長崎サッカーマガジン「ViSta」

【コラム】長崎サッカーの風景 『V・ファーレン長崎と三菱重工SC。そして親子の物語(安部真一・安部大晴)』

「安部さんの息子がスクールにいますよ」

そう聞いたのはずいぶんと昔のことだ。安部さんとは三菱重工SCの背番号10、安部真一のこと。長崎のサッカー界で「アベ」と言えば、V・ファーレン長崎の古いサポーターが阿部博一(2008-2010年 V・ファーレン長崎所属)さんを阿部ちゃんと呼ぶくらいで、それ以外では安部真一を指すことが多い。何しろ阿部博一さんも「安部さんは元気ですか?」と聞いてきたりするくらいである。

小学校の頃から青とオレンジをまとってプレーしてきたのは・・

「その子がスクールからU-12・U-15・U-18と来て、そのままトップチームに昇格して、バンディエラ(下部組織出身で、クラブを象徴する選手)になったらすごいな」

当時の私は少し感動しながら、そんなことを考えた。それから5年ほどたち、その子はU-15のキャプテンとなり、飛び級でU-18のプリンスリーグ九州に登録され、国体でも10番を背負い、そしてU-18に昇格して8月に2種登録選手となった。安部大晴のことである。

V・ファーレン長崎U18所属 安部大晴

V・ファーレン長崎U-15の歴代キャプテンは、U-18に昇格してきたので、彼がU-18に昇格するであろうというのは予想できたが、1年目で2種登録されるとまでは予想できなかった。即戦力というよりも、期待の選手に早い内から高いレベルを身近に感じてもらおうというのが主な目的なのだが、いざというときに、プロのピッチに立つ権利を認められたのだから大したものである。

選手としての大晴を一言であらわすなら「うまい選手」だ。
この年代の選手としては技術も安定しているし、何より判断が良い。無理をするべき場面と、そうではない場面の見極めが良く、チーム全体のバランスを考えてプレーができる。プレースタイル的には、90分無理をしてでも全力型という父とはずいぶんと違う。

その辺りについて、父である真一はこう語る。
「Jrユースに入るまでは僕自身、練習帰りなんかに、ああすれば良かったね、こうすれば良かったねって言ってたんですよ。だけどJrユースに入ってからは、親としてV・ファーレンのスタッフさんに預けたつもりなんでですね。親御さんの中にはサッカーに熱心で、応援して口も出すみたいな方もいるんでしょうけど、僕はもうサッカーに関しては任せますみたいな(笑)。あとは自分自身で考えて成長してくれればと思っていたんでですね。結局、最後は自分の向上心ですから。」

大晴がスクールやU-15にいた頃のV・ファーレンには、国体成年男子チームなどで一緒にプレーしたスタッフが大勢おり、冗談交じりに「お父さんのプレースタイルをまねするなよ(笑)」と指導したなんていう話を聞いたこともあった。

その話は父の真一も知っているそうで、「直接、お父さんは指導しないようにって言われました(笑)」と言い、大晴もそのアドバイスを「ちょっと参考にしました」と笑う。ちなみにそのスタッフはもうV・ファーレンには在籍していないが、大晴の二種登録の話を知って「僕の指導を守ったからだな」と笑っていたという。

そんな冗談も飛ばせるような長崎サッカー界の有名人を父に持つと、サッカーをやるにも難しさがあると思うのだが、当の本人は、あまり気にならないようだ。

「ここ(V・ファーレン長崎アカデミー)の歴代のスタッフはみんな、お父さんと絡んでいるのでありがたいです。まずはお父さんに感謝です(笑)。(原田)武男さん(U-18ヘッドコーチ)とか、小森田(友明U18コーチ)さんとか、お父さんと絡んでいる人が多くてやりやすかったし、去年の年末に武男さんがU-18のコーチになると聞いたときも嬉しかったですね。お父さんとも仲が良いので、そういう会話をしたりしました」

そう思えるのは、幼い頃から「安部さんの息子?!」と言われるのが当然の中で育ってきたからなのだろう。父の真一によれば普段からLINEなどでやりとりもあるそうで、遠くなく、近すぎずの良い距離感があるようだ。

V・ファーレン長崎U-18の原田武男ヘッドコーチと小森田友明コーチ

それだけに、大晴が2種登録となったときに真一はどう思ったのだろうか。そこについて訪ねてみると、やはり父として、嬉しさと心配の両方があったようだ。

「息子から連絡が来て、トップチームの練習に参加したっていうのは聞いていたんですよ。それで2種登録だってなって、それを聞いた時は嬉しかったし、おめでとうと言ったんですけど、そう言いつつも、J2で昇格争いをするチームのトップに入って大丈夫かなと(笑)。できるのかなと思ったり、良い経験にはなっているのかなと思ったりですね」

一方、大晴の方は父よりも野心的だ。トップチームの練習で球際や気持ちの強さを体感しながら、トップでの経験をユースで生かそうと考えているという。そして、ミスター重工の息子であるプレッシャーを「力に変えたい」と思っているのだと言う。

「自分が、安部さんの息子と呼ばれるんじゃなく、お父さんを大晴のお父さんと呼ばれるようにしたい。お父さんに負けないように・・ではなく、そこを超えたいです!」

そんな息子に父は、「そうなってもらえると嬉しいですけど、そう簡単な世界ではないと思っているんですよ」と言いつつ、「理想は大晴のお父さんみたいな感じで言われると、親としては嬉しいですよね(笑)」と本音をのぞかせる。

「我が子ながら、そういうところでやらせてもらえて、羨ましいですね」と父の真一が言う環境の中で、安部大晴はあと2年プレーする。その先に正式なトップチーム昇格があるのかは、まだまだ先の話で、誰にも確実なことは言えない。だが、そのときも現役を続けているであろう、ミスター重工を見たときに、私は周囲にこう言えたら良いなと思っている。

「大晴選手のお父さんがプレーしていますよ」

アカデミーやトップチームでは安部大晴の活躍を、社会人のサッカーでは安部真一の活躍を、そして、かつてV・ファーレン長崎と戦った安部真一の子が、V・ファーレン長崎を背負って戦う・・。そんな長崎サッカーにまつわる物語の一つを、楽しみにしていきたい。

父の安部真一は地域リーグでV・ファーレン長崎と戦った

reported by 藤原裕久

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