タグ祭り!ライター大忘年会12/26(木)渋谷で開催

ニイガタフットボールプレス

【コラム:勝手に蹴りやがれ】「アウェイの栃木戦を終えて思うこと」


■夏がくるまでに

久しぶりに、このコラムを書きます。正直なところ今季途中から、書きたくなるようなインスピレーションがぴたりと湧かなくなっていました。実に久しぶりです。なので文体が変わっても、まあ許されるでしょう。当初は他のコンテンツと差別化するため常体で書いていましたが、今回は敬体です。そんな気分なのです。

昨日、アウェイで栃木SCに敗れ、チームの今季のJ1昇格は消滅しました。まず思ったのは、『この結果は、今日1試合だけで決まったわけではない』ということです。この思考は、あまり胸を張れることではないですが、長年にわたる残留争いの末にとうとうJ2に降格してしまった経験則として得られたものです。そして今季、新たに分かりつつあるのが、J1昇格を目指すとき、『9月に入ってからではもう遅い』です。

このあたりはまだ感触レベルで、精緻な言語化には至っていません。が、少なくとも夏までには昇格レースに参戦していないと、相当、厳しい。夏の移籍期間で切るべきカードは、すでにそのただ中にある昇格レースを勝ち抜くための勝負の一手であるべきで、昇格レース参戦のテコ入れ策としてではない。後者だと、もう手遅れなんだ。こうした感触は、これからずっと持ち続けると思います。

東京の出版社をやめて新潟に移住し、フリーランスのライターとなって11年。その多くは過酷な残留争いの渦中でしたが、残留争いにも昇格争いにも関係ない、こんな淡泊なシーズンは初めてです。もちろん選手たちは、めちゃくちゃがんばっています。こうして結果が伴っていないのだから、がんばりが不足しているのは間違いありませんが、それでもやっぱりがんばっています。現地で観戦された多くの方が、おそらく『やる気あんのかよ!』と感じたであろう、あの天皇杯の金沢戦も、選手たちは間違いなくやる気とともにがんばった。やる気がないわけないじゃないですか。あの試合に臨んだひとりひとりの立ち位置を考えれば。

■試合終了のホイッスルが鳴って

夏に舞行龍選手が新潟に戻ってきてくれて、以来、サッカーは劇的に良くなりました。昨日は栃木に対策を講じられてしまいましたが、ルーキーの秋山裕紀選手が今、存分にそのセンスとパス能力を発揮できるのも、舞行龍選手がチームに入ってからも、みなが努力、試行錯誤し、起こった化学変化あってのことだと僕は思っています。

シーズン終盤にきて目に見えてサッカーが良くなり、結果もついてくるようになったのには、ほかにもいくつかきっかけがある。変化がもう少し早ければ。そう思います。ということは、今季のJ1昇格に関しては時間切れだった、ということです。この点に関しては、さまざまな角度から検証が必要でしょう。

昨日の栃木戦の後、思ったもう一つのこと。それは、首里城の大火災でした。なぜそのような連想をしたのか。書き連ねていきます。

大学時代、文化人類学を専攻していた僕の研究フィールドは沖縄で、テーマはこの学問の王道である家族・親族関係。家族・親族について学ぶことは言語を学ぶことと同様に、それそのものを知ることを越えて、まるでいもづる式に文化についてのさまざまを吸収できる。まさに醍醐味です。

そんないきさつから、焼け落ちる首里城の映像には言葉を失うしかありませんでした。エスニックアイデンティティの巨大な核である首里城の焼失が、沖縄のひとびとにどれほどの衝撃と悲しみを与えるか、それを想像すると。

出火原因は何か。防火態勢はどうだったのか。いったい、どれほどの損失なのか。再建に、いったいどれだけの時間とお金がかかるのか。考えれば考えるほど、気の遠くなる思いがします。

そして思ったのです。鎮火後、出火原因や防火態勢、失われた貴重な文化財の数々……それらひとつひとつを調べることが、すでに再建作業であるのだ、と。ひとつひとつ、一分一秒に意味がある。この部分が、昨日の栃木戦後の思いに共鳴しました。

今季残り3試合。勝利を目指しての準備が合わせて3週間。ひとつひとつ、一分一秒がJ1昇格のためのものなのです。栃木戦が終了した瞬間から、昇格のために一分一秒、無駄にしてはならない。これは、ほかの誰でもない、自分自身に言い聞かせていることなんです。

reported by 大中祐二

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック