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【無料記事】ワールドカップ開幕直前連載02・列強国のプロフィール『スペイン』(2012/09/19)

レポート◆座間健司


1998年に代表デビューしてからスペイン代表のゴールマウスを守り続けたルイス アマド。2012年の欧州選手権優勝を置き土産にスペイン代表を引退した。“世界最高の選手”がゴールマウスからいなくなったスペイン。果たして今大会のワールドカップにどんな影響を及ぼすのか?

2008年のスペイン

左利きの二重国籍を持つブラジル人のシュートがフランクリンにセーブされた瞬間にスペインの3連覇の夢ははかなくく散った。2008年のワールドカップ決勝、過去2大会を制覇していたディフェンディングチャンピオンは決勝でブラジルと対戦。2度もリードされながらもスペインはトーラスの強烈なシュートとパワープレーで食らいつく。そして同点のまま決着は延長戦でもつかず、PK戦へ。そのPK戦では11番をつけたマルセロのシュートがセーブされ、3-4で敗れてしまった。

2008年のスペイン代表は前任者のハビエル ロサノが創りあげたスペインフットサルの“モデル”をさらにベナンシオ監督が戦術的に洗練させたチームだった。

現在スペインリーグ会長のハビエル ロサノは1992年に代表監督に就任するとスペインを強豪国から世界王者へと変ぼうさせた。個人能力を押し出すブラジルとは違い、堅いディフェンスとコレクティブなパスワークをベースにした新たなフットサルの“モデル”を構築し、2000年、そして2004年に世界王者のタイトルを獲得。2004年はファルカンという稀代のスーパースターのタレントを全面に押し出して戦うブラジルをディフェンスと持ち前の組織力で粘ってスペインは勝利した。このゲームはまさにスペインが持つ独自の“モデル”の真骨頂と呼べるものだった。

2007年の秋、スペインに確固たる“モデル”を植えつけたロサノの後任についたのがセゴビアやロベージェにタイトルをもたらし、名将とたたえられていたベナンシオだ。

戦略家として知られる彼が代表監督に就任したことにより、ロサノが築き上げたスペインフットサルはさらに洗練される。ピヴォを置かないクアトロ-ゼロというシステムだけでなく、スペイン国籍を持つブラジル人ピヴォであるマルセロやフェルンナンダウを起用する3-1のシステムも併用するようになった。またパスワークも洗練された。ベナンシオのスペインは攻撃の過程がはっきりしている。フィニッシュの場面で誰の武器を使うのか。コレクティブにプレーをしながらも、皆が皆、それぞれが持つ長所を最大限に引き出そうと攻撃を組み立て、パスを回す。

さらにベナンシオは徹底的に相手チームを研究する。大きな大会ではスペインが戦わない会場でもビデオだけを録画するスタッフがいる。対戦相手のプレーを徹底的に研究し、選手たちにトレーニングを通して、その国と対戦するときにどんなことをすべきかをシンプルに伝える。

ベナンシオは相手チームを研究するなど戦術をより綿密にし、そして各選手の長所をより効率的に引き出し、ゴールの生産性を高めていた。

2008年のスペイン代表チームは戦術、戦略的には大会中、最もモダンなチームだった。

昨季のスペインリーグMVPのスペイン代表セルヒオ ロサノ。ユースでプレーしている時代から“スペインの将来”といわれた選手は順調に成長し、2012年の欧州選手権決勝ではロシア相手に2得点を奪い、スペインに欧州王者のタイトルをもたらした。強烈なシュートと迫力あるドリブルからスペイン国内のテレビ放送では実況アナウンサーから“バッファロー”と呼ばれている。

2012年のスペイン

今回のワールドカップできっと最もモダンなチームといわれるであろうスペイン代表。王座奪還に挑む今のチームは若い。2012年2月に行なわれた欧州選手権を制覇したチームには23歳のセルヒオ ロサノ、アイカルド、24歳のミゲリンら初めて国際大会に挑んだ選手たちが活躍した。彼らは戦略的な動きの中で自分たちの長所を思う存分発揮する。また若く運動量も豊富でディフェンスも最前線から追いかけ回すなど2008年のチームに比べて、バイタリティがある。セルヒオ ロサノは大胆で破壊力のあるシュートを放ち、ミゲリンはその機動力で攻撃に迫力をもたらす。彼らタレントがベナンシオが用意した戦術、戦略の中で生き生きと躍動してる。スペインは洗練かつダイナミックなチームへと変貌した。メンバーの顔ぶれは変わったが、ベナンシオ監督が就任してからスペインは時を経るごとにさらに強くなっている。世代交代を進め、なおかつチームの力が高まっているのは世界広しといえど、スペインしかないだろう。ベナンシオのチームづくりには脱帽だ。

そんなスペインの不安要素を強いて挙げるとすれば、世代交代により豊富な国際経験を持った選手が少なくなってしまったことだ。ハビ ロドリゲス、ルイス アマド、そしてダニエルらフットサル史に残る名手が代表を引退した。現在の代表チームで世界王者になったことを肌で知る選手はキケとトーラスの2人だけとなってしまった。ただ現在のチームの大半のメンバーは欧州選手権やブラジルで行われる国際グランプリを制覇しているので経験の心配はないだろう。

僕が唯一、ウィークポイントとなるかもしれないと考えているのはルイス アマドの不在だ。スペインには優秀なゴレイロが多くいる。その実力はルイス アマドに勝るとも劣らない。しかし“世界最高の選手”とたたえられたゴレイロの代表引退がライバル国に勇気を与えてしまう可能性もあると僕は考えている。というのもある選手との会話を思い出したからだ。

2007年欧州選手権の決勝前日だったか。元イタリア代表のキャプテン、ナンド グラナとホテルで雑談をしていたときに彼はこういっていた。“ゴールマウスにルイス・アマドがいると思うと、余計に力が入り、決まるシュートもきまらなくなってしまうことがある”と。ナンド グラナによるとブラジル代表選手たちもルイス アマドの存在がちらつき、無意識に力んでしまうという。それくらいルイス アマドの存在は相手チームの選手にとっては大きな存在となっていた。所属チームのインテルやバルセロナで証明しているように現スペイン代表のゴレイロ、ファンフォやクリスチャンはルイス アマドと同等のスキルを持つ。ただスペインフットサルに黄金期をもたらした実績とその経験から醸し出される相手チームの選手を萎縮させる風格はルイス アマドにしかない。世界に何千、何万というゴレイロがいても、そんな存在感を持つゴレイロはルイス アマドしかいない。スペインは実に14年ぶりに偉大なゴレイロを欠いて、ビッグイベントに挑むが、彼の不在はスペインに、そして大会にどんな影響を及ぼすのだろうか。

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