W杯ベスト8には「従来の日本を超える」ことが必要【本の感想】西部謙司「サッカー最新戦術ラボ ワールドカップタクティカルレポート」(Gakken)
●ジャパン・ウェイ(?)
えー、本の感想ではありません。恐縮です、宣伝でございます。2018FIFAワールドカップ ロシアのベスト8(ロシア除く)と日本、スペイン、ドイツ、アルゼンチンについての分析が載っています。ロシア大会もすっかり過去な感じですが、ここらで落ち着いて振り返ってみるのもいかがでしょうか。図版も多く載せていますが、録画された方はそちらでチェックされるとなお味わい深いかと思います。
森保一監督率いる日本代表の初試合が行われ、コスタリカ代表に3-0で快勝しております。メンバーが一新されたにもかかわらず、何となくロシアW杯のプレースタイルが継承されていたのが不思議なところです。誰がプレーしても日本のスタイルというものを表現できるようになったのかもしれません。というか、たぶん、もともとできたんだと思います。ロシアW杯で方法に気付いただけで。
ポイントはフワッとまとめる。あるいは「できることを全力でやる」。こういうプレーをするのだと、明確に何かを掲げるのではなく、大まかなコンセプトにして選手に判断を任せてしまう。あら不思議、そうすると自然にまとまる。
例えば、速攻か遅攻か。試合中に頻発する判断です。ヴァイッド ハリルホジッチ前監督の時は、可能な限りDFの裏へ蹴れという方針がありました。しかし「可能な限り」の部分に監督と選手で判断のギャップがありました。ハリルさんの、ベスト16入りにはコレが必要だという見識はそれとして、監督の方針という縛りを取ってしまった方がコンセンサスは取りやすかったわけです。方針がない方がむしろ統一感が出る。何だが矛盾しているようですが、日本選手はかなり均質性が高いので放っておいた方がまとまる、ということでしょう。まあ全てがこれでいいとは思いませんが。
スウェーデン人に「スウェーデンっぽいよね」と言っても、たぶんピンと来ないでしょう。スウェーデン人にとってはあれが普通のサッカーだからです。あれ以外のサッカーをやれといっても「できん」と言われて終わりそうです。日本はこれまで何かのモデルを追い求めていました。外国人監督が「こういうサッカーするよ」という方針に従ってきました。自分たちにないものを求めてきた。そうしないと勝てないと思っていたからです。
ところが、ロシアW杯では時間がないこともあり、「できることを全力でやる」をやってみたら短期間で日本らしいサッカーができてしまった、というわけで。コスタリカ戦も時間がなかったのですが、日本らしいプレー、ロシアW杯っぽいスタイルでやれちゃった。
ただ、これだけだとW杯ベスト8はたぶん難しいんですわ。
●多様性との戦い
ロシアW杯で優勝したフランスは日本とは対照的な多様型のチームです。
アフリカ選抜的な構成でしたが、フランスにおける移民系の人口は全体の20パーセント以下です。ところが代表チームは半分以上が移民系。クラブチームもそうです。1950年代に強かった時から、すでにアルジェリアや東欧の移民がいたのですが、一気に増えたのは1998年大会で初優勝したチームでした。全寮制のアカデミーを整えたら、移民系が台頭したという流れですね。
いろいろな出自の選手がいますから、あんまりフワッとまとめるとコンセンサスが取れません。かといってガチガチにプレーモデルを固めるのもよろしくない。なぜかというと、それをやるとせっかく多種多様である個性を矯めてしまう結果になるからです。
例えば、多民族かつ自由の国であるUSAですが、サッカーに関してはけっこうガチにプレーモデルを固めてしまいます。その結果、全体が小さくまとまってしまう。フランスやベルギーみたいに、高いのも強いのも速いのもいろいろいるでよ、というメリットをいまいち生かし切れていません。
一方、今回のフランスでいうとオリビエ ジルーの控えがいません。というかセンターフォワード(CF)自体、バックアップがいない。高くて強い系はジルーだけ。劣化版のジルーならいらないのでしょう。つまりジルーありき。ジルーでないならキリアン エムバペ、あるいはアントワーヌ グリーズマンのCFです。タイプが全然違います。だから誰が出ても同じということはありえない。違う選手がプレーすれば違うチームです。
まあ、それだけなら個の集まりになってしまうので、個と個をつなぎます。ペアを作り、できればトリオを作る。で、それらのパーツをつないでチームにする。例えば、ジルー+グリーズマンならロングボールの落としからの攻撃ができる。ポール ポグバとエムバペでカウンターを打てる……。
あらかじめこうしよう、というプレーモデルはない。個性の組み合わせです。この方が個を生かせて多様性も生かせるわけです。ベルギーもそんな感じ。ドイツは多様性を残しつつ、プレーモデルを固めるというアクロバットをやろうとして失敗しましたが。
ともあれ、攻めるし守れる。高さ、うまさ、強さ、速さをひと通りそろえている。そういうチームとラウンド16で対戦する確率は50パーセント以上あるでしょう。そうなると均質型の日本みたいなチームは、例えばベルギーに空爆されるとキツイわけで。ただ、そこを破らないとベスト8やベスト4には行けませんから、ジャパン・ウェイの追求だけではどうにも足りん、ということになるわけです。
●均質型の最高峰はスペイン
ロシアW杯で各国がどんなチームで、どんな背景があってどういうチーム作りをしたか。それをまとめたのが今回の拙著です。
日本と同じ均質型としてはスウェーデン、アイスランド、メキシコ、スペインがありました。プレースタイルはそれぞれですが、均質的という点では同じ。均質型の最高峰はスペインだと思います。
同じようなMFを並べてパスワークとハイプレスに特化した、ハンドボールみたいなスタイルでした。長所だけで勝負。ボールは自分たちにあるから短所はあんまり気にしない。強かったのですがベスト8には残れていません。優勝してたら世界のサッカーが変わったかもしれませんが、そこまでの力はなかった、ということでしょう。パラダイムシフトはだいたい20年周期なので、前回にスペインが起こしてからまだ10年ですからね。早すぎたのかもしれません。
スペインでも厳しいとなると、ほかはなおさら。メキシコもずっとベスト8の壁を破れませんからね。日本にとってもベスト8の壁はけっこう高いと思います。「できることを全力でやる」が、「できんものはできん」につながると進歩できません。ジャパン・ウェイには従来の日本を超えるという考え方を含めないといけないと思います。