇る育成大国となった。すべてのカテゴリーのあらゆる分野が整理され、改善され、先鋭化された。そして、いまもなお更新され、終わることはない。そういう理由があるから、「ドイツで指導者の勉強をしたい」という人が最近増えてきたことはごく自然の流れだろう。しかし、タレント育成プロジェクトの導入を皮切りにここまで変わってきたから、ドイツがすごいのではない。もちろんそれはあるし、とてつもなくすごいことなのだが、もっと根源的に大切なことがあると思っている。私がドイツに渡った2001年。振り返ると、ドイツサッカーのどん底の時代とされるその頃にも、この国には「その大切なもの」があった。

それは「サッカーと人と社会の結びつき」だ。

ドイツにおいてサッカーとは、特別なものではなく、そこにあるものだ。グラウンドがあるからプレーするわけではなく、サッカーがしたいからグラウンドを作るのだ。スタジアムがあるから観戦に行くのではなく、観戦に行きたい人がいるからスタジアムを建てるのだ。ドイツでは、小さなクラブも天然芝のグラウンドがあり、クラブハウスがある。小さなクラブとは、人口数千人の村にあるトップチームが地域の10部リーグに所属するようなところだ。10部リーグでも年間を通じたリーグ戦があり、ホーム&アウェーで戦う。

試合では観客が入り、入場料がとられ、屋台が出て、ソーセージとビールを手にサッカーを観戦する。その規模やサッカーのレベルに違いはあるが、スター選手がそろう巨額なサッカービジネスが行われるブンデスリーガと、構造自体は変わらない。どの町や村でも、毎週末試合が開催され、人々はサッカーを楽しめるわけだ。小さなクラブには、何十年もボランティア、ようするに無報酬で関わる人が大勢いる。仕事をしながら、家族を持ちながら、時間を作り、サッカーと生きている。私が長くお世話になっている恩人の一人は、ちょっと前に年金生活に入ったのだが、この間こう言いながら笑っていた。

「やっと、これで本腰を入れてクラブの仕事ができるな」

ボランティアとは、そういうものだ。私自身、「無報酬=ボランティア」とは思わない。自分が充実感を、生きがいを感じられる場所に出会い、そこに助けが必要だと感じて何かを還元していることが、その人にとってボランティアとの関係だと思う。「無料でやってあげているのに」という思いなんて、微塵にもあるはずがない。少なくとも、私が知り合った人々はいつも快く、楽しんでクラブにたずさわっている。上を目指すことだけが成功でも、幸せでもない。「そこにある」ことの素晴らしさ、「そこにあり続けること」の大切さ、そして「帰る場所がある」ことのかけがえのなさを、私はドイツサッカーに教えてもらっているのだ。

単に「ドイツで指導者になる」「エキスパートになる」ことを目標としたならば、大学でスポーツ学や社会学を学ぶ選択肢もあったが、私は学術的なアプローチではなく、現場からのアプローチを第一に優先したかった。ドイツのクラブで指導者をするといっても、同じようなシーズンは一度としてない。この国に1、2年いるだけでは、サッカーを深く理解することはできない。だからできる限り時間をかけ、「ドイツ人とサッカーと生活」の中に身を置いた。

ボランティアコーチを中心に運営しているクラブばかりだから、どこも常に指導者を必要としているのが現状だ。だから、いつでも声がかかる。でも、ボランティアだから仕事にはならない。そんな環境の中で、私はサッカー以外で稼ぐことを模索した。それは「サッカーで稼ぐ」、つまり「サッカーで生きていく」ことに固執すると、自分が何より大切にしているサッカーから離れてしまう危険が大きいと思ったからだ。

「指導者はコーチであることだけに時間を費やさなければならない」
「ライターなどせず、指導者としてどんどん上を目指すべきだ」
「他に仕事を持っているなんて、ただの甘えだ」

いろんなことを口にする人たちがいるが、私にも野心はある。クラブ哲学として「育成」をコンセプトにしているブンデスリーガのクラブで指導者ができたら、舞い上がるほどうれしいだろう。事実、指導者研修を受けたSCフライブルクのユースダイレクターに会うたびに「やりたい」と伝えている。ただ、それだけが正解だとは思わない。

 

▼「名もなき」指導者たちがどれほどの子どもを支えてきたか

私は、これを間近でずっと見てきた。

サッカー専任ではない育成指導者のもとでサッカーができることもまた、子どもたちにとってはとても大切な意味があるし、それを体験してきた。本当にサッカーとの関わり合い方は多種多様だ。ある道をなぞるだけが答えではない。でも、育成層の指導者がサッカーを語れないのは論外だ。探求心、向上心のない指導者のもとでは、子どもたちも先を見据えられない。しかし、サッカーしか語れない指導者は、場合によってそれ以上に問題だと思う。なぜなら、それ以外のものを子どもたちが見ることができないからだ。

子どもは少年となり、青年となり、大人になる。その過程で、みんな独り立ちするための準備をする。育成にたずさわる大人は、その手助けをしなければならない。世界には、様々な価値観や生き方がある。だから、サッカーとの関わり方、サッカーとの生き方も人それぞれ、いろんな可能性がある。どんなドアがあるのか、どんな道の歩み方があるのか。

「育成層の指導者には、そうした様々な世界を見せる大きな責任がある」

そう思っている。自分はサッカーと生きる道を人生のテーマにおいて歩んできたし、これからも変わらない。そして、それをただ自分の中にだけ留めるのではなく、ドイツをはじめ、ヨーロッパ各国で学んだ知識や知恵を日本の現場に還元したいと考えている。数年前に帰国を考えたが、何らかのタイミングが合わなかった。だから、アプローチを変えた。様々な幸運といろいろな人の助けで、いまはライターとしての仕事を収入源としながら、オフシーズンに日本で指導者育成やサッカークリニックなどを行い、全国各地を回る活動をしている。少しずつではあるが、活動拠点も増えてきた。

そんなサッカーとの関わり合いを続けるなか、「日本の指導者に届けたい情報なのに、発表する場所がない」ことにやきもきしていた。普段のトレーニングのこと、国際コーチ会議のこと、友人のプロ指導者のこと、市井のボランティアコーチのこと…読者が本当に興味あることも指導者として、ライターとしての目線で調べて届けたいと思っていた。でも、私はメジャーな立場ではないから、どこかの媒体で書くこともできなかった。

そこで「プラットホームがあれば」と考えた。それこそ、サッカーをやりたい人が気軽に立ち寄ってボールを蹴るボルツプラッツ「ミニサッカー場」のように。指導者でも、子どもがサッカーをする親御さんでも、自身が将来指導者を目指す人でも、サッカーを通じて様々な価値観が生まれる場所、様々な広がりが生まれる場所を作りたかった。中野吉之伴「子どもと育つ」は、そうした思いで立ち上げた。

「人間はどこでも学ぶことができる。学びたいと思う気持ちさえあれば」

これは、大好きな漫画「マスターキートン」の中で主人公が恩師である教授から送られた言葉だ。そうなのだ。私は誰もができるけれど、誰にもできなくて、でも何より大切なことに挑戦し続ける。このWEBマガジンを通して、そんなサッカーの奥深さにふれてもらえたら、とても嬉しい。そして、日本のいろんな場所にドイツにも負けない素晴らしいクラブがたくさんできたら、とても幸せだ。

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