【サッカー人気4位】「待ちに待ったJリーグ再開が決まり、ワ…

松本雷鳥通信

【休止期間コラム】One-Shot20090830「未来は僕らの手の中」

2009年8月30日、第14回長野県サッカー選手権大会(天皇杯長野県予選)決勝戦にて

公式戦の再開が5月頭まで延びることとなり、不要不急の外出自粛が叫ばれている状況。残念ながらトップチームのみならず各カテゴリーにおいても活動が休止となり、スポーツ媒体にとってはコンテンツ不足が悩みの種だ。それは当媒体も変わりはない。
そこで公式戦が休止されている間の特別企画として、筆者の手元に残っている松本山雅FCの『Jリーグ参入前夜』の写真を取り上げながら、あの頃を思い出していきたい。ついに奥の手を出すことになり、まるでパンドラの箱に手をかけたような心境だが、こういう時期だからこそ改めて当時を振り返ることができるというものだ。

2009シーズン、松本山雅は北信越リーグ1部に所属していた。当時の北信越1部といえば松本山雅にくわえて、AC長野パルセイロやツエーゲン金沢、JAPANサッカーカレッジなどの強豪チームが覇を競い合う戦国リーグだった。Jリーグ経験者や有力大学出身選手が続々と参戦し、わずか一つの椅子を巡って各チームがしのぎを削る様は、好事家が“地獄の北信越”と評したのも頷ける。
ただし負けられない戦いはリーグ戦のみならず、天皇杯も同じくらい重要な大会だった。特に松本山雅は前年の天皇杯で湘南ベルマーレに勝利したことで、チームの名を大いに高めていた。くわえて決勝戦の相手は信州ダービーのライバルなのだから、負けられない理由には事欠かない。周囲の熱がピッチ内へと伝播し、激しいゲームになるのは必然だった(逆に闘志が空回りした凡戦になる可能性が高いのもダービーの特徴ではあるが)。
試合は90分でも決着がつかず、スコアレスのまま突入した延長96分に鐡戸裕史の決勝ゴールが飛び出す。その虎の子の1点を最後まで守り切った松本山雅が栄えある長野県王者に輝き、天皇杯本選への出場を決めた。その後、1回戦でJFLのFC刈谷を破ると、2回戦では浦和レッズ相手にホームでジャイアント・キリングを果たすことになる。その勢いに乗った松本山雅は、全国社会人サッカー選手権大会を優勝する。そして出場枠を勝ち取った全国地域リーグサッカー決勝大会(当時)でも快進撃を見せ、悲願のJFL昇格に至った。
2009シーズンの松本山雅はリーグ戦こそ不本意な戦績に終わったものの、天皇杯で格上から勝利を重ねたことで自信を取り戻し、一戦必勝のカップ戦で勝負強さを見せ続けた。あのシーズンにJFL昇格を果たせていなければ――。Ifを語ることに意味はないが、当時の地域リーグがチキンレースの様相を呈していたことを思うと、小澤修一選手の掲げているトロフィーこそ松本山雅の未来だったのかもしれない。

さて、この日に『グリーンシャワー』(※勝利のあとにピッチ上に緑色の紙テープを投げ込む企画。紙テープは危なくないように芯を抜いて、一つひとつ手作業で巻き直すというところにも熱が感じ取れる)が行われることを耳にしていた筆者は、どのような構図で写真を撮るべきか思案を巡らせていた。選手たちの喜びの表情は絶対に必要だけど、緑色の紙テープが降りしきる瞬間も押さえたい――。ならばゴール裏の壁に背中を合わせるほど密着して、『グリーンシャワー』の裏側から撮ろう!とひらめいたのが、この1枚だ。柿本倫明キャプテンの顔が隠れてしまったのは残念だが、わりと雰囲気のある写真が撮れたのではないかと自画自賛している。
(写真・文/多岐太宿)

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