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「ゼルビアTimes」郡司聡

【シリーズインタビュー】『ザ・ルーツ 〜ボクたちの履歴書〜』 第1回・MF 29 森村 昂太(前編)「運命の打診」

『町田日和』で待望のインタビュー企画がスタート! その第一弾が町田戦士のキャリアを振り返るシリーズインタビュー『ザ・ルーツ 〜ボクたちの履歴書〜』です。記念すべき第1回は、ダブルボランチの一角として欠かせない存在となっている森村昂太。年代別代表で日の丸を着けた経験を持つ“イケメンボランチ”の足跡を本人の肉声とともに振り返る前編は、サッカーを始めた時期からFC東京U-15までの物語。

▼“野生児”だった森村少年

両親の実家が長崎と熊本で、僕は福岡で生まれました。でも、福岡に住んでいたのは2歳か3歳まで。福岡での記憶はほとんどないんです。物心がついたころからはずっと東京の小平です。森村少年は1日中外にいるタイプ。原っぱでカマキリを獲ったり、とにかく“野生児”だったと思います。イマドキの子供はあまり外で遊ばないというけれど、それとは真逆で活発に外で遊んでいました。

当時は団地に住んでいたので、同じ年齢の子供たちが集まるんです。遊びに誘ったらだいたいの友達がOKで。また田舎が長崎の壱岐島だったので、そこはすごく自然が多い島ですし、外で遊ぶことが好きだった理由はその影響もあるんだと思います。壱岐島は畑ばかりだったけど、魚釣りはこっちでは獲れないほどの量の魚を釣れますから、その影響もあって、外遊びが好きになったんだと思います。

小平では地元で仲の良い7、8人の友人と自転車をゴールに見立てて、ストリートサッカーをしていました。当時はボールを使ってはいけない公園が少なかったので、ストリートサッカーを夜の7時から10時まで、ライトのある公園の下でやっていました(笑)。もちろん戦術的ではなく、典型的なストリートサッカーだったのですが、そのときに培ったことがいまでも生かせているなと思うときもあります。例えば、少しボールを浮かすプレーだったり、個で打開して相手を引き剥がすプレーとか、僕はスピードや強引さがないので、相手を引き剥がすアイディアとか、そういうプレーイメージにストリートサッカーでの経験が役立っていると思います。

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