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久保憲司のロック・エンサイクロペディア

『ジギー・スターダスト』 ・・・デヴィッド・ボウイはこうして日本に来ることになったわけです (久保憲司) 【ロック、ホントはこんなことを歌ってます】

Rise & Fall of Ziggy Stardust: 40th Anniversary

 

ロックの名所に行って、写真を撮るというのはロック・ファンにとってはとっても楽しいことだと思います。今だとみなさんが一番やりたいのは、デヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』のジャケットのあの場所、Heddon Street に行って、あのポーズで写真を撮るということだと思うのですが、でも、皆さんなんで『ジギー・スターダスト』があの場所でなんで、あんな写真を撮っているか分かりますか、しかも夜に?なんでギターも持っているか?

 

 

僕が子供の頃は『ジギー・スターダスト』というアルバムは、『屈折する星屑の上昇と下降、そして火星から来た蜘蛛の群』というすごいタイトルがつけられていて、誰もがSFのコンセプト・アルバムかと思ってました。宇宙人が突然ロンドンの街に落ちてきて、途方にくれているシーンなのかかなと思ってました。なんで宇宙人がギター持っているねんと?マークでした。「スターマン」なんて曲も入ってますしね。一曲目「5イヤーズ」は地球は後5年で滅亡すると宣言された中での風景描写という切ない曲ですし。ほとんどの人がそう思っているんじゃないでしょうか。

ロンドンに行って分かったんですが、あれって、コンサート会場の楽屋口のイメージなんです。コンサート会場の楽屋口の通りって、みんなあんな寂れた感じなんです。ジギー・スターダストという頭のいかれたロック・スターがカメラマンに「本番前に写真を撮らせてくれ」と言われて、楽屋は人でいっぱいだから、じゃ、楽屋口で写真を撮るかというロック・スターのよくある光景なんです。

ボウイ=ロック・スターというイメージがありますけど、実はボウイって、ロック・スターに憧れた人なんです。憧れたというか、なりたかったけど、自分がなりたいと思った時にはミック・ジャガー、ピート・タウンゼントなど先人がいたので、自分はどうしようと右往左往した人なんです。パント・マイムやったり、女装で歌うのはどうだろう、そうやって自分のキャラを考えている時に、街でジギー・スターダストの原型となった頭がおかしくなったビンス・ティラーというロック・シンガーを何回か見かけて、頭のおかしなロック・シンガーが大衆をコントロールしたら、面白いんじゃないかというアイデアを思いついたんだと思います。

 

 

ヴィンス・ティラーはクラッシュもカヴァーした「ブランド・ニュー・キャデラック」で有名な英国のジーン・ヴィンセントみたいなロックン・ロール・シンガーで、LSDのせいで頭がおかしくなった人です。ステージに出たくないとステージを拒否したら、照明が落ちてきて、命が助かったといいう偶然から、自分は予知能力があると思ったみたいです。

まさにジギー・スターダストの

無理して、ギターを左で弾いたら、彼はスペシャル・マンになった

というやつですね。

ボウイが思いついた、アーティストが、その力で大衆をコントロールしようとした話、思いついたというかよくあるアイデアというか、イギリスのエンターティメントの伝統というか、「世界のロック記憶遺産100」のシンプル・マインズの回の時に、ポスト・パンクの源流のひとつにアレックス・ハーヴィーなんかの芝居ちっくなアーティストがいると書いたんですが、まさにこれなんですよね。

その一番の源流はスクーリミング・ロード・サッチなんですけどね。棺桶から出てきてパフォーマンスする人ですよ。アリス・クーパーの元ネタ。日本では馬鹿にされて、無視される存在なんですけど。実はとっても重要なんです。ダムド、クランプス、ルー・リード、ポジパン、ゴス、顔を白く塗る人の元はこの人です。

 

 

スクーリミング・ロード・サッチの一番の元ネタは映画カリガリ博士の眠り男です。カリガリ博士が眠り男を使って世界を征服しようとした話、ナチの登場を予言したとされる映画(後からこじ付けだという資料がバンバン出てきて、今はこの説は完全に否定されてます)ですね。ドイツ表現主義の傑作です。のちにデヴィッド・ボウイがベルリンに住むこととつながるわけです。ボウイが『ヒーローズ』でわけのわからないポーズを撮っているのもドイツ表現主義です。印象じゃなく、表現するということですね。あのポーズは不安感を表現しているんでしょう。

 

 

世界征服、笑っちゃいますね。でもボウイは本当に世界征服に妄想してたんです。「ステーション・トゥ・ステーション」では悪魔を信じる魔術師アレイスター・クロウリーにまつわる悲惨な出来事、1918年、若いカップルが、NYでクロウリーの信者たちにダーツを投げつられ殺されるという事件について歌われています。まさに「ジギー・スターダスト」の歌の通りのことが昔起こっていたのです。

 

“ファンがやりすぎて、男を殺した時、僕らはバンドを解散しないとダメになってしまったんだ”

「ジギー・スターダスト」

 

「ステーション・トゥ・ステーション」って駅から駅の曲って思ってました?全然そんな歌じゃないんですよ。バンドのメンバーもソカと思って、機関車の音を一生懸命再現してますけどね。ステーションは十字架のことで、多分ボウイは十字架の道行きを頭に描いて「ステーション・トゥ・ステーション」を書いたんだと思います。十字架の道行きとは聖地巡礼しながらイエス・キリストの捕縛から受難を経て復活までを演じるカソリックの儀式です。ボウイはキリストの復活と自分の気が狂った世界から立ち直ることを重ねていたのです。完全に気が狂う寸前だったんです。

 

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