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【頼もう、感想戦!feat.小川佳純】~第18節・ファジアーノ岡山戦~vol.1「監督ズミさんの近ごろ&試合の入り方」

議論の余地のあるレフェリングによって、苦杯をなめた第18節の岡山戦。しかし結果が覆ることはないですし、次につなげるためには内容を振り返る必要があります。そこで小川佳純さんが登場! イントロダクションとして、まずはズミさんの近況をお届けします。今回の感想戦は5回の予定です!!

■直近の試合と違いはある?

――FCティアモ枚方は、土曜日(12日)のFC刈谷戦に4-1で勝利して3連勝。おめでとうございます。

「ありがとうございます」

――ヴィッセル神戸で長らく活躍した田中英雄選手が右ひざを大けが(前十字靭帯断裂で全治約6~8カ月)するなど、けが人が出ている中での連勝です。

「そうですね。刈谷戦のフィールドプレーヤーでいうと、ヨンチョルと先制点を決めた松本孝平(元名古屋グランパス)の2トップ、サイドハーフの小谷健悟(前ギラヴァンツ北九州)は元Jリーガーでしたが、それ以外は若い選手が中心で。サブメンバーも、めちゃめちゃ若かった」

――選手をやりくりしながらも、勝ちを積み重ねていくというのは、プロセスとしてとても重要ですね。刈谷戦は先制して追加点を奪い、1点差に追い上げられたけれど、突き放して勝利、という試合でした。

「後半、すぐに失点したのは良くなかった(48分)。後半が始まる前に、後ろの何人かの選手に、『万が一、先に向こうに点を取られて2-1になっても慌てるな。それでもこちらがリードしているから。グラッとするな』と伝えて送り出したんです。そうしたら、3分で失点してしまって…」

――おお…。

「逆に、余計なことを言わない方がよかったんじゃないか? と思いましたよ(苦笑)。でも選手たちはバタバタすることなく、しっかりプレーしてくれました」

――ズミさんにとっても、チームにとっても、初めてのJFLへのチャレンジです。シーズン3分の1まで進んで、ここまでの戦いをどう捉えていらっしゃいますか?

「力の差がないリーグだと感じます。各チームとも拮抗していて、ここまでやって負けた相手でも勝つチャンスはあったと思うし、逆に勝ったチームでも負ける危険性があった。いってみれば、今のJ1の川崎フロンターレのような、リーグに一つだけ飛び抜けたチームがある、という状況ではないですね。

だから、やり方次第で勝っていけるし、集中力を欠いたり、自分たちから崩れてしまうと、どこが相手でも負ける可能性がある。そういうリーグです。

自分のマネージメント次第で、今のうちの選手でも十分、上位で戦っていける。だからこそ、自分自身がとても試されているという感覚ですね」

――そのときの順位が試合の内容や結果に反映されるわけではない、というのは、まさに岡山戦にも言えることですね。J2も力が拮抗した、とても難しいリーグです。

ところでズミさん自身、監督として試合に臨む上で、相手をスカウティングしてから臨まれるわけじゃないですか。

「はいはい」

――いざ試合が始まると、その瞬間から、状況を素早く分析しながら戦っていくことになると思います。監督として、どういうところに注目しながら、試合の序盤を戦うんですか?

「まず僕は、前の試合とその前の試合の2試合は、最低でもフルタイムで見ます。そこから相手の分析がスタートするんですね。それでその2試合と、自分たちとの試合とで、相手が違うことをしてきたかどうかを、まず確認する。メンバーが変わっていたり、システムが前の試合と違っていないか、といった」

――なるほど。

「メンバーのところは、試合が始まる前にメンバー表を見たら分かりますよね。『あ、何人か変えてきてるな』とか、『前の試合と一緒だな』とか。それで試合に入ってみて、『じゃあ、ほかに直近2試合と違うところはあるのかな?』という具合です。相手を分析して、試合に向けての準備で選手たちに特徴を伝えているので、そこに食い違いがあれば、再検討してできるだけ早くピッチの中に伝えないといけない。

でも、そこまで極端に違いがあるということはないですね。ずっと4バックだったチームが、突然5バックになるとか、それまでやっていなかったのに、試合が始まると極端に引いてくるとか、前からプレッシャーに来るとか。だからここまでは、急なプラン変更に迫られることなく、思い描いた通りの試合の入り方ができています」

(つづく)

【プロフィール】小川佳純(おがわ・よしずみ)/1984年8月25日生まれ、東京都出身。現役時代はサイドハーフ、セカンドトップ、トップ下といった攻撃的なポジションに加え、ボランチでも抜群のサッカーセンスを発揮するMFとして活躍した。市立船橋高3年時に選手権で優勝、決勝の国見戦で決勝点を挙げた。明治大に進学し、07年に名古屋に加入。11得点を挙げた08年、ベストイレブンとリーグ新人王をダブル受賞。10年、J1優勝。17年、鳥栖に移籍し、17年8月、新潟に期限付きで加入した(18年に完全移籍)。19年いっぱいで現役引退。20年に関西1部のFC TIAMO枚方の監督に就任し、JFL昇格に導く。今年も引き続き、FC TIAMO枚方の指揮を執る。

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