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長崎サッカーマガジン「ViSta」

【連続企画】ORIGIN~ 第6回(前編)~ 幼少・中学期 ~ DF中村北斗

毎年、多くの選手がデビューし、同時にピッチを去って行くプロの世界。成功するのは、ほんの一握りという過酷な世界に、彼らはなぜ踏み出したのか?V・ファーレン長崎に所属する選手たちが、いかにサッカーと出会い、なぜサッカーを好きになったのか、その[ORIGIN(オリジン:起源、発端、源泉、源、原因、原点]に迫る連続企画第6回。今回は、J1第27節で長崎の選手として、初めてトラスタに立ったDF中村北斗の[ORIGIN]に迫る企画の前編。今回はサッカーにふれた幼少期と中学時代を取り上げます。

-北斗選手の中で、サッカーボールにふれた一番古い記憶は何ですか?
幼稚園で体育の時間にやったのが初めてですね。記憶にある一番古いのはそれっすね。先生が蹴って、それをGKだったのに足で止めて先生に「手で取って良いんだよ」って注意されたのを憶えています(笑)。まだサッカーを始める前の記憶ですね。もともとが野球一家でしたし。家の中でサッカーの話をすることはなかったし、親父とはキャッチボールしかやらなかったですから。

-そんな北斗選手がプロになろうと思うほどサッカーを好きになったのは、何かキッカケがあったんですか?
難しいっすね(笑)。幼少期をプロになるために過ごすような家庭だったので、最初から自分はプロになるもんだって、ずっと思ってましたから(笑)。好きになるとか、プロになりたいとかじゃなくて、自分はプロになるのが当たり前みたいな。だから、中学のときもクラブチームに入ったんですけど、自分としてはそれまで一緒にやってきた小学校の仲間と一緒にサッカーをしたいっていうのが本当はあったんですよね。でも進学先の中学校には指導者がいない。そうすると親父から「それじゃ、お前プロになれないぞ」って言われる。それでプロになるためにって、クラブチームに入ることを決めたりしましたから。


-なぜそこまで自分がプロにこだわるか悩んだりしなかったんですか?
中学生や高校生にとってはやっぱりプロスポーツ選手って一つの夢じゃないですか。そういう気持ちもあったし、何より小さい頃からプロになるもんだって、家庭に刷り込まれてましたし(笑)。何でプロにならなきゃいけないんだろうって、悩んだりすることはなかったですね。

-北斗選手は中学のときに一度、野球に転向していますよね。
クラブチームでサッカーをやってたんですけど、中学の県選抜に落ちたんですよ。それでまた親父から「お前、それでプロになれるの」って言われて、反発心も少しあったんで、「じゃあ、野球やるよ!」って9月くらいから始めましたね(笑)。でも、野球って11月にオフに入ってしまうんで、やることが筋トレや走ることばかりになるんですよ。それで「あれ、これじゃ意味ねえな。俺やっぱりサッカーの方が合っているのかな」って(笑)。それで親も「好きな方をやっていいぞ」って言うんでサッカーに戻りました。その後、国見高校から誘いの声がかかって、それでプロになる一番大きなチャンスを得ることができました。

(後編へ続く)

reported by 藤原裕久

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