久保憲司のロック・エンサイクロペディア

アラン・トゥーサンが亡くなった (久保憲司) 【ロック時事放談】 

サザン・ナイツ

アラン・トゥーサンが亡くなった。

僕がニュー・オリンズの音楽を意識しだしたのはロンドンをとおしてだ。それまでぼくにとってニュー・オリンズの音楽はヒッピーくさい、絞染めの人が「セカンド・ライン・イェーイ」という音楽で、ケッと思ってた。

ローザ・ルクセンブルグ(ポスト・パンクな政治的な名前なのに)が、ボ・ガンボス(ひねりなしやん)となったのを「あーあ、ヒッピーの方に行っちゃた。」と思っていた。今でいうスピッちゃった、ふんどし系にいったなということだ。

London Calling間違っていたのはぼくでした。どんとさんが正しかった。なんでクラッシュボ・ディドリーをアメリカ・ツアーの前座に起用したのかぼくはまったくわかっていなかったのだ。

『ロンドン・コーリング』というアルバムが、どれだけニュー・オリンズなアルバムなのかぼくにはまったく分かっていなかった。
カナダ人のザ・バンドがアメリカのルーツ・ミュージックを探す旅に出たようにパンク・バンドのクラッシュもアメリカを探す旅に出ていたのだ。

スージー・アンド・ザ・バンシーズがザ・バンドの「ディス・ウィールズ・オン・ファイヤー」をカヴァーをしていて、パンク・バンドにもザ・バンドがどれだけ大事なのかぼくには分かっていた。でもね、それはこの手のバンドのサイケな部分にリンクしているのかなと思っていた。

 

 

『ロンドン・コーリング』が完全にドクター・ジョンの完コピやんと気づいた時はびっくらこいた。

 

 

 

これを最初に聞いた時は涙した。

なんでかな、ラモーンズの不良を追い求めていた人たちが、その昔にもスタッガー・リーという不良がいたとそちらを追い求め出した。そういうのって大事だと思うんだ。

ミック・ジョーンズもアラン・トゥーサンを完コピしている。

 

 

 

アラン・トゥーサンの名盤「Southern Nights」の 「Basic Lady」聴いてみて、15分19秒からだよ。

サザン・ナイツ アラン・トゥーサンのこのアルバムは完全に後期ジョン・レノンですけどね。

でも、みんな衝撃やったんやろな、ロックンロールというのはスコットランドやアイルランドからの音楽が、新大陸でアフリカと出会って生れたと思っていたのに、アメリカの南部から入っていった音楽はヨーロッパの闇というか、自分たちが忘れていたものを呼び起こしてくれたというか。きっとそういうことだったんだと思う。

60年代からニュー・オリンズの音楽はカヴァーされていたんだけど、なんかちょっと他のR&Bとは違うぞくらいの感じだったんでしょう。

僕はフーがやっているのが大好きでした。ライブ盤の傑作、そして、ライブ盤名盤ベスト100があったとした絶対1位になること間違いなしの『ライブ・アット・リーズ』からです。

 

 

この曲の原曲はベニー・スペルマンという人がやっていて、彼の曲を作っていたのがアラン・トゥーサンなんです。

 

 

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tags: Allen Toussaint Benny Spellman Bo Diddley Ramones Siouxsie & the Banshees The Band The Clash The Who ボ・ガンボス ローザ・ルクセンブルグ

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