久保憲司のロック・エンサイクロペディア

The cure “Three Imaginary Boys” ・・・37年の時が経ってしまったが、今もそのストイックで無垢なサウンドの新鮮さは失われていない 【ロック記憶遺産100】

Three Imaginary Boys (Deluxe) (2CD) by The Cure

 

【ロック、本当はこんなこと歌ってるんですよ】では、ザ・モダーン・ラヴァーズを、一番最初にオタクというイメージをロックに取り込んだバンドと書きましたが、その次の世代であり、イギリス版の代表選手がキュアーです。ザ・モダーン・ラヴァーズもそうでしたが、もともとは最先端のロックでカッコいいというイメージだったバンドが、なんかいつの間にかオタク=イジイジ、中二病というレッテルを貼られていったのです。その代表選手がキュアーです。スミスもそうなんですけどね。

キュアーの本質のことはよく理解されていないけど、いつの間にかキュアーのロバート・スミスはオタクのイジイジ、中二病の代表選手となりました。そして、日本にいると感じないかもしれないですけど、80年代のイギリス、ヨーロッパのロックの王様といえばキュアーという時代があったのです。「えっ、U2じゃないの」という声が聞こえてきそうですけど、セールス的には負けていましたが、キュアーがロックの顔として君臨していた時代があったのです。80年代後半フランスのツアーに一緒に行くとのその人気の凄さにびっくりさせられました。ロバート・スミスのコスプレは当たり前、ロバート・スミスの奥さんのコスプレをしているファンまでいて、そんなファンたちがツアーバスをビートルズマニアのようにキャーと言いながら追いかけてくるんです。

アメリカもこの辺のロックの変化はよく分かっていて、80年代にロック・スターだった主人公が自分捜しの旅に出る映画『きっと ここが帰る場所』で主人公を演じたショーン・ペンのスタイルはロバート・スミスでした。ロバート・スミスは前の世代のロックの代表だったのです。

 

それまでのロックの代表というのは、【世界のロック記憶遺産100】ドアーズ『まぼろしの世界』で書いたけど、ジム・モリソンのように皮のレザー・パンツを履いて、バイクに乗っているような人たちでした。

教室では一番後に座ってアルチュール・ランボーを読んでいる人です。不良がアルチュール・ランボー読んでいるのかと思うけど、そこを突っ込むのはやめましょう。みんなから「あんな不良と付き合うな」と思われていて、リーダー格のアメフト部の奴ともめて、しかし、そいつの彼女も実は教室の後に座っている彼に密かな好奇心を抱いていて、最後は結ばれるという。「そんなことあるか、これはただのオタクの妄想だ」とツッコミたくなるけど、そういう奴がロック・スターの代表と思われていたのです。

ブレックファスト・クラブ [DVD]これはアメリカの話ですけどね、イギリスだと寄宿学校で、女性抜きで話が進んでいく感じです。日本はアメリカと一緒ですね。

それがある日を境にロバート・スミスのような小太りで(当時は太ってなかったが)、目の周りを黒く塗って、髪をグシャグシャにした奴がロック・スターの代表となった。ジム・モリソンが気が狂ったらあんな風になるとも言えますが。

いつからこんなことになってしまったか。それは階級制がないはずのアメリカで、学校に階級制、スクール・カーストがあることを暴露した映画『ブレックファースト・クラブ』以降のことです。それまでのアメリカ映画はスクェア(普通の人)とたった一人の異端者(ロック)、そしてその間を行き来きするヒロインという構図だったのが、異端者はロックンローラーだけじゃないんだ、ジム・モリソンみたいなやつがかっこいいんじゃなく(『ブレックファースト・クラブ』ではスプリングスティーンみたいでしたが)、落ちこぼれやオタクもカッコいいと、主役の位置を徐々に奪い出していったことにあります。

 

 

この流れは『プリティ・イン・ピンク』『恋しくて』と繋がっていく。使われていた音楽はイギリス産のニュー・ウェイヴ。アメリカ人ってアメリカン・ロックしか好きじゃないんでしょという価値観を完全に壊した。ビートルズも愛した人たちなんですから、当たり前のことなんだけど。

こうして定着したアメリカのオタクの人たちの代表がロバート・スミスなのです。

そして、ちょっと前のアメリカ映画やドラマでは、「私の彼、紹介するね」と紹介された彼がキュアーのTシャツを着ていたら、「こいつはあかんやつや」の代名詞となっていきました。

その頂点が『きっと ここが帰る場所』だったわけです。ロックが本当に終わった姿だったわけです。ロックじゃないですけど、パンク、ニュー・ウェイヴ、ポスト・パンクです。

「違う」と声を大にして叫びたい。キュアーはそんなバンドではなかった。いや、そんなバンドですけど、もっとドライにオタクのイジイジをスタイリッシュに表現したバンドなのです。

デビュー・アルバム『Three Imaginary Boys』を聴いてくれ、このストイックなまでに研ぎ澄まされたサウンド。本当はシングル「ボーイズ・ドント・クライ」「ジャンピング・サムワン・エルス・トレイン」「キリング・イン・アラブ」まで入れた『Three Imaginary Boys』の編集版『ボーイズ・ドント・クライ』の方がいいのかもしれないけど、このモダーンなジャケットが全てを物語っています。ワイヤーほどアーティーじゃない、でもイギリスの労働階級の若者が一生懸命頑張っている感じがしていいじゃないですか。

大人になって分かったんですけど、なぜジミ・ヘンドリックスの「フォクシー・レディ」が入っているのか、当時DEVOがストーンズの「サティスファクション」のカヴァーをやっていて成功していたから、それを真似していたんですね。

この努力、涙します。キュアーはずっと売れなくって、録音する予算もあまりなく、キュアーの担当のA&Rがジャムと同じだったので、ジャムが使っているスタジオに深夜忍び込んで黙って録音していた。世界1ストイックでスタイリッシュでかっこいいバンドだったのになんでこんなことしないといけないそんな思いが腐を呼んだんだと思う。

 

続きを読む

(残り 1065文字/全文: 3500文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

tags: DEVO The Cure The Modern Lovers

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ

日本サッカーの全てがここに。【新登場】タグマ!サッカーパック