ニイガタフットボールプレス

【無料記事】ことばでワンツーvol.2~早川史哉選手との対話~①「あのとき、せめぎ合っていた思い」

いま、早川史哉選手はどこに立っていて、どのように前に進もうとしているのか。28番の現在地に向き合う「ことばでワンツー」。これは、史哉選手と対話をしながら歩もうとするインタビュー企画です。

■僕の話が一つのきっかけになれば

――6月26日から2021年3月31日まで、新潟市がん検診啓発アンバサダーに任命されました。(https://www.albirex.co.jp/news/57630/

「春先に、新潟市からそういうお話をいただきました。僕が若いうちにがんになって、アルビレックスが新潟で認知された存在で、新潟の若い世代にも関心を持ってもらい、受診率を上げたいということで」

――史哉選手には、こうした活動にはできる限り協力したい思いがあると思います。

「これまでも小児病棟の訪問など行っていましたが、同じような境遇の人たちとの関りがメインでした。逆に、がんを経験していないみなさんに向けて発信するチャンスは公式にはなくて、そういう意味では今回アンバサダーに任命していただいて、より多くの人に自分が経験したことを発信し、知ってもらえると思っています。さらにサッカー、スポーツを通して、より力になれれば」

――がんを経験していない人たちへの発信も、大事ですものね。

「学校訪問の際に、僕は病気のことにも触れています。だから、ある程度はがん教育という形にも入り込めていると思うんですが、アンバサダーの肩書をいただくことで、より活動の幅が広がると思っています。“この人は、こういう立場でサッカーをやっているんだ”というのを知ってもらうチャンスです」

【写真】新潟市のがん検診啓発アンバサダーに任命され、「活動の幅が広げられる」と史哉選手。

――アンバサダーとしての活動内容は?

「これからより明確になるんですけど、まず話に出たのが、がん教育として中学生から質問をもらって、それにビデオメッセージを返すというものです」

――がん教育。

「保健体育の一環ですね。アンバサダーとして活動していく上で、検診を受けてほしいと言う以前に、まずはがんという病気が決して他人事ではないことを知ってもらいたいです。

それから僕が小学校や中学校に行って話をすることで、生徒さんたちがその日、家に帰って家族と話すとき、それが話題になるかもしれない。今日、学校に白血病のJリーガーが来て、がん検診の話をしたんだよ、って。そうすれば、僕が直接、親御さんたちに会って話をしたわけではないですが、“念のために検診を受けてみようかな”という意識、関心が出てくるかもしれないし、それだけでも意味があると思います。

検診を無理強いはできないけど、僕の話が何かのきっかけになったり、早期発見につながれば。がんは発見するタイミングで、その後が大きく変わってくる病気です。僕の場合はサッカーをやっていて、たまたま血液検査で白血病が分かったんですけど。まさか、自分がそういう病気になるとは思ってもいませんでしたから」

■どんどん体が動かなくなって

――本当に、まさかという思いだったのでは。

「最初は風邪だと思っていました。何かウイルスが体内に入って、それで熱が出たり、だるかったり、リンパが腫れてるんだろうな、と」

――3年前、筑波大学からアルビレックス新潟に入ったタイミングですから、まずメディカルチェックがあり、その中に血液検査もあったわけですよね。

「そうです。1月初めのメディカルチェックで、血液の数値に異常はなかったんです。そしてキャンプがあって、新潟に戻ってきて、2月の末にリーグが開幕。ベルマーレ戦(J1第1節○2-1湘南)で先発して、でもその頃から疲れを感じるようになって……。

次のヴィッセル戦(第2節●3-6神戸)の後、ホテルに戻ったら寒気がして、ずっと毛布を被っていたんですけど震えが止まらなくて、まったく眠れませんでした。その頃から、だんだんのどが腫れて食欲もなくなって、体も動かなくなっていきました。練習でも後手を踏んじゃうから、達磨さん(吉田達磨元監督)に“何を高校生みたいな守備してるんだ!”と言われたり(苦笑)」

――当時は本当に、誰もが史哉選手が白血病だとは想像もしていなかったですからね。

「自分の体だから、自分がどんどん動けなくなっているのは誰よりも分かるんですけど、でも原因が分からない。経験したことがない状況に、恐怖感もありました」

――しかも開幕からCBとして試合に出続けていて、プレーヤーとしてそこは絶対に譲れないところだったと思います。

「病気が分かって入院する前は、先発こそしていませんでしたが、試合のメンバーには入っていました。ベンチ入りする以上は責任があるじゃないですか。試合に出たい、メンバーに入りたいと思っていても、それがかなわない選手たちがいるわけだから。そこで“体がだるい”、“体が動かない”なんて、言えなかったです。だけど心の中では、自分が全然動けないことは分かっていたから、“今はちょっとメンバーに入れてほしくないな”という気持ちも正直ありました」

(つづく)

[プロフィール]はやかわ・ふみや/ DF、28番、1994年1月12日生まれ、新潟県新潟市出身。170cm、68㎏。小針レオレオサッカー少年団→新潟ジュニアユース(現U-15)→新潟ユース(現U-18)→筑波大学を経て、2016年、新潟に加入。開幕の湘南戦にCBとして先発出場、リーグ戦3試合、カップ戦2試合に出場し、4月、急性白血病と診断された。昨年11月12日、契約凍結が解除された。

text by 大中祐二

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