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久保憲司のロック・エンサイクロペディア

デヴィッド・ボウイ 『レッツ・ダンス』 ・・・京都のアンダーグランドのクラブで踊る人たちを見ながら、きっと世界中の人は踊り続けるだろう、そこに救いがある、と彼は歌ったのだ

 

デヴィッド・ボウイの二枚目のライブ・アルバム『ステージ』が今は当時の演奏された順番になっていて、「ワルシャワ」の次に「ヒーローズ」を流れた時に当時の気持ちがよみがえってきて泣いてしまった。

その頃の僕はもうパンクに感化されていて、デヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」が嫌で嫌で仕方がなかったのだ。僕にとってはデヴィド・ボウイよりもストラングラーズの「ノー・モア・ヒーローズ」だったのだ。

 

 

 

 

「ヒーローズ」と「ノー・モア・ヒーローズ」のどっちがかっこいいですか?そりゃ今は「ヒーロズ」ですよ。ロバート・フリップの永遠に続くかのようなリード・ギターと独特なエコー効果を生むために長い廊下に何本ものマイクを立て録音されたボウイのヴォーカル、何万回聴いても体に電気が走ります。

なぜヒーローなんてダサい言葉を使ったんでしょうね。Neu!の「Hero」っていう曲に反応したんだと思いますが。よく聴くとモータウンみたいなベース・ラインもすごいダサいんです(本当は無茶苦茶よく考えらていて、かっこいいんですけどね。アメリカの黒人ミュージックの最高峰の人が弾いているんで)。コード進行もR&Bの定番コード進行D-G-C-Am-Em 。でもなんでかっこいんでしょう? ドンドコ・ビートじゃないクラウト・ロックのもう一つの武器、シュワーン、シュワーンという波のようなシンセとフェイザーが生むグルーヴをボウイは完全に自分のものとしたからでしょうか。

1978年12月6日の大阪厚生年金会館でデヴィッド・ボウイを見ていた僕はこんなこと考えず、なんで「ヒーローズ」なんかやるねんと興ざめしていたのです。アホな子供ですね。

「フェイム」では「ワッツ・ユア・ネーム?」と指をさされて、ボウイが俺を指さしたと思ってたんですけど。

 

 

ヴィム・ヴェンダースが映画史に残る一番美しいライブ映像という「クリスティーナF」でのボウイのライブですが、実はあれはクリスティーナFがボウイに“あなたは私を救ってくれない”とボウイを見限る切ないシーンなんです。僕も実はボウイの初ライブでボウイを見限っていたのです。なんてね。

 

 

そんな僕だったんですけど、このライブから何年か後にボウイが日本に住んでいるというのは大事件だったのです。しかも、ボウイが京都でプロデュースするバンドを探しているという噂が流れていたのです。その頃僕はバンドをやっておりまして、これはチャンスだと京都中のライブハウスを自分のバンドのテープを持ってボウイを探しまわりました。そしたらね、ボウイに会えたんですよ。拾得というライブハウスのノーコメンツとバンドのライブにボウイがいたんですよ。僕は「あんたボウイか」ってきいたら、「うん」って答えたというのが僕の自慢話だったので、京都精華大学のイベントで京都の重鎮バンヒロシさんにその話をしたら、この恐るべき京都の重鎮は「僕、ボウイと踊ったことあるよ」とマウンティングしてくるのです。

 

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