森マガ

ある海外生まれ・海外育ちのプレーヤーの途中経過〜オランダでプレーする藤村ヘンリー光はどんな体験をしているのか〜

529日~612日に第48回モーリスレベロトーナメント(旧・トゥーロン国際大会)に参加したU-19日本代表には、香港生まれの前田ハドー慈英、スペイン生まれの高橋センダゴルタ仁胡が含まれていた。

 

日本人のグローバル化が進む中で、海外で生まれ海外のクラブで育つ選手がいる。かつては帰化選手が日本のサッカー界に大きな影響を与えたが、今後はそれに加えて海外生まれ海外育ちの選手が新たな刺激を加えるに違いない。

 

そんな海外で生まれ、海外で育ち、今はオランダのエクセルシオールU-15でプレーする選手がいる。14歳の藤村ヘンリー光(こう)は日本人学校に2カ月通った以外はインターナショナルスクールで学び、第一言語は英語で、日本語を学んだことはない。

通常の記事なら名字の「藤村」と表記するが、オランダでの呼び名であることと本人からの要望でここでは「ヘンリー」と表記する。

 

ヘンリーが一番長く日本に滞在したのは約2カ月。これまでの人生の半分をオランダで過ごした。香港で生まれ、マレーシアのジョホールバルからオランダに移り住み、オランダの中でもアムステルダム近郊からワッセーナー、ハーレム、ロッテルダムと移り住んでいる。

 

5歳のときに住んでいたマレーシアでは、アーセナルのサッカースクールと日系クラブのスクールの2つに通ったという。アーセナルのスクールでイギリス人に囲まれていたときは「楽しくサッカーしよう」という雰囲気だったが、日系のスクールでは上下関係があり、厳しい言葉を投げかけられるなど大きく違ったようだ。

 

一番の違いはシュート。シュートを狙うと怒られたが、アーセナルでは「僕がシュートを狙うと他の人たちもどんどん狙ってチャレンジしていた」と振り返る。そういう文化のギャップを幼くして経験した後、ヘンリーはオランダでの違いにも遭遇した。

 

最初は8歳のとき。プレーしていたアメリカンスクールの隣のクラブは決して強いチームではなかった。リーグでも一番下だったが別のクラブから「うちのクラブに来ないか」という誘いが来る。スカウトがヘンリーのプレーに目を止めていたのだ。

 

そのスカウト網の充実ぶりは特長だという。また「クラブに通えないような場所のプレーヤーもスカウトするんですが、そのときはホストファミリーも用意されています」と、体制がしっかり出来上がっている。

 

だがヘンリーは自分の家から通える一番強いクラブに入った。そこでは危うく失敗しそうになる。

 

連絡すると「練習に来てくれ」と言われ、ただの見学だと思って出かけた。だが実際にはセレクションだったのだ。「ずっとセンターフォワードです」という話にも「それは我々が決める」と返される。

 

それでも見事「合格した」という連絡と練習日程がメールで送られてきた。ところがヘンリーは家族と日本に出かけ、リーグ戦が始まる直前に帰ることにしていた。

 

すると「ヘンリーは本当にうちのクラブに入るのか」と大騒ぎになっていたのだ。オランダではたとえ8歳でもクラブ間を異動するとき、サッカー協会が管理して「移籍証明」が必要になる。両クラブ間で話は進んでいたのだが、肝心のヘンリーと連絡が取れない。関係者はどうなっているのか混乱していたという。

 

オランダに戻ったヘンリーには、ちゃんとセンターフォワードのポジションが与えられた。地域大会の決勝では決勝点を挙げ全国大会進出も決めた。ところが通っていた学校と合わなくて、別のインターナショナルスクールを探す中で、9歳のとき別チームに移籍することにした。

次のクラブもセレクションに合格。全国的にも名前が通っているクラブで、周りは全部オランダ人だった。同世代に身長193センチの選手もいて、チャージに「バスに当たった気がした」という世界だった。

 

最初は「種が咲いてない」という扱いで、半年経ったらBチームに落とされた。そこから3Bチームでプレーし、DFなどでもプレーする。そして暗い一面も経験した。

 

チームではヘンリーが唯一の有色人種。差別的な発言を浴びせられ、パスも回ってこない。

 

「そのときは、やっぱりすごいキツかったですね。パスが来なかったりとか……自分のプレーが出来なくなったりとか……辞めたい気持ちとか……ありましたね。でもサッカー好きだったんでやり続けて……自分を証明することしかできなかったです」

 

大人びているヘンリーが急に見せた涙だった。それでも戦い抜いたヘンリーはU-13のときにAチームに返り咲く。そしてU-14ではチームの得点王になり、オランダを4つに分けた地区代表に選ばれた。

 

地域選抜ではアヤックス、AZ、ユトレヒトのU-14とも対戦。すべての試合でゴールを挙げて「正直、そんなに遠い世界ではない」と思ったという。

 

2022年の夏からはエクセルシオールのU-15に移籍した。

 

「アマチュアとプロではマインドステップが違いますね。アマチュアだとシュートをして決まらないと『パスしろ』と言われますが、僕はシュートが得意なので、シュートしないでパスすると『なんでシュートしないんだ』と言われます」

 

最初は「パススピードが速すぎて迷子になってたんですけど、今は慣れました」という。

だがそれでもアヤックスのほうが「正直に言えば上」。ヘンリーはさらに飛躍を狙う。

 

「フェイエノールトの下部組織に入って18歳でプロになって、そこからイングランドを目指したい」。夢は大きく膨らんでいる。そしてその夢の対象は目の前にある。

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