nines WEB

コラム「野球一考」WEB版 「日本の投手育成方法を参考に」  赤池行平

【コラム】野球一考 WEB版
東京国際大専任講師 赤池行平

「日本の投手育成方法を参考に」

福岡ソフトバンク・ホークスのカーター・スチュワート投手が、オープン戦で頭角を現しつつあります。彼は2018年のMLBのドラフト会議で1巡目指名を受けるも、諸事情で契約には至らず、昨年のシーズン中に日本のソフトバンク・ホークスと契約した選手として注目を集めました。

MLBのドラフト1巡目指名という、最高峰のリーグで将来を嘱望されながらも、日本でプロのキャリアをスタートさせる決断をした初めての選手だったからです。米国生まれの有望選手が、そのような異国の地でキャリアをスタートする決断をしたということは、イチロー選手やダルビッシュ投手、そして大谷選手の活躍で、日本の野球のレベルの高さが徐々に認知されてきたという証でもあると思います。

私は大学時代に何回かアメリカの学生チームと試合をした経験から、投手に関しては日本の方が全体的に質は高いと感じていました。しかし、米国生まれで、小さいころからMLBの野球を見て育ってきた白人選手が、日本の野球の投手育成理論にアジャストできるのだろうかと、内心懐疑的に見ていました。

下半身の「タメ」を生かして、体全体を柔らかく、ムチのように使って投げる日本人の投手(アジア系人種はこのタイプ)に対し、アメリカで育成された投手(特に白人の投手)たちは、下半身は使うものの、どちらかと言うと先天的に強い全身の筋力を生かして投げるスタイルをとります。

もっと専門的に表現すると、ステップした足が着地してから体重移動をするように指導される日本人の投手に対し、白人系の投手はステップ足が着地したと同時に体重移動を完了させ、その着地脚を「つっかえ棒」にして腕を振ってくるタイプが多くいます。

これはどちらがいいとは言えません。その白人系タイプの代表的な投手が、昨年12月に日本の学会に出席するために来日した、トレバー・バウアー投手でしょう。MLBの投手でも、元ヤンキースの偉大なストッパーだったマリアーノ・リベラ投手は、どちらかというと日本人の投手に近い体の使い方をしていた選手です。おそらく小さいころから見てきた野球スタイルが、その選手のプレースタイルに影響を与えるはずですから、ホークスのスチュワート投手が日本式にアジャストすることに、いささか不安を感じていました。

昨年来日してからのスチュワート投手の登板内容は、球は速いものの制球力が低く、一軍のレベルには達していませんでした。ただ投げ方に関しては、白人系投手独特の、ステップしてからすぐリリースしてしまうのではなく、右脚に体重を残したまま、「ステップしてから体重移動」をしようをしている意識が感じられるものでした。

来日前の、彼が学生時代の映像では、典型的な白人選手の体の使い方をしていたため、ホークスで日本式を吸収しようとしている姿勢を感じました。どのような指導を受けたのかを私は知り得ませんが、球の速さだけでは通用するはずもありませんから、いかに制球力を高めて試合を作れるかという指導を受けていたのではないかと、私は推測しています。

そして今年のオープン戦での、ある程度試合を作るレベルにいたった彼のパフォーマンスを見たとき、日本式の投手育成方法にフィットしていることを感じました。左脚を上げてすぐ着地するのではなく、右脚に体重を残しつつ、ステップするまで時間をかけて左脚を打者方向にもっていく動作は、日本の野球界が投手を育成する方法の特色と言えるものです。

確かにアメリカの投手指導理論にも、軸脚(右投げならば右脚)に体重を残してステップする方法を唱える方もいます。

しかし、アジアの野球、特に日本においては、上半身の筋力の無さを補うため、下半身で貯めた力をいかに有効に上半身に伝えていくかが重視されているため、投手育成の現場では、「着地してからの間」を特に指摘されます。オーバースローで投げる場合は、この間があるからこそ、腕が無理なく引き上げることができるのです。逆にこの間が無い投手は、肘が下がる傾向にあります。

ただ、見た目で肘が下がっていても、これだけで悪いとも言い切れません。現役で言えば日本ハム・ファイターズの堀瑞樹投手(左投げ)は、ステップ脚の右脚を地面につけたらそこを「つっかえ棒」にして腕を振ってきます。そのため、どちらかというと肘の位置が低い、サイドスローに近いタイプです。両肩を結んだ肩のラインから、肘の位置がそれほど大きく下がっていないので、肩にかかる負担は大きくないと考えられます。体幹部の回転と腕の振りが理論的にマッチしていれば、肘の高さはそれほど問題にならない典型例です。

いずれにしても、全員がそうではありませんが、ステップ→体を開かず体重移動(これが間になります)→上体の回転→リリースという動かす順序は、広く日本の投手育成における、土台になっている考え方であることは間違いありません。

ここが、体力的に未完成な高校生以下の選手に理解ができない部分でしょう。体の発揮出力が低いために、挙げた脚を着地した反動でそのまま投げた方が、球の勢いがつくような感じがするためです。反動で投げるために、確かに球速はそこそこ上がりますが、制球力は安定しません。「たまたまハマった時」はストライクゾーンにいい球が来ますが、周囲の人間はそんな「たまたま」を誰も待ってくれません。

この「着地してから体重移動」する動作は、股関節の可動域と下半身全体の強さが求められるため、高い負荷がかかります。下半身に負荷はかかるものの、反動を使っていないので「物足りない」と感じてしまうのでしょう。「ピッチャーは球の速さだけはなく、制球力が大事だ」と頭では分かっているものの、どうしても反動をつけて「物足りたく」なってしまうのです。

スチュワート投手も学生時代のMAXは157㎞ということでした。また、最近の高校野球でもMAX150㎞という投手が多くなってきていますが、彼らが大学・社会人・プロに進んで、すぐに使えるかというと必ずしもそうではありません。いくら球が速くても、ストライクがとれなければ、それはナイスボールではありません。昨夏の県準優勝校、伊那弥生ヶ丘高校の藤本投手は記憶に新しいですが、彼こそ球の速さではなく制球力で試合を作った好投手です。

世界各国の野球事情は違いますから、その国独自の育成方法はあります。しかし、日本の野球界が何年もかけて培ってきた投手育成のノウハウは、世界に誇れるものではないかと思っています(改善すべき部分もあることは確かですが)。そして、せっかく質の高い投手育成メソッドがあるのですから、これはポジションを問わず「投げる」という動作の改善に生かすべきではないかと、私は考えます。

万人に当てはまる絶対正しい理論などというものはありませんが、ステップ→上体を開かず体重移動→上体の回転→リリースという動作順序は、すべてのポジションにとって正確に強く投げるために大いに有効な考え方だと、私は思っています。

<あかいけ こうへい>
長野市出身。長野高―慶大卒。早大大学院修了。トレーナー資格のCSCSとNSCA-CPT取得。セガ―サミー野球部トレーニングコーチ、東京国際大野球部コーチを歴任。

 

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ