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ピヴォ編集長・山下日記(3/11〜19) 『諸江剣語の涙に思わずもらい泣きしてしまった』(2013/3/19)

3月11日(月)

2011年3月11日。2年前のこの日は僕にとって忘れられない日になった。PUMA CUP 第16回全日本選手権決勝ラウンド第1日が代々木第一体育館で開かれた。編集部から2人のスタッフを会場へ送り込んでいた。2人は、第1試合終了後に選手の囲み取材に臨もうとしたときに激しい揺れに見舞われ必死に逃げ惑った。ケガがなかったことが幸いだった。

僕はそのとき編集部で、リストラにあい50代にして就活中のサッカー仲間と記事校正をしていた。激しい揺れ。バックナンバーやDVDなどが一斉に床に崩れ落ちた。でもそれだけですんだ。決して上等なテナントビルではなかったが思いのほか丈夫だったようだ。

その後、大会は中止となった。全日本選手権の記事を掲載するために発売日を伸ばしたその号は当然のことのように極めて不完全な形となるところだったがスペインのスタッフのフォローでページは埋めることができた。しかし東日本という日本の半分のマーケットを失いその号の実売率は悲惨なものとなりそれがその後に大きな影響を及ぼしこの年の9月15日発売号を最後に店じまいした。11年間の蓄積を無にしかねない決断は辛かったがほかに道はなかった。自分の能力のなさが3.11を契機に一気に噴出してことになってしまった。きれいごとをいうつもりはなく休刊に至る要因はそこにあると思っている。

 

 

3月14日(木)

迷惑メールとして危うくゴミ箱に捨てるところだったが件名の「PUMA CUP」の文字に気づいて開いた。PUMA CUP事務局からのもので、「取材申請内容について協議した結果、カメラマンとしではなくプレスとしてのみ3日間の取材を認めます」という趣旨のことが書かれている。あれ、FAX申請時に電話確認したときはOKといっていたのに。でも待てよ。申請最終日になって「カメラマン1名追加申請」したのだが、そういえば、インターネットサイトは「カメラマン1社1人」が原則と聞いたことがある。ここにも取材申請などをスタッフにやらせ他人まかせにしてきたツケがまわったきた。その後、事務局から電話でフォローもいただき了解と答えた。

 

 

3月15日(金)

全日本選手権が幕を開けた。カメラマンとして写真を撮る機会を失った僕は代々木の最上階にあるプレス席から3日間、ゲームを見ることになった。僕は普段、選手に最も近いピッチサイドで、それこそ相手の足がすね当てを蹴りあげる音や、

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